第3話 勇者様、夢から覚める
三時間が経ったのだと理解する間もなく、瞼の裏に感じていたはずの部屋の暗さが、不意に朝の光の眩しさに取って代わる。
次に目を開けたとき、凪は草原のただ中に、横たわった格好のまま放り出されていた。
「おはようございます」
声のする方を見ると、栞が畳んだ服の束を差し出して立っていた。
「それ」
「さすがにパジャマのままは、そろそろ限界かと思いまして」
用意されていたのは、普段この世界で着ている装束一式だった。着替え終えた頃には、寝ぼけていた頭も少しずつはっきりしてきた。
今日のクエストは、前回と同じ薬草採取の続きだった。手慣れた様子で葉を摘み取りながら、凪は帰り道への警戒も忘れなかった。
案の定、茂みの奥から白い影が飛び出してくる。今度は落ち着いて対応できた。脚を引いて爪を避け、体勢を崩したウサギの背中に籠を押しつけて、力を加減しながら押さえ込む。しばらくもがいていたウサギも、やがて大人しくなった。
「……よし」
小さくガッツポーズをする凪を見て、栞が微笑ましそうに目を細めた。
薬草でいっぱいの籠と、気絶したウサギの入った籠を両方抱えながら、凪は歩きつつぽつりと呟いた。
「それにしても、今回の夢は長いなぁ」
隣を歩く栞が、足を止めた。
「夢じゃないですよ」
「……え?」
「これ、夢じゃないです」
あまりにも普通の口調でそう告げられ、凪はしばらく言葉を失った。
「いや、でも、私、寝てて」
「寝てても、召喚されるものは召喚されるので」
その一言が、これまでの何日分もの出来事を、一気に現実として凪の中に押し流していった。
「じゃあ、今まで見た夢も、全部」
「全部、本当にあったことです」
草で指を切ったことも、ウサギに引っかかれたことも、パジャマ姿のまま何度もこの世界に引き戻されたことも、全部が本当に起きたことだった。凪はその事実を、頭の中で一つずつ並べ直してみる。
「その全部を、栞さんはずっと見てたってことですよね」
問いかけに、栞は少し困ったように視線を逸らした。
「まあ、そうなりますね」
それを聞いた瞬間、凪の顔がかっと熱くなった。夢だと思っていたからこそ、あれほど情けない姿を見せても、どこかで割り切れていた部分があった。それが全部、現実に、しかも目の前にいるこの人の前で起きていたことだと分かった途端、羞恥心が今さらのように押し寄せてくる。
「あの、じゃあ、今すぐ忘れてください」
「無理です」
「お願いします、記憶だけでも」
「無理なものは無理です」
あっさりと突っぱねられ、凪はがっくりと肩を落とした。
「大丈夫ですよ、誰も笑ったりしませんから」
「今、笑いましたよね」
「気のせいです」
軽口の応酬を交わしながらも、凪の中では少しずつ何かが落ち着いていくのを感じていた。すべてが夢ではないと分かったことは怖かったけれど、それを一人で抱え込まなくていいのだと分かったことは、思っていたよりもずっと心強かった。
クエスト達成の報せは、あっという間に街中に広まったらしい。宿に戻る頃には、既に太鼓の音が遠くから聞こえてきていた。
「わっしょい! わっしょい!」
短めの、けれど相変わらず容赦のない揺れの時間を乗り越え、祭りが一段落した頃、宿の前まで戻ってきたところで、案内役の一人が慌てた様子で駆け寄ってきた。
「栞様、少しよろしいですか」
いつもならすぐに軽口の一つも返すはずの栞が、何も言わずに頷いた。
「王都から、視察の知らせが」




