第25話 勇者様、ついに見える
翌朝、軽く朝食を済ませ、荷物をまとめ直すと、二人は再び北へと歩みを進めた。目撃情報のあった山奥までは、あと半日ほどの距離だという。
昼過ぎ、周囲の木々が徐々に密になり始めた頃、凪はふと足の裏に、かすかな揺れを感じた。
「……地震ですかね」
「いえ、そうではないかと」
栞の声には、これまでにない緊張が滲んでいた。凪はその横顔を見ながら、自分の予感が的中していることを察する。
進めば進むほど、揺れは大きくなっていった。木々がざわめき、時折、遠くで何かが崩れるような重い音が響く。凪の心臓が、否応なく早鐘を打ち始めた。
「あの音、近づいてます」
「はい」
二人は無言のまま、慎重に足を進めた。木々の隙間から差し込む光が、次第に開けた空へと変わっていく。
ふと、木々の間から、白い何かがちらりと見えた。
「栞さん、あれ!」
凪が指差した先、木々の隙間の奥に、巨大な白い頭部のようなものが揺れていた。鱗の一枚一枚が家の壁ほどもありそうな大きさで、それがゆっくりと動くたびに、あたり一帯の空気そのものが震えているように感じられた。
栞が凪の腕を、とっさに掴んだ。
「一度、止まりましょう」
二人はその場にしゃがみ込み、木の陰から様子を窺った。巨大な頭部は、時折大きく揺れながら、周囲の木々をなぎ倒すように動いている。その度に、あの重い揺れと轟音が響いた。
「あれが」
「エンシェントドラゴン、だと思います」
これまで想像していたどんな姿よりも、はるかに大きく、はるかに現実離れした存在だった。凪は喉の奥が渇いていくのを感じながら、その巨体を見つめ続けた。全身が竦み、指先が微かに震えている。
「戦うなんて、無理です」
「はい。だから、話すしかないです」
栞の声は震えていたけれど、その言葉には、迷いのない強さがあった。
「凪さん、大丈夫ですか」
問いかけに、凪はすぐには答えられなかった。それでも、しばらくの沈黙のあと、震える声を絞り出す。
「……行きます」
もう後には引けなかった。ここまで来て、逃げ出すという選択肢は、凪の中にはもう残っていなかった。
二人は木陰から立ち上がり、巨大な白い影の方へと、一歩ずつ歩みを進めていった。




