第18話 勇者様、職員室に呼ばれる
差し出されたノートを開くと、担任の指がそっと一点を示した。
「ここなんだけど」
そこには塗りつぶしたはずの文字が、うっすらと透けて見えていた。
「栞さんに、膝枕された」
声に出して読み上げられ、凪は全身から血の気が引くのを感じた。
「あの、これは、その」
「彼女?」
「え」
「栞さんっていうの、彼女さんの名前?」
あまりにも予想外の方向からの質問に、凪はしばらく言葉を失った。担任は特に責めるでもなく、むしろ興味津々といった様子で身を乗り出している。
「い、いえ、その、友達というか」
「友達に膝枕してもらうんだ」
「する時もあります」
「ふうん」
担任の生温かい視線が、じわじわと突き刺さってくる。国語の宿題の心配をしていたはずが、まさかこんな展開になるとは思っていなかった。
「別に、悪いことじゃないから安心して。ただ、他の生徒に見られる可能性もあるから、個人的なことは日記帳に書いた方がいいよ」
「……はい、すみません」
「あと、その他の記述も気になったんだけど。ウサギに負けたとか、財布を落としたとか」
「あ、あれは、その、たとえ話というか」
「たとえ話」
「はい、たとえ話です」
しどろもどろになりながら、凪は必死にごまかしの言葉を並べた。担任はしばらく怪訝そうな顔をしていたが、ノートのページをぱらぱらとめくり直しながら、ふと真顔になった。
「たとえ話にしては、随分と具体的だけど」
「たとえ話って、そういうものです」
「……まあ、いいや」
これ以上追及しても不毛だと判断したのか、担任はノートを閉じて凪に返した。
「とにかく、次から日記は日記帳に。分かった?」
「はい、気をつけます」
職員室を出た瞬間、凪はその場にしゃがみ込みそうになった。異世界での失態が誰かに見られることには、これまでも散々慣れてきたつもりだった。それでも、現代のクラスメイトでも先生でもない、こんな形で日記が読まれるというのは、まったく想定していなかった羞恥だった。
帰り道、スマートフォンを取り出し、誰にも送れないメッセージを打っては消す。栞に膝枕されたことを、担任に知られた。そんな報告を、一体誰にできるというのだろう。




