* 幻 影 其の二 * 3
「…………」
森田先輩は、受話器を耳元へ当てたまま、しばらくの間、無言だった。
そして、森田先輩は、脱力したような腕を“ぶらん”と下へ落とし、持っていた受話器を畳の上に投げ捨てるかのように置いた。
「…………」
まだ黙ったままの森田先輩。
鈴木先輩と私が顔を見合わせたのは言うまでもなく……。
「どうしたの?」
鈴木先輩が声を掛けた。
「やばい……よ」
私達の方は向かずに下を向いたままで小さく声で呟くように言った森田先輩の横顔は、少し青ざめているようにも見えた。
「どうしたんですか?」
「出ない……っていうか……繋がらない……というか……」
その時、私の隣に座っていた鈴木先輩が急に立ち上がったと思うと、電話のところへ行き、畳の上にそのままにされていた受話器を取った。
そして、つい先程までの森田先輩と同じ様子で、黙ったまま、受話器を耳に当てていた。
森田先輩は、鈴木先輩の隣でただ座っているだけ。
目線は……何処へ向けられているのか……遠い何処かといった感じ。
私から見たふたりの先輩の様子は、正に“恐怖に慄いている”といった感じに見えていた。
電話のところへすら行っていない私まで怖くなってきていた。
鈴木先輩が、私へ向かって「ちょっと来て」と手招きをした。
やっとという感じで鈴木先輩の後ろへ行くと、「ちょっと聞いて」と、私に受話器を渡してきた。
ふたりの先輩が黙り込んでしまうような、“何か”ある受話器。
正直、受け取りたくはなかったけれど、私だけ“それ”を避ける訳にはいかなかった。
そして、震えが止まらない手で、ゆっくりとその受話器を耳に当てた。
「やだっ!!!」
私は耳に当てた受話器を、咄嗟に放り投げていた。
そして、先輩達と同じく、その場に座り込んで動くことすら出来なかった。
3人はお互いの顔を見合わせてはいたけれど、言葉はなかった。
先輩達も聞いたはずの受話器から聞こえたもの……それは、地の底から聞こえて来るような声だった。
「ソコニイナ」
男性とも女性ともつかないその声。
低いとか不気味とか、そのような言葉では言い表すことは出来ない。
ただただ、“恐怖”という言葉と感情がそこにあっただけ。
その時、不意に脳裏に過ぎったことがあった。
それは、あの温泉で鈴木先輩と一緒に温泉にいた白髪の老婆のことだった。
鈴木先輩を助けに入った私の肩越しに聞こえた、“あの”声。
「ツレテイクナ」
あの声と同じだったのだった。
そう……口調も……。
先輩達は、温泉での老婆の声は聞いていないはずなので、その時に私の中で起こっていた、とてつもない恐怖との闘いは知る由もなく……。
それでも、青ざめて座り込んでいる先輩達。
私はというと、身動きひとつ出来ない。
震えが止まらず、冷たい汗に全身を覆われていた。




