第24話 勇者様、旅支度をする
五日という猶予は、あっという間に過ぎていった。気づけば出発の前日、宿の一室には、山積みの荷物が並んでいた。
「食料は多めに。エンシェントドラゴンの目撃地点まで、二日はかかるそうです」
栞はそう言いながら、手際よく荷袋に干し肉や保存の効くパンを詰めていく。凪はその横で、慣れない手つきで水筒に水を満たしていた。
「野営、するんですよね」
「はい。途中に町も村もない道なので」
野営という響きに、凪は少なからず緊張を覚えた。これまでのクエストは、どれも日帰りで済むものばかりだった。夜を外で過ごすというのは、今回が初めてのことになる。
「大丈夫ですか、こういうの」
「慣れてます、これでも」
栞は事もなげにそう言った。凪はふと、この人が一人でどれだけの夜をこうして外で過ごしてきたのだろうと考えてしまった。
翌朝、街の人々に見送られながら、二人は北へと続く道を歩き始めた。今回ばかりは、わっしょいの神輿も太鼓もない、静かな出発だった。
一日目の道中は、これといった問題もなく過ぎていった。日が傾き始めた頃、栞が手頃な広場を見つけ、野営の準備に取り掛かる。
「火をおこすので、少し離れててください」
手慣れた動作で火打石を打ち、あっという間に焚き火を作り上げる栞を、凪は感心しながら眺めていた。
「本当に、何でもできるんですね」
「一人で来た時期が長かったので」
その一言に、凪はふと言葉を止めた。栞がこの世界で過ごしてきた時間の重みが、こんな何気ない場面にも滲み出ている気がした。
夕食を終え、焚き火を挟んで座る二人の間に、静かな時間が流れる。空には、これまで見たこともないほど多くの星が瞬いていた。
「綺麗ですね」
「街の明かりがない分、よく見えるんだと思います」
凪は焚き火のぬくもりに身を委ねながら、隣に座る栞の横顔をそっと見つめた。炎に照らされたその表情は、いつもより幾分か柔らかく見えた。
「明日、本当に大丈夫でしょうか」
ふと漏れた不安に、栞はしばらく黙り込んだ。それから、静かにこう答えた。
「分からないです、正直」
その率直さに、凪は少し驚いた。いつもなら大丈夫だと言い切ってくれるはずだったからだ。
「でも、一人じゃないので」
栞はそう続けると、凪の手にそっと自分の手を重ねた。
「何があっても、隣にいます」
その言葉と重なった手の温もりに、凪の胸が大きく高鳴る。焚き火の音だけが響く静寂の中、二人はしばらく、そのままの姿勢で座り続けていた。
「栞さん……」
「はい」
「ありがとうございます」
それだけしか言えなかったけれど、栞は小さく微笑んで頷いた。
夜が更けていく中、二人は交代で見張りをすることにした。先に休むことになった凪は、横になりながらも、なかなか寝付けずにいた。重なった手の感触が、いつまでも消えてくれなかった。
いつの間にか眠りに落ちていたらしく、次に目を開けたときには、空がうっすらと白み始めていた。
隣を見ると、見張りを続けていたはずの栞が、焚き火の傍らでうとうとと舟を漕いでいた。
「……栞さん」
「はっ、すみません、寝てました」
慌てて姿勢を正す栞に、凪は思わず小さく笑った。
「疲れてるなら、休んでください」
「勇者様を守るのが仕事なので」
「でも、今寝てましたよね」
「それは……その」
しどろもどろになる栞を見て、凪は小さく吹き出した。昨夜の緊張が、朝の光の中で少しだけほどけていく。
「今日で、着くんですよね」
「予定通りなら、夕方には」
その一言に、凪の胸の奥に、昨夜とはまた違う種類の緊張が広がっていく。それでも、隣に栞がいる限り、なんとかなる気がした。




