* 旅館 其の一 * 6
「あの臭いも……なんだけど……」
「はい?」
「卓球してた時、香里ちゃん、止まってたじゃない!?」
「ああ……人が通ったから」
「鈴木さん、平気で球、打ってきてたよね?」
「そうなんですよ、まったくね~」
私は、元気になって来たように見えた森田先輩の言葉に、少し冗談ぽく返していた。
「不倫カップルみたいでしたね~」
また冗談を言った私。
「不倫だよ、あれ」
「え?」
「っていうか、不倫……だった!?」
過去形を使った森田先輩の言葉をにわかには理解出来ないでいた。
「鈴木さんには、見えていなかったのかもね」
その言葉で理解することが出来た。
「見えていなかった」という言葉。
「どんな……風な感じの人でした?」
すかさず、聞いてみた。
「紺のスーツの男性と赤いワンピースの女の人と……旅館の人っぽい人」
「先輩も……ですか……」
出来たら、違っていた方がよかった。
よくなかった……!?
違ったら違ったらで、もっと沢山の……がいたことになるから。
それでも、更に聞いてしまっていた。
「髪型とか……は……?」
「う~ん……どっちの人も、昭和のレトロって感じ……かな」
私が見た人たちと同じだった。
あの時、特に女性が目に入った私であったので、女性の方をよく覚えている。
若い女性であるのに、その当時、流行っていた髪型とは違い、私の母の若い時の写真のような……そのようなヘアスタイルだった。
そういえば、ワンピースも流行りのデザインではなかった。
やはり、母が若い時に着ていたような……。
女性の赤いワンピースが妙に目に付いてしまっていたせいか、男性の細かいところまでは記憶になかったけれど、思ってみれば、やはり、あの女性と釣り合っていたのであるから、昭和のレトロという感じだったと思う。
あんなにハッキリ見えたのに……色まで鮮明に!
いくら、霊感が人よりも強い私でも、あれほどまでに鮮明に見たことはなかった。
卓球台のところにいた私の後ろを通った時に、確かに言葉で挨拶も交わしたし、“人”の温もりみたいなものも感じた。
「たぶん……ふたりで亡くなったんだね……ここで……かな」
森田先輩は、意外にも冷静な物言いで話していた。
あれが、この世の人たちでなかったというの?
だったら、私の後ろにあった階段は何処へ続いているの……?




