* 幻 影 其の二 * 5
「……ドア開けるのは……ちょっと……」
「ソコニイロ」という“あの”声がまだ耳に残っていた私は、部屋のドアを開けることにかなり抵抗があった。
「私が先に行くよ」
そう言うと、鈴木先輩が部屋のドアを開けた。
私は、一瞬、自分の持っていた布団に顔を伏せた。
廊下からと思われる、少し冷たい感じのする空気を感じた。
「大丈夫だよ」
鈴木先輩の声に、私は布団にほとんど顔を伏せたまま、鈴木先輩の足元だけを見ながら後を付いて行く感じで、部屋の前の廊下を横切って、向かい側の夕食を採った部屋の前まで歩いた。
といっても、ほんの数メートル。
廊下の幅だけの距離を歩いている間も周りの様子は見たくはなかった。
何かいそう……後ろから止められるかも……あの温泉での出来事がまた頭を過ぎっていた。
肩越しからの“あの”恐怖。
まだ、記憶には新しかった。
私の後ろから森田先輩が歩いて来てくれていたので、少しの安心はあったものの、やはり、恐怖は拭い去れない時間だった。
ほんの短い時間ではあったけれど……。
ガチャ……。
鈴木先輩が、向かい側の部屋のドアを開け、中に入って行った。
廊下に止まっていることは避けたかったので、私も続いて中へ入った。
森田先輩も同じ。
ドアを入ると、すぐそこは石畳のようになっている。
夕食の時も見たはずではあったけれど、あまり記憶になかった、向かいの部屋の石畳。
これは、良く見る旅館の部屋と同じではあったし、もともとの私達の部屋にもあるスペース。
これといって、珍しい光景でもない。
何となくホッとした気持ちにもなったのが、今、思うと変な感覚。
普通の光景にホッとするなんて……。
森田先輩と私は、相変わらず、布団を抱えながら、そこに立っていた。
既に“新しい”部屋の中央に布団を下している鈴木先輩が「こっちは大丈夫みたいだね」と、少しの笑顔で言っている。
その笑顔に、私も少しだけ笑い返した。
それから、私達3人は、新しい部屋へ布団を敷き直し、寝る用意をした。
「とにかく、明るくなったら出よう」
それまで笑顔を浮かべていた鈴木先輩は、真剣な顔つきに変わっていた。
時計を見ると、もう午前1時近く。
「そうだね」
私達3人は、敷き直した布団の上に座って、お互いに顔を見合わせて頷き合っていた。
「そういえばさ」
不意に鈴木先輩が私を見て言った。
「あれから、彼氏さんから電話あった?」
「え?なんですか?急に」
「あの時、香里ちゃん、急いで切っちゃってたみたいだから」
「あ、そうだった……ないですけど」
「そうなんだ~……」
少しだけ意味深な顔つきの鈴木先輩。
私は、またからかわれるのかと思っていた。
「電波、通じてたよね?お部屋へ戻ってからは……というか、私達が出て行ったすぐ後だっけ?」
今度は、森田先輩を見て鈴木先輩が言った。
「うん。よく通ってたよ」
もう既に布団の中に潜り込んでいた森田先輩が、掛布団から少し顔を出して答えた。
鈴木先輩と私は、まだ布団の上に座ったままだったけれど……。




