↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】勇者様、わっしょい  作者: ごまだんご


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/28

第6話 名乗らない女

 栞が半歩前に出たことで、女性の視線がわずかに動いた。


「随分と過保護なんですね」


 女性がそう言うと、栞は静かに問い返した。


「お名前を伺っても」

「今は、まだ」


 女性はそう言ったきり、名乗ろうとしなかった。かわりに、値踏みするような視線を凪へと戻す。


「勇者様、今日はどのようなクエストをこなされたんですか」

「薬草採取と、あとは、その」

「ウサギを一匹、捕獲したそうですね」


 女性の口調には、隠すつもりのない揶揄が滲んでいた。凪は顔が熱くなるのを感じながら、それでも言葉を返す。


「悪いですか」


 開き直ったような一言に、女性は一瞬だけ、意外そうな顔をした。それは揶揄でも呆れでもない、何かを確かめるような目の色だった。


「いえ、別に」


 女性はそう言うと、それ以上は追及せず、ただ栞の方をちらりと見た。何か言いたげな、それでいて言葉にしない視線だった。栞はその視線を、逃げるように受け流す。


「では、また伺います」


 それだけを言い残して、女性は宿の前から立ち去っていく。歩き方には、これまで見てきたどの騎士や案内役とも違う、迷いのない静けさがあった。


 その後ろ姿が見えなくなるまで、栞はじっと動かなかった。


「……知り合いなんですか

「いえ、面識はないです」

「じゃあ、なんで」

「噂くらいは、聞いたことがあるので」


 それ以上は語ろうとしなかった。凪はそれ以上踏み込むことができず、ただ胸の奥にざらついた違和感だけが残った。


 その日の夜、凪は寝台に腰掛けたまま、なかなか寝付けずにいた。隣の椅子に座る栞も、いつものように軽口を叩く様子もなく、窓の外をぼんやりと眺めている。


「……本当に、大丈夫なんですか」

「何がです」

「あの人のこと。何か、隠してますよね」


 栞はしばらく黙り込んだあと、小さく肩をすくめた。


「隠してるというか、まだ確かめてないことが多いだけです」

「確かめる」

「あの人がどういう立場で、何のためにここに来たのか。それが分からないうちは、下手に動かない方がいいので」


 その言い方は、いつもの飄々とした調子とは少し違っていた。凪はそれ以上聞くのをやめて、ただ小さく頷いた。


 翌朝、いつも通りギルドに顔を出すと、掲示板の前が妙にざわついていた。案内役たちが顔を寄せ合い、何やら深刻そうな表情で話し込んでいる。


「どうかしたんですか」


 凪が声をかけると、案内役の一人が慌てた様子で振り返った。


「勇者様、実は……北の山間部で、大型の魔物の目撃報告が」

「大型」

「詳しいことはまだ分かっていないのですが、かなりの、その、規格外の存在らしく」


 言葉を濁す案内役の様子に、凪の胸の奥がざわつく。これまで薬草採取とウサギ討伐しかこなしていない自分に、規格外の魔物の話などまるで現実味がなかった。


「まさか、それを勇者様に」


 栞が横から口を挟む。案内役は気まずそうに視線を逸らした。


「まだ、正式な依頼という形にはなっていないのですが……」


 その歯切れの悪さが、逆に凪には嫌な予感として響いた。


 案内役たちの背後、少し離れた場所に、昨日の女性が静かに立っていた。こちらの様子を、値踏みするような目でじっと見つめている。


 凪と目が合うと、女性はふっと小さく口の端を上げた。それは笑みと呼ぶには、あまりにも冷めた表情だった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。