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異 空 間  作者: 本城沙衣
23/78

* 旅館 其の三 * 1


その時、初めて気付いた。


私たちの部屋には時計がなかった。


掛け時計はおろか、置時計さえも。




パタパタパタパタ……パタタパタ……




相変わらず、頭上から聞こえている音に誘われるように上を見上げた私ではあったけれど、心なしか気持ちに余裕が出来たのか、部屋全体を見渡すことが出来た。


この旅館に着いてこの部屋へ初めて入った時にも、部屋全体は見ていたはずではあった。


しかし、高速道路のインターを降りてからの彷徨った時間やその時の出来事や、部屋へ続く入り組んだ階段を上っている時に感じた、何か得体の知れない恐怖のようなものに支配されていた為か、“見た”つもりの“もの”が見えていなかったみたいだった。



畳は新しく貼り換えたようで、まだ青い井草の色を残していた。


柱は古い感じはするものの、光沢さえ感じられるくらいに磨かれている。


窓ガラスも綺麗に磨かれているようで、その枠も古い趣はあるものの、これも光沢がある木枠。


壁も最近、塗り替えたか貼り換えた!?


そのような部屋であった。


私の固定概念ではあったけれど、壁に絵画や掛け軸、高級そうな陶器などがあるのが普通と思っていた旅館の部屋とは違い、そのような装飾は一切なく、あるとしたら、床の間に飾られた生け花だけだった。


季節の花が一般的のはずが……ではなく、小ぶりの松の枝と菊。


少々、華道をかじったことのある私にとっては、違和感があった。


生け花はともかく、その閑散とも言えるような部屋全体の様子が、この部屋へ入った時に、やけに広々と感じられたということが何となく判った気もしていた。


貴重品を入れる為らしき、緑と灰色の中間色をしたダイヤル式の金庫のような箱が床の間に置いてある。


これも、少し古いカタチ。


それから目に入ったのは、その金庫の隣にあった電話。


今時……といっては何だけれど、ダイヤル式の黒電話。


テレビや映画などで見たくらいで、その時の記憶では初めて見た“黒電話”だった。


これには、不思議というより、少し感動めいたものを感じていた感じ。


あとは、エアコンなどはなく、ガス管が引かれたヒーターのような暖房器具が目についた。


これには、「いくら古い旅館だからって、今時、エアコンがないなんて」などと思っていた私。




「……ちゃん」



森田先輩の声がした。


森田先輩の方を振り向くと、「どうかした?」と尋ねられた。


たぶん、部屋の雰囲気やおいてあるものなどを観察していた私は、森田先輩から見たら、ボーっとした感じに見えていたみたいだった。



「あ、すみません!」



咄嗟にそう返した。



「大丈夫ならいいんだけど」


「ちょっと、お部屋観察を……」



そう言った私に、森田先輩も鈴木先輩も笑っていた。



「もう6時半なんだけど、旅館の案内見たら、お夕食、6時半ってなってるんだよね」



私の言葉に笑っていた森田先輩が、急に神妙な面持ちで言った。



「え?そうなんですか?」



部屋に時計がないので、私は自分の腕時計を見た。


確かに6時半を回っている。



「ちょっと聞いてみようか」



そう言うと、森田先輩は、あの“黒電話”のところへ行って、受話器を取った。



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