* 旅館 其の三 * 3
腑に落ちないのは、私も同じだった。
鈴木先輩を見ると、目が合った。
「用意できるって……」
鈴木先輩も小さな声。
「だって……音……」
私は、それ以上の言葉が出て来なかった。
そう……“音”。
「……だよね……」
何も具体的な内容を話していないのにもかかわらず、私達3人は、“暗黙の”会話になっていた。
森田先輩がフロントに電話をして夕食の時間を聞き、再び、フロントから部屋へ電話があるまでの時間は、森田先輩からから聞いていた20分くらい。
その間、廊下の方からは何の音も聞こえなかったのだった。
いくら雑談していたとはいえ、料理を運ぶような音くらいは聞こえるはず。
何といっても、上階からの子供の足音のようなものは、けっこう大きな音で響いてきていたのだから。
それに、“3人そろって”は初めてではあったものの、個人的には旅行は初めてでもなく、旅館に泊まった経験だってある。
旅館の仲居さんが食事を運んで来る時の音などは、もう何度も経験している。
それにもかかわらず、私達3人は、フロントから夕食の支度ができたという電話を受けるまで、何の“音”も聞いていなかったのだった。
それこそ、廊下を歩く人の足音さえも……。
森田先輩がフロントへ電話をかける前に、「30分も遅れるなら尚更!」と鈴木先輩が言った時には、まだその言葉に、鈴木先輩の今回の旅行の目的を思うと“笑うこと”が出来ていた。
しかし、その時の私たちには、あの笑いはなかった。
「ちょっと、見てくる……向かいの部屋」
そう言うと、森田先輩が部屋から出て行った。
と、その瞬間。
「ガタっ!」
廊下の方から、人が転んだような音が聞こえた。
私は、慌てて、部屋から出た。
「どうした……」
そう声を掛けようとすると、森田先輩は部屋の前の廊下の壁に寄り掛かるように棒立ちになり、幾つもの部屋のドアがある長い廊下の向こうを指さしていた。
私は、森田先輩が指さす方を見た。
所々に小さい電燈が灯る薄暗い廊下の一番奥の部屋の前に人影が見えた。
「…………」
私も、思わず息を呑んだ。
薄暗い廊下に浮かび上がった人影は、僧侶のような人影だった。
普通は、僧侶だからといって、驚くことはない。
ただ、その薄暗い廊下の中に、“突然”に“浮かび上がる”という感じで姿が見え、黒い袈裟を見にまとい、大きな傘のようなものを頭に乗せている……。
確か、私達の泊まっている階には、私達以外の宿泊客はいないと聞いていた。
そのことも手伝い、一瞬、声が出ない私がいて、よろめいて壁にぶつかった森田先輩がいたのだった。
その僧侶は、ゆっくり私達の方へ近づいてきた。




