第22話 勇者様、木の枝以外は斬れない
新しいスキルを手に入れた高揚感は、そう長くは続かなかった。
「直径十センチ以内なら、大抵のものは斬れるはずですよね」
凪は自信満々にそう言うと、宿の裏に置いてあった加工済みの板を持ち出した。木の枝が斬れたのだから、同じ木材である板も同じように斬れるはずだと踏んでいた。
振り下ろした剣は、しかし板の表面に浅い傷をつけただけで、あっさりと弾かれてしまった。
「……あれ」
「加工された木材は、また別物ということですかね」
栞の冷静な指摘に、凪は納得のいかない顔をしながら、次の的を探した。まだ何かの条件が足りないだけだと、根拠のない自信は簡単には消えなかった。
「じゃあ、これは」
今度は倉庫に転がっていた太い麻縄を手に取る。木材ではないから条件が違うのかもしれない、そんな淡い期待を込めて振り下ろしたけれど、結果は同じだった。刃は縄の表面を撫でるように滑るだけで、繊維一本すら断ち切れなかった。
「なんで……」
二連続の失敗に、凪の中の自信はもう半分ほど崩れていた。それでも意地になって、最後の手段として、夕食の支度で余っていた豆腐を持ち出す。木でも縄でもないなら、いっそ柔らかいものならどうか、という苦し紛れの発想だった。
「さすがに豆腐は、斬れなくても仕方ないと思いますが」
「一縷の望みです」
剣を構え、慎重に振り下ろす。豆腐は確かに真っ二つになった。凪は思わず歓声を上げかけたけれど、その断面をよく見た瞬間、動きを止めた。
「……これ、斬れたんじゃなくて、潰れて割れただけですよね」
「そうですね。剣の重さで、真っ二つになっただけかと」
結局のところ、あの日斬れたのは木の枝、それだけだったらしい。板でも、縄でも、豆腐でもなく、ただ木の枝という条件にぴったり合致した時にだけ発動する、恐ろしく限定的な能力だったのだ。
「つまり、実戦ではほぼ使えないってことですよね」
「木の枝と戦う機会があれば、無敵だと思います」
栞の慰めにもならない慰めに、凪はがっくりと肩を落とした。せっかく手に入れた初めての戦闘スキルは、蓋を開けてみれば、これまでのどの能力よりも狭い適用範囲を持つ、極めて実用性の低いものだった。
それでも、真っ二つになった豆腐を前に、二人はしばらくくだらない検証を続けていた。
「もう一回、切り方変えてみましょうか」
「今度は斜めから、とか」
豆腐を薄く削ぐようにして刃を通したり、真上から叩き落とすようにしてみたり、およそ勇者らしいとは言えない検証実験が、宿の裏で延々と続けられた。
そんな最中、案内役が慌てた様子で駆け込んできた。
「勇者様、審問本部から手紙が届いております」
その一言に、豆腐で遊んでいた空気が一瞬にして凍りつく。手渡された封筒を開けると、達筆な文字で簡潔にこう書かれていた。
「五日以内に出発し、状況の把握と報告を行うこと」
これまで曖昧なまま先延ばしにされてきた話が、ついに具体的な期限を伴って動き出した。凪は手紙を持つ手に、じわりと汗が滲むのを感じた。
「……五日」
「思ったより、早かったですね」
栞の声にも、いつもの余裕は薄れていた。豆腐と戯れていたさっきまでの時間が、まるで嘘のように遠く感じられた。
食べ物で遊ばない!
(後でスタッフが美味しくいただきました)




