* 旅館 其の一 * 7
私は、その恐怖心から逃げたいような衝動にかられ、話題を変えた。
「鈴木先輩、大丈夫でしょうか」
「うん……」
今度は、口を濁した森田先輩。
その時、「後で話がある」と言っていた森田先輩の言葉を思い出した。
「あ、先輩、お話があるとか……」
「あ、うん……鈴木さんのことなんだけど……」
私は、不覚にも、鈴木先輩の愚痴などと思ってしまっていた。
その旅行での……特に旅館に入ってからの鈴木先輩の主導権の取り方やテンションの高さには、私も、少し目に余るようか感じがしていたから。
「変なんだよね」
おもむろにそう言った森田先輩。
「変?」
「うん……来る時にさ、道に迷った時は、あんなに落ち込んで、泣きそうにもなっててさ」
「……」
「霊感とか、そういうものとか全然ないし興味もないって言ってるのに、「何か感じる?」みたいなことまで言ってたじゃない?」
「そういえば……」
「でもさ、この旅館に入ってから、そんなことなかったように、はしゃいでるっていうか……私から見たら、別人みたいに見えるんだよね」
「とり……憑かれちゃってる……とか!?」
「まだ判らないけど……そうだったら、やばいよ」
「そんなに悪い霊がいるんですか?ここ」
「そうじゃないのもいるけど、そう感じるのも……」
「ちょ、ちょっと、先輩!やだ!」
私は、森田先輩の話を聞いているうちに、“底知れない”恐怖に襲われている自分を感じていた。
「あの臭いだって……普通じゃないでしょ」
「確かに……初めてです……ああいうの……」
「私も、あれ程、強烈なのは少ないよ」
私には返す言葉さえ見つけることが出来なかった。
今、本当に私たちの身に起こっていることなの?
夕方近いとはいえ、まだ昼間と呼べる時間帯で、私たちが座っているベンチがある廊下には、少し傾いた太陽の光が入って来ていた。
少し遠くだけれど、ロビーと玄関も見える。
底知れない恐怖から、少しだけ平静を保つことが出来ていたのは、その光景があったからかもしれない。
「人の人格まで変させちゃうのって、良くないでしょ」
「……だったら!」
私は、思わず、座っていたベンチを立ってしまっていた。
「うん……マズイかも」
あの“臭い”の空間に入って行った鈴木先輩。
確かにマズイ!
「森田先輩、動けます?」
「……行ってあげたいんだけど……なんか立てない……」
「ですよね……」
鈴木先輩が入って行ったあの空間というのは温泉場で、霊が溜まりやすいといわれる水場。
直観で危険な“臭い”もした。
「私が行って来ます!」
意を決した。




