第三話 復讐と激情
鬼灯の住む場所はとても広大で、いつも夜の様に暗い。しかも澄んだ夜空とは異なる曇った空だ。
それは鬼灯の後宮でも同じことであった。
後宮に修練を積んだ女が入内したという噂が駆け巡るのは一瞬だった。
ただ、飽き性の鬼灯様である。単なる好奇心か、一瞬の気まぐれか。どちらにしても、すぐに殺されるだろうと誰もが疑わなかった。
しかしどうだろう。
数ヶ月経っても、鬼灯様の寵愛は尽きるどころか、この所は毎日のように女の元へ通っているという。余程のお気に入りのようだ。後宮の女共にとっては良くない報せであった。
噂の渦中にいる琴吹はと言うと、常時闇に包まれるこの空間で昼夜の感覚も失いつつある上、数ヶ月間容赦無く手荒く抱かれて身も心も疲弊していた。
「(あの鬼には節操という概念がまるで無い。)」
しかし、元々敵対関係にあった者を手中に収めるのだ。最初に手荒く扱って恐怖を植え込み、服従させるのは上に立つ者として常套な手段であることを琴吹は理解していた。
もし琴吹が鬼灯の立場にあるとすれば、琴吹も間違いなくその様にするからだ。
だからといって、大人しく服従する気など毛頭なかった。鬼灯が訪れる度に殺してやるなどと叫んでは、出来もしない抵抗を繰り返し、また時には自死も出来ぬ己を殺してくれと情けなく乞う屈辱の日々である。
犯され、女官に隅々を手入れされ、泥沼のように寝て、 用意された豪華な飯を食べ、また犯されることを繰り返す。
琴吹は数ヶ月ここに居るだけで徐々に感覚が可笑しくなってくるのを実感していた。いや、ここでは元の考えが可笑しいと言った方が正しい。道徳や倫理というものは、もう通用せぬ。
「(誰も叶わぬあの鬼灯に、嬲り殺されることなく無様に死ぬこともなく贅沢を享受しているのは、一般に幸いなことであるのだろう。)」
鬼灯の寵愛をこの身に受けている間は、身の安全を保障され、泥を啜るような生活をわざわざ選ぶ必要も無い。性暴力以外は至って普通で、寧ろまるで寵妃であるかの様に扱われている。出された飯を拒否せぬのは、己をそのように扱う男を己の手で殺すまで死ぬ訳にはいかないからだ。
「(私を生かしたことをいつか必ず後悔させてやろう。)」
その日から琴吹は抵抗をやめた。
普段の激しい抵抗とは打って変わって、人形のように大人しく、やけに素直に従っている琴吹を見て鬼灯は動きをとめた。
「琴吹よ。何か謀があるのなら、やめておいた方がよい。」
「はっ、そんなものなどあるものか。妃にでも妾にでも貴様の好きにするといい。私は貴様の奴隷だ。」
その言葉に鬼灯は目を些か開いて大笑いした。
「これだから琴吹、お前は堪らぬ。予想以上に俺を愉しませる。」
その日、初めて手荒く抱かれなかったのを琴吹は肌で感じた。甘んじて鬼灯を受け入れたという事実に、琴吹は悔しくて堪らなくて、涙を流した。
*
数ヶ月に一度、鬼灯の気まぐれでお気に入りの妃十名余りが集まる食事の場が設けられるという。
何でもあの鬼灯直々に声掛けをするというので、琴吹は驚いた。そこに呼ばれるのが女の喜びであり、後宮内での高い地位の象徴なのだという。毎回の顔ぶれは殆ど変わらないが、琴吹が「好きにしろ」と言った日、そこへ顔を出す様に言いつけられた。
当日に用意されたのは白い上等な反物で、柄なども控え目の琴吹が好むものだった。鬼灯が煌びやかな装いを強いて来なかったのが幸いだと思った。
「琴吹様、また贈り物が届きまして御座います。」
琴吹という女らしくない女が寵愛を一層深めているという噂が蔓延って数か月、琴吹に取り入ろうとする女や、反対にそれを妬んで嫌がらせをする女も多かった。最近は毎日のように貢物が届くようになっていた。腐ってもここは後宮である。
「書物や巻物はこちらに、それ以外は捨てておけ。嫌がらせの類のものはそのまま返しなさい。」
「まあ、こんなに高価な壺も御座いますのに。」
「不要。」
琴吹は元より質素や静寂、清潔を好む女だった。
前にこの宮を使っていた女の趣味に興味はないが、初めて足を踏み入れた時から静涼殿には物が少なく、綺麗に整頓されまとめられていた。
今は書物や巻物などで多少場所を埋めているが、それでも妃というに相応しくない部屋であることは自覚していた。しかし、妃になどなりたくも無い琴吹にとっては丁度良かった。
ふと、ふすまの隙間から明るい炎が見えた。
鬼灯が従える鬼火で、宴の時間を知らせに来たものだった。
「さあ、行くぞ。」
必要ない女官を仕方なく引き連れて大広間へ向かった。
*
繊細な金の彫刻で埋め尽くされた大広間に続々と妃が集まる。
「(豪華絢爛はこの場所のために生まれた様な言葉だな。帝の謁見室ですら、これ程ではなかった。) 」
琴吹はいつもの扇子で顔を覆い、周囲を見回す。
集められた妃らの性格や教養はどうであれ、容姿に関しては粒物揃いだなと感心した。
己の名が立てられた場所に落ち着き、しばらくすると宴開始の合図が鳴った。
女共の熱い目線を集めながら中央に座する鬼王に跪いて挨拶を述べた瞬間、琴吹という新しい妃が正式に誕生した。
見るからに愚かそうな女共に混ざり、この男に跪く屈辱が誰に分かるだろうかと、琴吹は思った。
満足そうにこちらを見下す鬼灯に睨みを利かせて、琴吹は思った。
この女共と私は違う、飼い慣らせるものなら飼い慣らしてみろ!と。
その視線に気がついた鬼灯は満足そうに嗤った。
*
宴は恙無く進行した。
舞が得意な妃は舞を、琴が得意な妃はそれを存分に披露した。
その場にいる皆がいつもと変わらぬ様に振る舞っていたが、心の内では誰もが琴吹という存在に注目していた。
鬼王が今回の宴を用意した意味。
王が何も言わぬ手前、誰も言葉にしないが、皆が琴吹の為の宴だと理解していた。
鬼灯が新たに入内した女の為にわざわざ宴の場を用意するのは初であった。
噂では、修練を積んだ女で、どこぞの陰陽師一派当主の座を越えて、陰陽頭にもなる実力だったという。
一体どんな強靭な醜女が現れるのだろう、と。
ところがどうだろう。
後宮内のどの妃にも勝るほど美しい女だったとは、誰が想像出来たであろうか。
あの容姿で鬼王の隣に並べば、美の概念そのもののような二人になるだろうと思われた。
すっと伸びた背筋、絹の様な黒髪に白い肌、黄金と見間違う琥珀の瞳に、薄白の衣を纏う姿は天女なのかと錯覚しそうになる。
上品に扇子を口元にあて、宴に微塵も関心がないと言わんばかりの憂い視線がまた、琴吹の神秘的な雰囲気を助長していた。
「(はっ。後宮で私が何を噂されていたかは予想がつく。こんな筈では無かった、とでも言いたげな視線がヒシヒシと伝わってくるな。)」
琴吹は周囲の視線を鼻で笑った。
努力もせず、恵まれた容姿だけで得た生活と贅沢に甘んじている様な女など、琴吹からすれば虫けらも同然だった。
ふと、鬼灯の方を見やる。
つい数ヶ月前まで、鬼灯の座す場が当主としての己の位置だった。用意された末席から見る光景は、過去の屈辱的な日々を思い出す様で大変不快だ。
鬼灯は酒を煽りながら、目の前で繰り広げられる見せ物に大層つまらなさそうな視線を送っていた。
「(そんな顔で見るのなら、宴会など開かなければ良い。)」
琴吹は、鬼灯がこの場に己を呼んだ真意を図りかねていた。
妃になったことをこれ程盛大にお披露目されるなど、己を愚弄しているとしか思えない。妃になることを嫌がる琴吹に対する最大限の辱めだ。
それに、琴吹が住むのは女の園、後宮だ。
正式に素性が明かされたことで、今後どんな妬みが己に向けられるのかは未知数だった。
鬼灯はそれが分からない馬鹿者ではないだろう。
「(反応を見て一興、とでも思っているのだろう。……くだらない。)」
琴吹はそう思って、呑みたくもない酒をグッと煽った。
*
「どのようにして鬼灯様を誑かしたのか存じ上げませんけれども、つけ上がるのは得策ではなくってよ。」
宴会中、従者に耳打ちされた鬼灯が「すぐ戻る、皆で楽しむと良い。」と退席した。
琴吹はこれ幸いと、そそくさ宮に戻ろうとした折、甲高い耳障りな声が目の前を遮った。
噎せる程の甘い香りが鼻へ届き、豪華に飾り付けられた全身と比べ、無防備にも胸元は大胆に開いている。ピタリとした服から形が伺える乳は大きく雌牛の様だ。
その顔は良く見なくとも厚塗りの化粧を施したと分かる。後ろには何人もの女官を侍らせてこちらを鋭い目つきで睨んでいる。
これ程までに下品な醜女が鬼灯のお気に入りだとは思わなかった琴吹は少々驚いた。
「(私に言いよるなど千年早いわ、小娘が。)」
琴吹は愛用の扇子を相も変わらず綺麗な所作で口元にあて、その女を流し目で見た。
「生憎、私は新参者で御座いますから……。どちら様で?」
その言葉に目の前の女の顔から、今まで浮かべていた得意気な笑みが消える。
「……わたくしは、秀麗よ。」
まさか新入りに自分から名乗るなどという侮辱を受けるとは思っていなかったとでも言いたげな顔に、琴吹は口元に笑いを禁じ得なかった。
それを隠すために扇子を愛用していると言ってもいい。虐げられ、捻くれて育った琴吹は、このようなことに関して一流であった。
「御機嫌麗しゅう、秀麗妃。私は昨晩の疲れも御座いますので、失礼致します。」
それが何を指すのか分からないほど馬鹿者では無さそうだ。下品な女は顔を真っ赤にして唇を噛んでいた。
琴吹は扇子を閉じるのと同時に、左手でひそかに術を使う。次の瞬間、秀麗の大きな髪飾りが床へ落ち、ぱりん、と乾いた音を立てて砕けた。
何が起きたのか分からないとでも言いたげな顔を見て、琴吹はさっと大広間を退出した。
*
「琴吹様、あの女の不細工なお顔をご覧になりまして?」
「とってもいい気分よ!わたくし、琴吹様のお仕えで本当に良かったわ。」
自室に戻ると女官達がわっと口々に騒ぎ出す。
「騒々しいぞ、黙れ。」
「琴吹様、絶対に絶対に他の女に負けないでくださいましね。」
懲りずにそう言ってくる女官に、琴吹は思わず「お前達に何か関係があるのか?」と聞いた。
すると、「琴吹様の進退はわたくし達の進退ですわ。琴吹様が負けなければ、わたくし達はいっぱい人間を食べられますもの。」と、返ってきた。
やはりこの全員同じ顔した女官共は化物の類いであるようだ。
だからといって琴吹はかつて陰陽師として祓ってきた様に、この者たちを祓う気にはならなかった。
世話をするものが己に好感を持っているならば、そのままにしておくことに越したことはない。
第一、力で女官一人にも勝てなかった琴吹が、果たして叶う程の化物なのかも分からなかった。
「私を喰おうとは思わぬのか。」
その言葉に女官らはクスクス笑った。
「いやだわ、琴吹様。わたくし達もそこまで馬鹿ではなくってよ。寵愛が続く限り、琴吹様を喰らってしまう時が、わたくし達の終わりの時でご御座いますわ。」
琴吹は女官らの言葉に、何も返さなかった。
*
最悪だ。
目の前に現れた鬼灯と数人の女に、今すぐここから逃げ出したい気分になった。
部屋に閉じこもって居れば気分転換に外に出たくなる。かと言って外は暗く、鑑賞するための庭園はどこか禍々しい雰囲気で琴吹の趣味に合わなかった。宮中に書物庫があるというから、誰も居らぬだろうとそこに赴いたのに。
「静涼殿に顔を出したら、妃は此処にいると聞いてな。」
琴吹は鬼灯とすれ違いになってしまったのだ。最近は忙しいのか、訪れが少なかったために油断していた。
「(来ると分かっていれば、こんな女共の前に身体を晒すこともなかったのに!)」
鬼灯が琴吹に会いに来る、それは即ち抱きに来たということである。それ以外の目的で鬼灯が琴吹の元へ赴いたことなど今の一度もない。
奴には場所など関係ないのである。
外の庭園から下品にも甘い嬌声が聞こえてくるなどざらにあった。庭園に行きたくない理由はこの為でもあったのに。
鬼灯は琴吹が机に広げていた巻物を乱雑にも床に落とし、琴吹をそこへ押し倒した。周囲の女共は薄い衣をさらにずり落として「鬼灯様、わたくしも押し倒してくださいまし」などとほざいている。余程の恥知らずであるようだ。
女共の前で服を剥ぎ取られ、鬼灯に虐げられる。
抵抗しても辞めてはくれないことを琴吹が一番理解している。奴隷だと受け入れた手前、この屈辱に耐え抜くしかなかった。
顔を近づけた鬼灯に「宴を抜け出したな?」と、耳元で問われた琴吹は「貴様の飼っている雌牛が煩わしかった。」と一言添えた。
それで何があったのか、鬼灯ならば理解できるだろう。
少し黙って何を思ったか、ふと、鬼灯が「お前達も琴吹妃を善くしてあげろ。」と女共に言った。
女共は薬か妖術か、男女の判断が付いていないようである。
「待て、やめろ!!私に触るな!」
女共が愉しそうに琴吹の身体に触った瞬間、琴吹の中で耐えようとした心持ちが吹っ切れた。
己に触れた女共を力の限り突き飛ばして、服もはだけたまま静涼殿へ飛び込んだ。
驚いて付いてくる女官達に「来るな!」と叫んだ琴吹は、寝台へ雪崩込むようにして伏した。涙が溢れて止まらなかった。
鬼灯は追いかけて来なかった。
「(ふざけるな、なぜ私があの女共の娯楽に。)」
あの男が憎い、私にそのような恥辱を与えた男が憎い。確かに琴吹は奴隷になると言った。好きにしろと言った。
「(だが、アレの女共は違う!私を笑い者にしたあの女共は、必ずその代償を命で贖わせてやる。)」
次の日、湯に入って着崩した服と少し絡まった髪を全て元通りに整えてもらうと、琴吹の思考はスッキリとした。
「贈り物は?」
「はい。昨日仕分けされていない分と本日新たに置かれた分が御座います。」
「全てこちらへ。」
目の前に並べられたものはどれも一級品ばかりだった。
その中には昨日書庫に置いてきてしまった扇子が含まれていた。しかしよく見ると、元の扇子とは素材がまるで違っている。元のものも悪くない素材ばかりで作らせたものだったが、瓜二つのこの扇子とは格が違った。あの男が送った物だとすぐに気がついた。
鬼灯がそのつもりなら存分に使ってやろうと、その扇子で陶器の壺や瑠璃細工の物などを全て地面に落として割った。書物や巻物も、まだ目を通していないものを破くのは些か勿体無いと感じたが、容赦無く千切る。
「きゃあ!琴吹様、突然どうなさったの、お辞めになって!」
女官達が止めるのも気にせずに壊した。一通り散らかして満足すると、扇子を口元にあて女官に言いつける。
「噂を広めろ。静涼殿の琴吹妃が鬼灯様の女に辱められ心を乱していると。」
*
案の定、噂好きが多い後宮にはすぐに広まり、その話で持ち切りになった。
そんな噂を鬼灯が聞き及ばないわけが無い。
「琴吹様、鬼灯様がおいでになさいましたわ。」
「追い返せ。奴を焦らす。」
「ですが、」
「月のものだとでも言っておけ。次に訪れた時は、通してよい。」
わざわざ噂まで立てたのだ。ここで通してしまえば、全ての苦労が水の泡になってしまう。
鬼灯さえ通さぬ事で、事がどれほど深刻なのかを分からせてやる、というのが琴吹の心持ちだった。
追い返した後、鬼灯は思いの外すぐに訪れた。
暫くの訪れはないと踏んでいた琴吹にとっては少々意外だったが、琴吹は満足だった。早い訪れほど、効果がある証拠だ。
「随分早いな。外で待たせておけ、準備するぞ。」
*
琴吹妃が心を乱しているという噂は、明らかに琴吹自身が流したものだと鬼灯は理解していた。
あの日の行いが、余程琴吹の触れてはいけぬ線に触れたのだ。
すぐに静涼殿へ訪れると、あろう事か追い返され、鬼灯は思わず口角が上がった。
「(かつてこの俺を追い返す者が居ただろうか?)」
いや、そんな者がいるならすぐに殺しているな、と鬼灯は思った。
しかし、琴吹に追い返された事は、存外鬼灯に焦りを与えた。女にいたぶられるのは相当堪えた様だった。
「(そこまで、怒っているのか。)」
次の日、再び静涼殿を訪れると、今度は半刻ほど待たされた。鬼灯を中にも入れず待たせた妃もまた初めてだった。
伝令に来た琴吹付きの女官は鬼灯の御前、震えて足が竦んでいる。
主上に逆らっている状況に、生きた心地がしていないようだった。ただ、「女官を殺せば、相まみえることはない。」という文を添えられている手前、鬼灯も手が出せなかった。
琴吹は口にしないだろうが、随分と女官を気に入り、また女官も琴吹を気に入っているようだ。
琴吹が来てから新鮮なことばかりで、鬼灯は焦らされている間、気分が良かった。
やっと中へ入ることが許されると、そこは普段の洗練された部屋とは全く異なるものだった。
化物が入ったのかと思われるほど荒れ果て、あれ程好んでいた書物なども破り捨てられている。
「琴吹!どこにいる?」
鬼灯は少し焦りを含んだ声色で、そう問いかけながら暗い部屋を進む。
琴吹が使う寝台へ向かうと、人影があった。
そして、そこに座っていた琴吹を見て、思わず固唾を飲んだ。
普段の質素を好む琴吹とは打って変わり、綺麗で上等な反物を身に纏い、その髪は相変わらず蕩けるほどしなやかで美しいが、出会った時と同じように、存分に垂れ流しにしたまま放り出されている。
こちらをじろりと見る目は静かな激情を抱えていた。
ぞくり
鬼灯は今までにない昂りを感じた。
琴吹に対して、思わず下手に出てしまいたい程であった。
他の女と同じように躾をしても、琴吹という女だけは己の思い通りにならない。
鬼灯にとっては、それが腹立だしく、また愉しくもあった。
今度はどんな一面を魅せてくれるのか、鬼灯は我慢ならなかった。
「ああ、琴吹よ。なぜこのようなことを?」
抑えられない胸の悦びを殺して、鬼灯は努めて冷静に問う。
「__私を、私を選ぶなら、」
琴吹の声は小さく静かで、怒りに震えていた。
「あの女共を殺せ。」
その瞬間、鬼灯は笑いが溢れた。
「(ああ、なんて愛おしいのだ。この憐れな女は。)」
いち妃に過ぎない琴吹が、鬼王である鬼灯に許可なく発言し、あまつさえ命ずる。
それがどれほどの事かを理解していないのか、理解した上でそうしているのかは、火を見るより明らかだった。
「(俺を、使う気だ。)」
以前の鬼灯であれば、そんな戯言を言う女の首を迷わず飛ばしていたに違いない。
しかし、目の前の憐れで美しく賢い女の言うことを堪らなく聞きたくなってしまった。
「首はここに?」
「不要だ、化物の餌にでもしろ。」
琴吹の言葉を聞く度に、鬼灯は心が高鳴り、踊って仕方がない。
愚問だと分かりながらも、この問いかけをせずには居られなかった。
「_俺は。女に指示した俺は、赦して貰えるのか?」
その言葉に琴吹は目を見開き、鬼灯の首を強く握った。鬼灯には痛くも痒くもない強さだった。
「お前は。お前は、私が殺す。」
ああ、堪らない。我慢ならなくて、すぐに押し倒した。
「御意に。」
その言葉を聞いて、琴吹は抵抗せず鬼灯を受け入れた。
*
数日後、琴吹妃を辱めた女共は鬼灯の手で直接死を賜ったという話が持ち上がり、後宮を動揺させた。
これまで妃を殺す折、鬼灯はそれすらも面倒くさいと化物を部屋に放つだけだったからだ。
琴吹妃という存在が、後宮の中で一層大きくなる瞬間だった。




