第13話 女の名は
翌朝、宿の前で待っていたのは、あの日と変わらない静かな佇まいの女性だった。
「今日は名乗っていただけるんですか」
栞の問いに、女性は小さく頷いた。
「レイという者です。もう少し早く名乗るべきでした」
あっさりとした自己紹介に、凪はかえって拍子抜けする。これまでの思わせぶりな態度からすると、もっと重々しい登場を予想していた。
「レイさんは何をしにここへ」
「勇者様の様子を見に来ただけです」
「様子?」
「正確には確かめに来た、というべきでしょうか」
レイはそう言うと、凪の顔をまっすぐに見据えた。値踏みするようなその視線には、これまでと違い隠す様子のない真剣さがあった。
「私はかつて別の勇者の世話係をしていました」
その一言に、栞の表情がわずかに強張る。凪はその変化を見逃さなかった。
「その勇者様は今」
「亡くなりました」
短く告げられたその一言に、その場の空気が一瞬にして重くなる。レイはすぐには続けず、しばらく視線を落としていた。
「強くなりすぎることを周囲が急ぎすぎた結果です。討伐対象の格を一段階ずつ上げていって。私はそれを止められなかった」
その声には、これまでのどの場面でも聞いたことのない静かな悔いが滲んでいた。凪は何も言えず、ただその言葉を受け止めることしかできなかった。
「だから確かめに来たんです。今代の世話係が同じ過ちを繰り返していないか」
レイの視線が、栞へと移る。栞は何も言わず、ただまっすぐにその視線を受け止めていた。
「薬草採取、ウサギの捕獲、神輿の護衛、湖の清掃。あなたが選んでいるクエストは、どれも勇者様の身の丈に合ったものばかりですね」
「はい」
「無理をさせていないということですか」
「無理をさせるくらいなら時間をかけた方がいいと思っています」
栞の返答に、レイはしばらく黙り込んだ。それから初めて表情を緩めるように、小さく息を吐いた。
「そうですか。それなら良かった」
その言葉には、これまでの値踏みするような響きはなく、代わりにどこか安堵したような柔らかさがあった。ただその安堵の奥には、まだ拭いきれない何かが残っているようにも見えた。
「規格外の魔物の件も、もう少し様子を見ます。焦って挑ませるようなことはしません」
「ありがとうございます」
凪が思わず頭を下げると、レイは少し驚いたような顔をしたあと、ふっと表情を和らげた。
「勇者様が謝る必要はありません。ただ」
レイはそこで言葉を切ると、栞の方を一瞥した。
「あなたたちの様子を見ていると、先代とは違う形でうまくやれそうだと思います。それでも油断はしないでください。この世界は時々、こちらの想像を超えたものを寄越してくるので」
その最後の一言だけは、これまでの穏やかな調子から一転して、どこか警告めいた響きを残していた。
「また様子を見に来ます」
それだけを言い残して、レイは静かに踵を返した。遠ざかっていくその背中を見送りながら、凪は隣に立つ栞の横顔をそっと窺った。栞は何も言わず、ただじっと、レイの後ろ姿が見えなくなるまで見つめ続けていた。




