最終話 勇者様、わっしょいルーレットDX
すべてが片付いたその夜、宿の一室で凪と栞は静かな時間を過ごしていた。
「これで、一区切りですね」
栞がそう言うと、どこか寂しげな微笑みを浮かべた。
「わたしの役目も、そろそろ終わりかもしれません」
「終わり、って」
「規格外の案件に対応できた以上、次の担当が決まれば、わたしはお役御免になります。そうしたら」
栞は一度言葉を切ってから、静かに続けた。
「日本に帰れるかもしれません」
その一言に、凪は思わず息を呑んだ。喜ぶべきことのはずなのに、胸の奥に重たいものが広がっていく。
「じゃあ栞さんは」
「まだ、決まったわけじゃないですけど」
栞はそう言いながらも、視線をわずかに逸らした。凪にはその仕草が、何かを言い淀んでいるように見えた。
「わたしは、ここに残る道もあると思ってます。凪さんは、これからもここに来るわけですし」
その言葉に、凪の中で何かが弾けた。
「嫌です」
「え?」
「栞さんがここに残るの、嫌です。一緒に帰りたいです」
自分でも驚くほどはっきりとした声が出た。栞は目を見開いたまま、しばらく動けずにいた。
「でも、そんな方法」
「分かりません。でも」
凪は栞の手を強く握りしめた。
「離れたくないので」
その瞬間だった。
『わっしょいルーレットDX、スタート!』
「――は?」
聞き覚えのある、けれどどこか違う声が響き渡った。視界が白く塗り替わり、次に開けた場所はいつもの紅白の部屋ではなかった。壁一面に金と銀の装飾が施され、これまでとは比べ物にならないほど派手な空間が広がっている。
「な、なんですかこれ」
栞が驚愕したように声を上げた。凪の手を握られたまま、彼女もこの空間に一緒に転移してきていた。
「わっ、わたしも」
「栞さんも、一緒に」
目の前に出現したルーレットも、これまでとは違い、金色の縁取りに彩られていた。中央には「わっしょいDX」の文字が、これでもかというほど豪華な装飾で輝いている。
「これ、何なんですか」
「分かりません。初めてです、こんなの」
二人が困惑している間にも、ルーレットは勝手に回転を始めた。祭り囃子も、いつもより豪華なアレンジになっている気がした。
「離さないでくださいね」
「離しません」
凪は栞の手をより強く握りしめた。
カラン、と、これまでよりも豪華な音を立てて針が止まる。
『一週間、決定でーす! それでは、良い現代生活をー!』
「一週間?」
凪が聞き返すのと同時に、案内するような声がさらに続いた。
『今後は、お二人まとめて、一週間ごとに行き来していただきます!』
「二人まとめて」
『はい! わっしょいルーレットDXの特典です!』
あまりにも軽い調子でそう告げられ、凪と栞は顔を見合わせた。永遠に一緒というわけではない。それでも、これからは一人で不安な思いをすることも、置いていかれる心配をすることもない。一週間ごとに、必ずこの手を離さずにいられる。
「これで良かったんですかね」
栞が呟くと、凪は繋いだままの手に少しだけ力を込めた。
「十分です」
視界が真っ白に染まっていく中、二人は互いの手を握ったまま、その瞬間を待った。
次に目を開けたとき、凪は自室のベッドの上にいた。隣を見ると栞が戸惑った様子で自分の格好を見下ろしていた。
「これは、さすがにまずいですね」
「その格好は、確かに目立ちますね」
制服姿の凪と、異世界の装束のままの栞。並んでいる姿はどう見てもちぐはぐだった。
「何か、借りられますか」
「はい、少し待っててください」
凪は慌てて自分のクローゼットを漁り、私服を見繕った。少し大きめのシャツとスカートに着替えた栞は、いつもの装束姿とはまた違う、どこか懐かしそうな表情を浮かべていた。
「久しぶりです、こういう服」
「似合ってます」
「ありがとうございます」
栞は照れくさそうに視線を逸らしながら、部屋の中をぐるりと見回した。
「日本の部屋、やっぱり落ち着きますね」
「そう言われると、なんか嬉しいです」
二人でくすくすと笑い合っていると、階下から母の声が聞こえてきた。
「凪ー、お友達来てるの?」
「あ、えっと」
凪は一瞬言葉に詰まったが、すぐに気を取り直した。
「うん、友達! 栞っていうの、しばらく泊まっていくかも」
少しの沈黙のあと、母がひょっこりと部屋の扉から顔を出した。
「あら、初めまして。栞さん」
その屈託のない笑顔に、凪は少しほっとした。
「ゆっくりしていってね。夕飯、多めに作るから」
栞との関係をどう説明するかは追々考えればいいことだった。今は、この時間があるということ自体が何よりも大切だった。
夕食の席、栞は慣れた様子で箸を使いながら、家族との会話を楽しんでいるようだった。母のぬか床の話にも懐かしそうに相槌を打っている。
「栞さんって、料理とか得意なんですか」
食後、部屋に戻ってから凪が尋ねると、栞は少し考える素振りを見せた。
「しばらく台所に立ってなかったので、腕は落ちてるかもしれません」
「じゃあ、今度一緒に作りましょう」
「はい」
窓の外はすっかり暗くなっていた。一週間という期限付きではあるけれど、こうして同じ時間を過ごせることが、これまでのどんな達成よりも凪の心を満たしていた。
「今頃、あのドラゴンちゃんと眠れてますかね」
ふと思い出したように凪が呟くと、栞は小さく笑った。
「あの態度からすると、きっと大事に使ってると思います」
「今度戻ったら、様子見に行きましょうか」
「いいですね」
凪はベッドに並んで座る栞の肩にそっと頭を預けた。
「これから、色々ありそうですね」
「はい。わっしょいなことも、そうじゃないことも」
「それでも」
凪は栞の手をそっと握り直した。
「一緒なら、大丈夫な気がします」
栞はそれに応えるように、繋いだ手に少しだけ力を込めた。
異世界での日々も現代での日々も、これからは両方とも二人にとって大切な時間になっていくのだろう。
また来週、あの金銀の部屋で、ルーレットが二人分の未来を決めてくれる。
それでいいと、凪は思った。
おしまい。
もしよろしければ、こちらもお読みいただけますと幸いです。
こちらもすでに最終話まで完成しています。
丁寧に書いていますので、わっしょい!とかのノリはありませんが・・・
おとぎ話の試練を全部クリアしたら~(略)
https://ncode.syosetu.com/n1847mq/
よろしくお願いいたします。




