第12話 勇者様、羽虫に強くなる
クエスト達成の報せは、あっという間に街中に広まったらしい。宿に戻る頃には、既に太鼓の音が遠くから聞こえてきていた。
「勇者様、湖畔の清掃クエスト達成、おめでとうございます!」
ゴミ拾いという、これ以上ないほど地味な戦果に対して、その熱量はあまりに不釣り合いだった。凪は諦め半分で神輿に上げられる。
「わっしょい! わっしょい!」
短めの、けれど相変わらず容赦のない揺れの時間を乗り越え、祭りが一段落した頃、案内された広場の中央、拳大の石へと凪は手を伸ばした。
触れた瞬間、頭の中に声が響く。
『クエスト達成しました!』
『レベル10,000になりました!』
「……もう桁の感覚がおかしくなってきました」
石はそれに構わず、続きを告げた。
『力が2上がりました』
『羽虫の耐性がつきました』
「……羽虫」
あまりにも具体的すぎる耐性に、凪はしばらく声も出なかった。隣で栞が、興味深そうに石を覗き込む。
「羽虫だけに効果があるみたいですね」
「なんでそんなピンポイントなんですか」
「さあ」
栞のいつもの相槌にすら、今日は特別な意味が込められているように感じられた。試しに近くを飛んでいた羽虫に手を近づけてみると、いつもなら思わず身をすくめてしまうはずのそれに、不思議と平静でいられる自分に気づく。
「……本当だ、平気です」
「良かったですね、湖での作業、これで少しは楽になりそうです」
「いや、もう湖のクエストは今日で終わりですよね」
「次があるかもしれません」
軽い調子で返され、凪は思わず脱力した。ウサギでも草でもなく、よりにもよって羽虫にだけ強くなるという、あまりにも狭すぎる成長に、勇者としての在り方をまた一つ考え直さざるを得なかった。
それでも、これまでの何十という理不尽な失敗の中で、初めて「明確に克服したもの」ができたという事実は、地味ながら確かな手応えとして凪の中に残っていた。
宿への帰り道、栞がふと思い出したように言った。
「そういえば、あの人からまた連絡がありました」
「名乗らない人ですか」
「はい。今度は、直接会って話したいそうです」
その一言で、羽虫の耐性で浮かれていた気分が、一気に引き締まる。規格外の魔物、審問官、そして今度はあの女性からの接触。バラバラに散らばっていた不穏の種が、少しずつ一つの流れに繋がっていくような予感がした。
「いつですか、それ」
「明日の朝、ということでした」
夜が更けていく中、凪はしばらくの間、羽虫にだけ強くなった自分の手のひらを、意味もなく見つめ続けていた。




