かかと落としの危機だとしても起こされたい!
「ほんとにあんたがお姉ちゃんを雇うのに相応しい人間なのか、私が見極めてやる!」
「ふぁっ!?」
宮崎妹に銃口でも突き付けられたかのように、一瞬だけ心臓がびくぅっと跳ね上がった。が、伊達に長年幼馴染を夢見てきたわけじゃない。そんなことで、俺の幼馴染への思いは揺るがない……!
「の、望むところよぉ!清く正しく美しい上に眩しくて尊くて愛に溢れた幼馴染ってやつを見せてやるよぉ!」
「あ、ちなみに今朝あんたを起こしたのは私だから。つまり今日の分のバイト代は私に入る。いいよね?」
「は、え、えー!?いやいやいや、そんな横取りスタイルは認められない!て言うか俺と幼馴染の契約を交わしてるのは宮崎さんだけだから、君には給料は発生しない!」
「君とか呼ばれるの、気持ち悪いんだけど」
「えぇ!?じゃあなに!紗友ちゃん!?」
「吐く。ちゃん付けで呼ばれるの嫌いなの」
「えぇ!?じゃあなに!紗友さんか!?」
「普通に呼び捨てしてくれない?私だってそうするし。なんだっけ名前。ゆうや?ゆうじ?ゆうのすけ?」
なんかめちゃくちゃ面倒くさい子なんですがあああ!!なんだこれは。順風満帆だった宮崎さんとの幼馴染ライフが突然戦闘モードになってしまった。が、すべては幼馴染のためだ。俺はやるぞ!
「じゃあえーっと、紗友!誕生日に干し芋一年分欲しいんだってね?」
「は!?お、お姉ちゃんそんな話したの!?やだぁ!もおおおおお!!!」
なんか突然怒り出した。そしてベランダに向かう。突然来て、嵐のように去っていくな。
「あんたのこと、時々偵察に来るからね。お姉ちゃんに一瞬でも変なことしたら、社会的にも物理的にも殺すから、そのつもりで」
「ははは!その時は煮るなり焼くなりしてくれ!まぁ、そんな日は永久に来ないけど!!」
宮崎妹改め紗友は、ふんっ、と鼻で笑ってみせてから木を降りていった。
思わず受けて立つ格好になったわけだが、この幼馴染ライフは俺一人で成立しているわけではない、と言うか主に宮崎さんの尽力によるものなので、俺一人が力を入れたところで何かが変わるような気もしなかった。一旦宮崎さんに相談すべきかもしれないな。
と思っていた矢先、紗友が帰ってから数時間後のこと。スマホにメッセージが来た。
「宮崎さん!?」
バイトとして採用したあの時、住所を教えるために連絡先は交換したが、それ以降やりとりはしていなかった。宮崎さんからの、初メッセージだ!
『先程、紗友がそちらに伺ったと聞きました。また何か失礼なことを言ったんじゃないかと本人に問いただすのですが、肝心の部分を言いません。ご迷惑おかけしていたらすみません』
おぉ、口調は変わらない!俺の頭の中で宮崎さんの声に変換されて聞こえてくるぞ!
失礼なことを言われたか言われてないかならめちゃくちゃ言われたが、まぁ紗友のキャラを理解した今となっては別にあんなの挨拶に過ぎないとも思える。俺は速攻で返信する。
「紗友ちゃん来たよ!なんかどうしても俺を変態にしたいらしく、この先も偵察に来るのだそうだ」
送信。すぐ既読に。おぉ、宮崎さんとメッセージでやりとり。これもなかなかに胸が高鳴るな。などと思っているうちに返信が来る。
『本当にすみません。やめるように言っておきます』
「いやでもあの子の本当の目的はそれじゃないっぽいよ!宮崎さんのことを心配してるってのが一番っぽい」
『それはどうなのか、わかりません』
「そうだと思うよ。俺が宮崎さんを雇うのに相応しい人間なのかどうか見極める、らしい」
『また失礼なことを言ってる、ごめんなさい』
「大丈夫!宮崎さんには明日からもこれまで通り幼馴染として起こしに来てほしい。俺もしっかり応えられるようにするし。そのうちには紗友ちゃんもわかってくれるはず!」
既読がついた後、しばらく沈黙。
『わかりました。契約通りしっかり働けるように頑張ります』
契約。契約かぁ。
確かに俺と宮崎さんを繋いでいるのは契約だ。俺が雇用して、宮崎さんが働く。それをしっかり守ろうとするのは真面目な宮崎さんらしい。でも、でもなぁ。なんかなぁ。もっと仕事関係なく、どうでもいい話とかしたいなぁとか、思うんだけどな。
そう言えばさっき紗友が、宮崎さんがこのバイトを始めてから楽しそうな様子だと言ってたな。楽しそうに、朝家を出て行ってると……。これは宮崎さんの方にしても、俺といる時間に何かしらの価値を見出してくれていると受け取っていいのだろうか。そうだったら、嬉しいな~。
……いや、待て。それが下心ってやつだろ。俺は宮崎さんに対して仕事以上の何かをうっすら求め始めているのを確かに自覚している。紗友にもそう言っちゃったし。ああああだめだぞ!ひとまずそれは置いておけ!
そうだ。俺はしっかり雇い主としての職務をまっとうする必要があるのだ。ここで変な邪念を出して、純粋なる幼馴染の追求に濁りが出るのだけは避けたい。そんなのあの紗友ならすぐに見抜くだろうし。
だから俺は、雇い主として毅然とした態度でいる必要がある。それに則り、俺は宮崎さんのメッセージに正しく返信する。
「よろしくお願いします!」
よし。これでいいのだ。
俺は雇い主として宮崎さんを信頼している。それは紗友の偵察が入ったところで変わらない。紗友の目を特別警戒することもないし、やり方を改める必要もないはずだ。
幼馴染による素晴らしい目覚めを追求することは、決して変態行為なんかではない。引き続き宮崎さんに協力してもらいながら、その高みを目指すのみだ。まぁ、主に宮崎さんにそこへと引き上げてもらう、みたいな感じなんだけど。はは。
そして翌朝、6時45分。鼻腔をくすぐる香ばしいにおいに目を覚ますと、床にしゃがんだ宮崎さんが俺を見上げて言った。
「あ、起きた?ふふっ、さすが勇太だ、匂いだけで気付くなんて。ほんと好きだよねー牛タン」
「のっ、のわぁ!?」
部屋に立ち上る煙。宮崎さんは七輪を前に、うちわをパタパタやっている。網の上には、肉。
「朝から牛タンとか久しぶりだねー。でも勇太が一番精力つくのこれだからさ。しっかり食べてよ」
食い物系で来たか!しかしなぜ牛タン!いや、朝食だからといって、ここで無難にスクランブルエッグとかやらないところがすごいのだ。牛タンというチョイスの中に、この幼馴染の間にだけ生まれる独自の関係性がある。宮崎さんはそれをすでに構築済み、準備万端で挑んでくれているのだ。
「ほら、焼けたよ。勇太の好きなネギ塩ダレも作ってきた。ほら食べて」
差し出される牛タン。いい色に焼けていてうまそうだ。目が覚めてまだ一分とたっていないというのに、自然とよだれが出そうになる。
が、俺は素直に受け取らない。朝から牛タン、に込められたメッセージを、俺は読み解こうとする。
「俺、そんなに元気なさそうに見えた?朝から七輪持ち込んで、好物食わせてやらなきゃいけないと思うくらいに?」
宮崎さんは俺の言葉を受け、少しだけはっとした。が、すぐにため息をついて頷いた。
「勇太、いつも通りぶってたけど、私にはわかっちゃうんだよね、無理してるの。そりゃそうだよね。あんなに頑張ってたのに、レギュラー外れちゃったんだもん」
レギュラー。野球か?サッカーか?俺は宮崎さんの中ですでに出来上がっているストーリーを想像する。
「そういう時はおいしいもの食べて元気出す。いつもそうしてきたでしょ?」
「いや、いいよ。朝からそんなの食ったら胃が重くなる。余計に体動かなくなる」
ここは、あえて少し反発してみる。今までの俺なら速攻でぱくついていただろうが、もっと関係性の深みを探ってみたい。内心ドキドキしつつ、俺は宮崎さんに冷ための声で言う。
「そういうのありがたいけど、今はちょっと無理」
俺の言葉を受け取ると、宮崎さんはすっと立ち上がった。そして置いてあったバッグをごそごそやり、なにやらハンドル付きのものを取り出した。
「じゃあこれはどう?かき氷!ここでゴリゴリって削ってあげるから、食べてよ!」
俺の言い分などものともせず、宮崎さんはかき氷機を床に置いた。それから水筒を取り出し、中から氷をガラガラと落としてかき氷機へ投入する。
「好きでしょ?ブルーハワイ。季節外れだけどさ、きっとしゃきっとするよ!」
「もういいって!」
かき氷機のハンドルを回していた宮崎さんに、俺は強めに言う。宮崎さんは手を止め、俺を見る。悲しげな目。あぁこれは、前向き系幼馴染。落ち込んでいる幼馴染(俺)を元気付けてくれる、明るく真っ直ぐな幼馴染。
「私、知ってるよ。勇太は、好きなものを食べるとすぐに元気になる。子供の時からそうだったでしょ?勇太の好きな食べ物なら、私たくさん知ってる」
「もう俺、子供じゃないから。そんな、昔みたいにはもう、単純じゃないよ」
「……じゃあどうしたらいいの?」
うつむく宮崎さん。本当はわかっているのだ。お互いにもう子供ではないこと。
変わっていってしまうことは自然なことだ。俺たちは思春期に突入していて、うまいものを食うだけでは元気になれない。面倒臭い自我が肥大して、挫折ひとつとっても、複雑骨折みたいに重大なダメージだったりする。それでも自分にできることをしようと、七輪やかき氷機を抱えてやって来た幼馴染。その思いが、胸に迫る。
「私じゃ、もう勇太を元気にできないの?」
宮崎さんの目には、涙。幼馴染(俺)への純粋な気持ちが溢れたその表情は、幼馴染(俺)にしか見せない顔で……
その時、ベランダに面する窓がピシャァンッ!!と開かれた。そこにいたのは、紗友。
「なるほどね。ストーリー性を持たせて変態度をカモフラージュしてるわけか。ほんと小ざかしい変態ね」




