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異 空 間  作者: 本城沙衣
29/78

* 旅館 其の三 * 7


公衆電話がある1階へ降りた。


入り組んだ階段を鈴木先輩はもう慣れたように進んで歩いている。


私はまるで誘導されるように、後を着いて行っていた。


その階段でいつも感じていた、“怖い”という感覚は、不思議となかった。


これから彼に電話をするから?……とも違う……何故だかわからない。



フロントのカウンター横にある公衆電話のところへ着いた。


気付けば、真っ暗。


灯りがない。


夜といっても、まだ9時にもなっていない時間。



どうして!?



「先輩……戻りましょうよ」



私は、思わず、そう言っていた。


ここで、初めて、“あの”恐怖が湧いて来ていた。



「大丈夫だよ。早く、電話かけちゃいなよ」


「でも……」



真っ暗な空間を見渡していると、足が前に出ない。


異様ともいえる恐怖に包まれていた。



『先輩、平気なのかな……』



暗闇に少し目が慣れてきたのか、周りの雰囲気がわかるくらいには見えるようになって来た。


「ここまで来たんだから……!」



自分に言い聞かせるように、そう独りごとを言い、私は公衆電話に向かい、彼の携帯の番号を押した。


部屋の電話は、ダイヤル式の黒電話であったけれど、フロント横の公衆電話は、いつも私達が街中で見るような公衆電話と同じつくりだった。


数回のコールの後、受話器の向こうから、彼の声が聞こえた。



「……はい?」



何だか、変に無愛想な声だった。



「あ、わたし」


「あれ?香里?」



公衆電話からだったので、ディスプレイの表示が私の名前ではなく、≪コウシュウデンワ≫と表示されていたみたいだった。



「あ、ごめん。携帯の電波が通らなくて」


「そんなに山奥に行ってんの?」



彼は笑っていた。


その時もう、いつも聞いている彼の笑い声だった。


私は……笑えなかった。



「どうした?」


「ん……なんでもない……」



まさか、その電話で、幽霊を見たとか、そんなことを言えるわけもなく……。



「あ!お土産、何がいい?」



咄嗟に思いついたことを言っていた。



「山菜の詰め合わせ」



また、受話器の向こうから、そう答えた彼の笑い声が聞こえる。



「あ、あのね!実は……」



彼の声に安心した私がいたのか、“ここ”で起こっていることを話そうとしてしまっていた。


その時。



パタ・パタ・パタ・パタ



何処からともなく、そのような音が聞こえた。


私達の部屋の天井の方から聞こえていた、あの“パタパタパタパタ”という音とは、明らかに違う音だった。



「え?なに?」



彼と話をしているのに、受話器を耳に当てたまま、私はそう口にしていた。


受話器からは、「香里?」と彼の声。



パタ・パタ・パタ・パタ



なんだか、段々、近くに寄ってくるカンジのその音。



「ちょっ……やだ……」


「香里?」



相変わらず、受話器からは彼の声。


それでも、その声に応えることが出来ない私。


鈴木先輩は、、気をきかせてくれているようで、少し離れた場所で、手を後ろに組んで、私に背中を向けている。



パタ・パタ・パタ・パタ


パタ・パタ・パタ・パタ パタ・パタ



その音は、更に近づいて来る。



「また、連絡するから!」


「おい!香里、どうし……」



耳から話した受話器から、微かに彼のその声が聞こえたけれど、私はそのまま受話器を置き、電話を切ってしまった。



「先輩!」



私は、大きな声で鈴木先輩を呼んだ。


私の方を振り向いた鈴木先輩は、一瞬、“止まった”ようになった。


そして、すぐに私の方へ駆け寄って来た。


「大丈夫だから」と言いながら。




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