第23話 勇者様、無双する
「まだ五日あります」
手紙を読み終えた栞が、気を取り直すように言った。
「せめて、少しでもレベルを上げておきましょう。一日程度で終わる依頼を、いくつかこなす形で」
「賛成です」
これまでのピンポイントすぎる能力を思えば、あまり期待はできないと分かっていた。それでも、何もしないよりはましだった。
翌日、栞が持ってきた依頼書を見て、凪は思わず二度見した。
「山林の枝打ち」
「はい。伸びすぎた枝を切り落として、道の通行を確保する仕事だそうです」
「これ」
「勇者様のスキルに、ぴったりだと思いまして」
まさに、これ以上ないほどの適任だった。木の枝が斬れる。それだけの能力が、これほど直球で活きる依頼があるとは思っていなかった。
現場に着くと山道の両脇から、太い幹から伸びた枝が何本も垂れ下がっていた。凪は剣を抜き、一本目の枝に狙いを定める。
振り下ろした刃はこれまでにない滑らかさで枝を両断した。
「斬れた」
二本目、三本目。次々と枝を切り落としていくたび、凪の中に確かな手応えが積み重なっていく。加工された板も、縄も、豆腐すらまともに斬れなかった剣が、木の枝という条件の前でだけは、まるで別物のように冴え渡っていた。
「これ、めちゃくちゃ気持ちいいです」
「勇者様、目が輝いてます」
これまで薬草にもウサギにも苦戦してきた自分が、初めて「向いている」と思える瞬間だった。凪は夢中になって、道沿いの枝を片っ端から切り落としていく。
「勇者様、少し飛ばしすぎです」
「あと少し、あと少しだけ」
止める栞の声も耳に入らないほど、凪はその作業にのめり込んでいった。あまりの熱の入れように、必要のない枝まで嬉々として斬り落とし始め、最終的には栞に強めに肩を掴まれて我に返る羽目になった。
「予定の区間、もう十分過ぎてます」
「……つい」
「木の枝を見ると、人が変わりますね」
その指摘に凪は少しばつが悪そうに視線を逸らした。木の枝相手になら自分は無敵だった。エンシェントドラゴンには到底通用しない力だと分かっていても、この瞬間だけは、確かな万能感に浸ることができた。
結局、予定されていた区間をすべて終える頃には日はすっかり傾いていた。
「クエスト達成ですね」
「はい。今日ばかりは胸を張って言えます」
案内役から労いの言葉を受けながら、凪は自分の剣を見つめた。木の枝限定の、あまりにも狭い力。それでも今日この瞬間だけは、間違いなく自分の武器として機能してくれた。
クエスト達成の報せは、いつものように街中へと広まっていった。宿に戻る頃には既に太鼓の音が響いている。
「勇者様、山林の枝打ち完了おめでとうございます!」
凪はもう慣れた様子で神輿に上げられ、揺れに身を任せた。
「わっしょい! わっしょい!」
祭りが一段落したあと、レベルアップの石へと案内される。触れた瞬間、頭の中に声が響いた。
『クエストを達成しました!』
『レベル5,000,000になりました!』
「もう桁とか気にしないことにします」
石はそれに構わず、続きを告げた。
『力が2上がりました』
『体力が1上がりました』
『器用さが3上がりました』
「久しぶりに、ちゃんとしたステータス上昇な気がします」
石はさらに続けた。
『新しいスキルを獲得しました!』
「まだあるんですか」
『森林無双』
「今度は何が」
『一分間だけ、木の幹も斬れるようになります』
「一分間……」
あまりにも短い時間制限に、凪はしばらく声を失った。枝ならまだしも幹となると、一分間という時間はあまりにも心許ない。
「使いどころ、難しそうですね」
栞の的確な指摘に、凪は乾いた笑いを漏らすことしかできなかった。無双という勇ましい名前とは裏腹に、また一つ、扱いに困る能力が増えただけだった。




