第27話 勇者様、状況把握を完了する
枕の一件が収まると、ドラゴンはすっかり大人しくなり、あれほどの轟音が嘘のように辺りは静けさを取り戻していた。
「世話をかけたな、勇者よ」
ドラゴンはそう言うと、深々と頭を垂れた。巨体からは想像もつかない、律儀な仕草だった。凪はその姿に、しばらく声をかけることもできず、ただ深く頭を下げ返すことしかできなかった。
「もう、暴れたりしませんか」
「うむ。枕さえあれば、儂に不満はない」
あまりにあっさりとした返答に、凪は思わず肩の力が抜けた。
帰り道、二人は来た時よりもずっと軽い足取りで、山を後にした。
「討伐じゃなくて、対話で済みましたね」
「はい。栞さんの言った通りでした」
「わたしは、まだ何もできてないですよ。本部の反応これからなので」
軽くいなすような口調だったけれど、その声には、隠しきれない安堵が滲んでいた。
二日かけて街へと戻ると、すぐに審問官への報告に向かうことになった。
「状況は、把握できたか」
審問官の問いに、栞が淡々と経緯を説明していく。ドラゴンが暴れていた理由、対話による解決、これ以上の脅威はないこと。話が進むにつれ、審問官の眉が次第に大きく持ち上がっていった。
「討伐ではなく、対話で解決したと」
「はい。エンシェントドラゴンは、言葉を理解する知性を持っていました。戦う必要は、どこにもありませんでした」
審問官はしばらく黙り込んだ。その沈黙の間、栞の指先がわずかに強張っているのを、凪は見逃さなかった。
「前例のない結果だな」
審問官はそう呟くと、ふっと表情を緩めた。
「だが、悪い話ではない。今後、こういった規格外の案件については、まず対話の可能性を探る方針も検討する」
その言葉に栞の肩からようやく緊張が抜けていくのが見えた。これまで幾度となく本部の理屈に苦しめられてきた分、この評価の重みは凪にもはっきりと伝わってきた。
報告を終えた帰り道、宿へと向かう途中で、いつも通りの太鼓の音が響き始めた。
「クエスト達成のお祝いですかね」
「もう慣れました」
凪は苦笑いを浮かべながら、神輿に上げられる覚悟を決めた。
「わっしょい! わっしょい!」
これまでのどのクエストよりも大きな歓声と、盛大な祭りだった。エンシェントドラゴンの対応という前代未聞の依頼を成し遂げたのだから、当然と言えば当然だった。
祭りが一段落したあと、レベルアップの石へと案内される。触れた瞬間、頭の中に声が響いた。
『クエスト達成しました!』
『レベル100,000,000,000になりました!』
「もう、数字として認識できません」
石はそれに構わず、続きを告げた。
『新たなスキルを獲得しました!』
「今度は何が」
『エンシェントドラゴンの枕職人』
「枕職人?」
『エンシェントドラゴンの枕を作れる職人技を習得しました』
あまりにも限定的すぎるスキルに、凪はしばらく声を失った。エンシェントドラゴンなど、この世界にそう何体もいるとは思えない。まして、その枕を作る技術など、今後一生使う機会があるかどうかも怪しかった。
「これ、絶対にもう使わないスキルですよね」
「かもしれません」
栞の乾いた相槌に、凪は思わず笑ってしまった。これほどの偉業を成し遂げた末に得たものが、限りなく無駄に近い職人技だという事実が、これまでの積み重ねの集大成のように感じられた。




