* 旅館 其の三 * 6
その後、それぞれの気持ちを隠し?偽り?ながらも、笑いながら他愛ない話に盛り上がりながら夕食を済ませ、私達の部屋へ戻った。
「あのくらいの広さでいいのにね」
部屋へ入ると、鈴木先輩が言った。
「そうですよね、ちょっと広すぎますよね、3人なのに」
私も同じことを思っていた。
夕食を採った部屋は、ちょうど私達の部屋の三分の二くらいの広さで、窓の外は暗かったものの、木々が生い茂っている感じは判り、窓からの景観もそれほど変わらない感じがしていた。
「宿泊している人が少ないから、サービスじゃない?お夕食だってね……この値段にしたら、サービスしすぎくらいだったし」
食事中、不思議に思えるようなことを話題にしたのにもかかわらず、それを無理矢理、私達の話題に合わせてくれていたようだった森田先輩は、この時は当然のことのように、そう言っていた。
これには、鈴木先輩も私も納得。
「あれ……」
私は、ふと、気付いた。
森田先輩は、「今度は香里ちゃん?」と、少し笑っていた。
「あは……ですね……」
「で、どうしたの?」
「上から、あの音、聞こえないな~って思って」
この部屋に入ってから、ずっと聞こえていた、“あの”音が聞こえなかったのだった。
「もう、寝ちゃったんじゃない?」
「そうですね……」
あまり気味が良くない音ではあったけれど、ずっと聞こえていた音が聞こえなくなっていると、何故か、私達には広すぎると思える部屋の空間が、やけにシンッとして、違和感を感じたくらいだった。
変な感覚……。
鈴木先輩が、窓の方で、携帯を宙にかざして変な動きをしている。
「どうしたんですか?」
「ん……電波がね……」
「電波?悪いんですか?」
「悪いっていうか、通じてないんだよね」
「そうなんですか?」
「昼間、通ってたよね」
「確か……」
「確か」と答えた私も変な答えだったけれど、昼間、温泉へ行く前に、先輩たちも私も、メールを受信をしていた。
そして、返信も……。
「あ!」
「びっくりした~!今度はなに?」
いきなり叫んだ私に、さすがの森田先輩も驚いたようだった。
「いえ……電話をですね……」
「あれ~、彼?」
「ま、まぁ、そんなところで……」
昼間、私が携帯のメールを受信したのは、当時、付き合っていた彼からのメールだった。
『夜、電話するね』 そう返信した私だった。
色々なことがありすぎたせいで、そのことを、すっかり忘れていた私がいたのだった。
「早くした方がいいんじゃな~い?」
森田先輩のひやかしめいた言い方。
「電波、通じなんじゃ……ね。いいです」
「お部屋の電話からは?」
「いえいえ!ほんと、いいですから」
「私達、廊下に出てようか~?」
今度は、鈴木先輩。
「ほんと、いいですって!」
「でもね~、彼氏さん、心配してるよ~」
「そうそう」
「これで、サヨナラなんてなっちゃったらね~、責任感じちゃう~」
「だよね~」
「何、言ってるんですか~、もう」
この場面は、まるっきりのガールズトーク。
そう、からかわれながらも、この旅行で、こうして3人で“普通の”会話が出来ていることが嬉しかった。
その嬉しさからか、私は調子にのってしまっていたのかもしれない。
それまでの体験からは、決して思わないであろうことを口にしていた。
「公衆電話ありますね。そこでかけて来ますよ!もう!」
私を楽しそうにからかっていた先輩達が、一瞬、顔を見合わせたのも当然。
「本気で言ってる?」
「はい」
「公衆電話って、フロントのとこだよ」
「はい」
「1階だよ」
「わかってますって」
先輩達にそう言われても、まだ、ピンと来ていない私がいた。
一時は調子にのっていたような私がいたことは確かなことだけれど、何故、その時に先輩達が言っている意味を敏感に察することが出来なかったのか……。
これは、今になっても理解することが出来ない。
「ちょっと、行ってきますね」
そう言って、部屋のドアを開けた私に、「私も一緒に行くよ」と、鈴木先輩が追いかけて来てくれたのだった。




