* 旅館 其の三 * 5
その豪華すぎるほどの夕食を堪能したのは言うまでもなく……。
客観的に見たら、それまでの、不思議体験や恐怖体験など、何もなかったように、“普通”の女3人旅を満喫する風景もそこにあったと思う。
職場の、所謂“お局様”や上司の愚痴など、日頃の鬱憤晴らし的な話に盛り上がっていた。
これも、よくある光景。
そのための『ストレス発散旅行』でもあったはずだから。
「あ……そういえば……」
そのような中、突然、鈴木先輩が、何かを思い出したような感じで言った。
「ん?」
「あのさ……さっさと食べちゃってるけどさ、よかったのかな……」
「なんで?」
「普通さ、仲居さんとか……こんなに豪華なお食事だったら、特別に料理長さんとかが説明とか来ない?他にお客さん、あんまりいないみたいだし」
「……そういえば……そうだわ」
「ご飯とかも、最初はよそってくれますよね……」
「うん……」
それまで、口に料理を運びながら、話に夢中だった私達3人は、お箸をおいてしまった。
そして、誰も言葉を出さずに、ただ、前に並べられていた料理やお互いの顔を見合わせているだけだった。
「忘れてたんだけど……」
その沈黙を破るように、森田先輩が口を開いた。
「音……しなかったじゃない?」
「あ……そうだ……」
私も、思い出した。
それを不思議に思って廊下へ出た森田先輩がいて、あの僧侶の遭遇して……慌てて部屋へ戻った森田先輩と私がいたのだった。
いきなり目の前に現れた豪華な夕食と、“初めて”の私達3人そろっての笑いの中の会話に酔いしれていて、すっかり、“音”のことを忘れていた。
「こんなにさ……たくさんのお料理を用意してくれているんだったら、けっこう長い時間かかるよね……運ぶのだって……」
「そうですよね」
「20分くらいだったじゃない?」
「……けっこう沢山の人が用意いてくれたのかも……」
私は、心の中で感じていた不安とか不思議さとかを自分で否定するような物言いをしていた。
この時も、「もうこれ以上の怖い体験はこりごり」という気持ちが、潜在意識の中で無意識に働いていたようでもあった。
「だったら、尚更、あんなに静かな訳ないでしょ、向かい側だよ」
私が、自分自身に無意識のうちに働きかけていた気持ちと言葉を、見事に打ち破ってくれた森田先輩の言葉。
頭では判っていたことではあったけれど……。
「お料理だけ用意して、誰も来ないなんてね……電話はあったけど」
「……そうですけど……」
しばらく、森田先輩と私の会話を黙って聞いていた鈴木先輩が、その間に入ってくれるように、明るい口調で言葉を挟んでくれた。
「ま、いいじゃない。もう食べちゃったんだしさ。向かい側のお部屋って言ってたんでしょ?だったら、私達のお夕食に間違いないんだし~」
その鈴木先輩の言い方も、多少、無理があるような気がした。
“その時”は覚えていないとはいえ、私達3人の中で、一番の恐怖体験をした鈴木先輩。
私と同じように、無理矢理、“不思議”を否定しているようにも聞こえた。
「そ、そうですよね!何か言われたら、その時に考えればいいですよね!」
「そうそう!」
やけにテンション高く話している鈴木先輩と私を見て、森田先輩も、それ以上の言葉は出さずに、「……だね」とだけ言っていた。
私は、何となく森田先輩に申し訳ない気持ちにもなっていたけれど、やはり、「これ以上は」という気持ちの方が強く、その後の鈴木先輩の明るい話題の方にのっていた。
森田先輩も、私達の気持ちを察してくれたのか、職場の話題に変えた鈴木先輩の話に笑いながらのってくれていたみたいだった。
笑い顔は見せていた森田先輩だったけれど、それは無理につくられた笑いということは判っていた。
その時の私達は、それぞれの思いを無理矢理抑えていた3人でありながらも、傍から見たら、屈託のない笑いで、楽しそうに夕食を囲んでいる姿に映っていたと思う。
今、思うと、その光景そのものが“不思議な”光景。
本来は、心から笑っていることの出来る楽しい時間……のはずであったのに。




