第8話 勇者様、神輿を運ぶ
「護衛任務、ですか」
依頼書を受け取った凪は、身構えるように背筋を伸ばした。ようやく勇者らしい仕事が回ってきたのかもしれない、という緊張が肩にのしかかる。
「はい。次の祭りで使う、新しい神輿の輸送です」
「神輿」
その一言で、緊張が一気に霧散した。よりにもよって、自分をさんざん揺さぶり倒してきたあの張本人を、今度は自分が守る側に回るとは思っていなかった。
「なんで、神輿なんかに護衛が」
「万が一、壊されたり奪われたりしては困るので」
「奪われる」
「祭り好きが高じて、他の街が横取りしようとしたことがあるらしいです」
その物騒な理由と、対象のしょうもなさのギャップに、凪はしばらく言葉を失った。
荷馬車に乗せられた神輿は、まだ飾りつけ前で、木の骨組みがむき出しのままだった。それでも堂々とした造りに、これから担がれる運命を思うと、凪は少しだけ同情めいた気持ちを抱く。
道中は、拍子抜けするほど平和だった。魔物も盗賊も現れず、ただ荷馬車の車輪が土を踏む音だけが、延々と続いていく。
「護衛任務って、こういうものなんですか」
「大抵は、こんなものです」
栞はそう言うと、荷台の隅に腰を下ろした。凪もそれに倣って隣に座る。
何もすることがない時間は、これまでの慌ただしい日々の中で、初めて訪れたものだった。二人で並んで、流れていく景色を眺める。
「こういうの、悪くないですね」
凪がぽつりと呟くと、栞は少し意外そうな顔をした。
「勇者様には退屈じゃないですか」
「いえ、なんか、落ち着きます」
その素直な返事に、栞はしばらく黙り込んだあと、小さく笑った。
「じゃあ、たまにはこういう任務も、悪くないですね」
「栞さんは、何か好きな食べ物とかあるんですか」
ふと思いついて尋ねてみると、栞は少し考える素振りを見せた。
「甘いものは、わりと」
「意外です」
「よく言われます」
「じゃあ、日本にいた頃は、何か好きなお店とかあったんですか」
その問いに、栞は一瞬だけ、遠くを見るような目をした。
「駅前に、あんみつが美味しい店があって」
「あんみつ
「今思うと、そんなに特別な味でもなかったはずなんですけどね。なぜか、たまに思い出します」
栞がこの世界に来る前の話をするのは、これが初めてだった。凪はその横顔を見ながら、何も言わずに耳を傾ける。
しばらく、二人とも黙ったまま、荷馬車の揺れに身を任せていた。その静かな間を先に破ったのは栞だった。
「凪さんは、お腹すいたら不機嫌になるタイプなんですか」
「なりますよ、それなりに」
「意外です」
「わたしにも、色々あるんです」
軽口の応酬の合間に、栞がふと、いつもより柔らかい声で言った。
「こういう時間、案外好きです」
その一言に、凪の胸が小さく跳ねる。何気ない一言だったはずなのに、妙に耳に残った。
結局、道中で何一つ事件は起きないまま、神輿は無事に街まで届けられた。
「クエスト達成、お疲れ様でした」
案内役の労いの言葉とともに、レベルアップの石へと案内される。触れた瞬間、頭の中に声が響いた。
「クエスト達成しました!」
「レベル5000になりました!」
「……は? 5000?」
驚きのあまり、声が裏返る。石はそれに構わず、続きを告げた。
『体力が2上がりました』
『力が1上がりました』
『素早さが3上がりました』
「……いや、レベルの上がり方おかしくないですか」
神輿を運んだだけで、レベルが十倍。それなのに、能力の上昇はいつもと大差ない。あまりの理不尽さに、凪はしばらく石の前で立ち尽くしていた。
「そういうものですよ」
栞がいつもの調子で相槌を打つ。凪はその横顔をちらりと見ながら、今日一日で、確かに何かが少しだけ変わった気がしていた。




