* 旅館 其の三 * 2
無事にフロントへ繋がったらしく、森田先輩が何かを話していた。
無事に……普通なら思うことがない言葉。
旅館であれホテルであれ、宿泊施設の部屋にある電話からフロントへ通じるのは当然という認識から。
その時の私は、“無事に”と無意識に感じていたのだった。
そして、その電話回線が、その旅館についてからの様々な体験から、“唯一”私たちの救いであると感じていた。
漠然とはあるけれど、やはり心の何処かで、この部屋……というより、旅館全体に隔離されているという感覚は否めなかったという事実がそこに存在していた。
“隔離”というより、“呑み込まれた”とか“抱え込まれた”という感覚の方が近かった気もする。
何か、大きな力に支配されているような……何とも言えない感覚だった。
逃げ出すことも許されない、妙な重圧感。
だから、あのような凄まじい程の経験をしても、誰も「帰る」という言葉を口にすることが出来なかったのかもしれない。
森田先輩は電話を切ると、私たちの座っている座卓のところへ戻って来た。
「ちょっと遅れるけど、もう準備してるって」
「そうなんだ……」
森田先輩のその言葉を聞いて、何処か腑に落ちないという感じの鈴木先輩がいた。
「だったら、知らせてくれてもよさそうなものだよね」
「だよね。あと20分くらいで運んで来てくれるらしいよ」
「30分も遅れるんだったら尚更!」
少しすねたような鈴木先輩の言い方に、私は笑ってしまっていた。
「先輩、温泉の次にお食事が目当て……」
鈴木先輩の言葉に笑えた私は、調子に乗ってしまい、つい「温泉」という言葉を出してしまった。
それまでは、絶対というくらい、“その”言葉は口にしないようにしていたのに……。
途中で言葉を詰まらせた私を気遣ってくれたように、「もう大丈夫だから」と、鈴木先輩は、頭を撫でてくれていた。
それは、いつも職場で私をからかう時にする仕草。
あの恐怖の時を思い出すと、鈴木先輩のいつもの笑顔と仕草に涙が出そうになっていた。
「……すみません」
私は、その言葉しか出て来なかった。
それから私たちは、普段、職場でしているような他愛ない雑談をしていた。
俗に言われる、“ガールズトーク”。
その時。
リリーーーン!
いきなり、部屋の電話がなった。
誰もが、一瞬、“ビクッ”とした表情になった。
「びっくりした~!」
3人、口をそろえて、そう言っていた。
受話器を取りに行ったのは森田先輩。
ここでも、電話の音くらいに、それ程までに驚くことはないはずであるのに、そこにいた3人が皆、一様に驚いたことは、かなり不自然。
もっとも、普段は聞き慣れない“黒電話”の呼び鈴だったこともあったかもしれないけれど。
かなり大きく響いたことは確かだった。
「……わかりました」
そう言って、森田先輩が受話器を置くと、かな怪訝そうな面持ちで私たちの方へ振り向いた。
「お夕食、もう準備出来てるって」
少し小さ目な森田先輩の声。
「今日は、向かい側のお部屋が空いているから、そこへ用意してくれたって……」
その言い方も、何だか“腑に落ちない”といった感じがした。




