かかと落としもものともせずに起こされたい!
「なるほどね。ストーリー性を持たせて変態度をカモフラージュしてるわけか。ほんと小ざかしい変態ね」
「ふぁっ!?」
「紗友!」
やれやれとでも言いたげな顔で、紗友は入室してくる。幼馴染を突然中断させられて、驚いたというよりももう憤慨だった。俺は思わず「こらぁ!いいところだったのにぃ!」と声を上げた。それと同時に宮崎さんが紗友に駆け寄る。
「言ったでしょ!?これは大切なお仕事なの。あなたが邪魔していいことじゃない!」
慌てる宮崎さん。紗友の両方の肩に手を置き、自分を落ち着かせるためか、ひとつ大きく深呼吸してから続ける。
「あのね、これはちゃんとした契約のもとでやってることなの。あなたが心配するようなことは何もないの」
「契約って言ったって、口約束でしょ?そんなの効力ないよ」
「いいえ、ちゃんと契約書を書きました」
ね、という感じで俺を振り返る宮崎さん。
「そうそうそう、書きました」
深く頷いて見せる。俺が汚い字で走り書きした「けいやくしょ」にどれほどの効力があるかは謎だったが、ここは頷くしかない。紗友はめちゃくちゃ信用してなさそうな顔で「ふーん」と言った。それから俺をじーっと睨みつけた。俺はそれを睨み返す。
ふんっ。今の幼馴染のやりとりのどこに変態の要素があったって言うんだ?ないだろ。落ち込む幼馴染(俺)を元気付けに来た幼馴染(宮崎さん)の清いやり取りだっただろうが。なにもやましい部分などない。
「まぁ今日は具体的にどんなふうにやってるのか見たくて来ただけだから。これくらいにしとく。お姉ちゃん、お肉焦げてるよ」
「え?きゃあ!」
「うわぁ!」
真っ黒に焦げて盛大に煙を上げている肉の処理などを俺と宮崎さんで慌ててしているうちに、紗友は何も言い残さずに木を下りていった。現場の視察に来た割には、意外にもあっさりと帰っていったことが逆に不気味だった。
「また紗友が邪魔をしてすみませんでした。もう来ないように、よく言って聞かせます」
七輪とかき氷機をしまった後、深々と頭を下げる宮崎さん。
「いや、逆にさ、どんどん来てもらった方がいいかもよ?だって実際紗友が心配するようなことは何もしてないわけだし。あの子が納得いくまで偵察させて、それでちゃんとわかってもらえたら、そしたら勝手に来なくなるんじゃないかなーって」
俺はもう紗友の宣戦布告を受けて立つと宣言してしまった手前、紗友の邪魔が入ることにいちいち文句を付けてられないのだ。ただ堂々と幼馴染することに徹するのみ。
「あの子がそんなに簡単に納得いくとは思えなくて、不安です」
宮崎さんが呟いた時、下から俺を呼ぶ母親の声がした。今朝の幼馴染はここまでだ。
紗友という邪魔が入ったが、それもこれも、全ては素晴らしい幼馴染ライフ追求のための超えるべきハードルに過ぎない。と思うことにした。
「速野くん。紗友は本当に強いです。敵とみなした相手には容赦しません。だから、気を付けてください」
「ははは、心配無用!幼馴染への愛があれば、俺は無敵だから!」
はははは!と笑う俺を、宮崎さんは心配そうに見つめてから、ベランダに出て木を下りていった。
なんかそんなに念押しされると若干不安になるじゃないか。姉が言うくらいだから相当容赦ないことをこれまでしてきたんだろうな。しかし、中学生の女子相手にびびってる場合じゃないんだ。俺は今、素晴らしき『幼馴染に朝起こされるライフ』を手にしかけているところなんだ。心を揺るがせてはいかん!
その日、帰宅途中の俺の頭頂部に何かが炸裂した。
「んだぁあっ!!!」
強烈な衝撃に、俺はアスファルトに崩れ落ちた。視界の中に、二本の足。見上げると、揺れるスカート、中学の制服。
「あんた、なんにも考えてない時の顔、ほんとバカっぽいね」
「さっ、紗友……!」
くそっ、襲撃を食らった!こんな下校途中にかかと落としとか、あんまりにもフェアじゃない!て言うかこの場面でかかと落とし食らわす意味あるぅ!?ないですよねぇ!!
俺は思わず反論したくなるが、いやいや抑えろ抑えろ。相手は年下だし、俺を変態だとみなしている。こんな失礼極まりない奴の攻撃にいちいちうろたえている場合じゃないのだ。
俺はダメージなどものともしていない風を装ってすっと立ち上がる。
「いやー元気が有り余ってるなぁ!なんかそういう部活にでも入ったらどう?かかと落とし部とかさ。一瞬で全国制覇できるよきっと!なはは!」
「きのう私、あんたのこと起こしたでしょ?そのバイト代としてなんか奢ってよ」
「は!?」
あれにバイト代は発生しないと言ったはずなのに、有無を言わさず近くのファミレスに連行される。紗友は勢いそのままにメニューを開くと、一番でかいステーキセットとドリンクバーを勝手に注文した。これほんとに宮崎さんの妹なの?血ぃ繋がってる??
「お姉ちゃん、可愛いでしょ」
ドリンクバーで炭酸飲料をなみなみと注いだコップ片手に、紗友は俺を覗き込むような角度で聞いてくる。
「あぁ可愛いさ。可愛い上に優しくていい子で真面目で誠実で、アニメのヒロインかなんかみたいに完璧な人だ」
「やっぱり、あんたにはそう見えてるわけね」
「……なんだよ、どういう意味?」
「お姉ちゃんは、完璧な人なんかじゃない。優しすぎて、真面目すぎる。それが欠点なの。本人すら気付かない所ですごく疲れてたり、すごく傷付いてたりする。前にしてたバイトの話とか、聞いたことある?」
「バイト……?」
あぁそう言えば、前にいくつかバイトをしてたけど、どれも続かなかったとか、言ってたっけ。
「確か、頑張り過ぎちゃって、小さなミスとかでも落ち込んじゃうとか……。そうだ、宮崎さんは自分を不器用だって言ってた。そのこと?」
「そう、それ。お姉ちゃん一番上だし、家計を助けようと頑張ってた時期があるの。でもどこに行っても上手く行かなくて。すごく疲れて帰ってきて、ご飯もあんまり食べなかったり、お風呂で何時間もぼーっとしてたり、元気もなくなっていっちゃって……。そんなに頑張る必要なんてないって、何回も言った。でもある日、ついに倒れちゃって」
そこでステーキが運ばれてきて、紗友は話をとめた。飢えた野獣みたいな勢いでそれをパクつくと、あっという間にたいらげた。すごいね。
「入院もせずに点滴だけで済んだけどね。しばらくは家で安静にしてた」
「そうなんだ……」
「あ、ちなみにうち、お父さんは三年前に亡くなってるの。お母さんフルで働いてるし、どうしても普段の生活では一番上のお姉ちゃんに頼ることが多くなっちゃってて。もちろんみんな自分でできることはするし、協力しながらやってるんだけど、お姉ちゃん責任感強いから、抱えちゃう部分もあって」
そこまで話すと紗友はまたメニューを開き、パンケーキとアイスクリームを注文した。明らかに給料分より多く食べてるんですけど。
コップの中身を飲み干してから、真っ直ぐに俺を見る。
「あの人は幸せになんなきゃだめな人なの。でも優しすぎてガードが緩い。だからお姉ちゃんの周りで一番強い私が、お姉ちゃんを守らなきゃいけないの」
あぁ、とそこでいろいろ納得がいく。いや、前からわかってはいたけど、ようやくそれが本当にほんとなのだと実感する。紗友の俺に対する暴挙はすべて宮崎さんのためなのだ。朝の突撃しかり、数々の暴言しかり、さっきのかかと落とししかり。
そうかぁ。宮崎さん、こんなにも愛されてるのかぁ。宮崎さんのあの優しさや穏やかさ、温かさは、きっとこんな家族愛の中で育まれたんだなぁ……。
「……え、はぁ?なに泣いてんの!?」
「ううっ、だって、こんなん泣けるだろぉ。俺一人っ子だからさぁ、そういうきょうだいの愛、みたいなのが羨ましくて眩しくて、尊くて……」
「だ、だからって泣かないでよ!きも!やだ、鼻水汚い!」
「紗友ぅ、お前、いい奴だなぁ」
「はぁ!?」
「誕生日プレゼントに干し芋一年分、いや三年分だって贈りたい気分だ」
「あんたからなんかいらないよ!きも!泣くな!」
「ぐすっ。よし、お前の宮崎さんを大事に思う気持ち、しっかりと受け取った。俺は宮崎さんのことを、正直まだよく知らない。でも宮崎さんのいい所はもうすでにたくさん見てきた。彼女を傷付けるようなことは絶対にしない。約束する」
どうにもこうにも、俺が俺の潔白を証明する術は、こうして俺自身の言葉で宣言するより他ない。悔しいが、今のところはこれが精一杯だ。
紗友は俺の顔をじっと見た後むすっとした顔になり、ふぅー、と長いため息をついた。
「……わかった。あんたをお姉ちゃんの雇用主としてひとまず認めてあげるよ。でも、お姉ちゃんを少しでも傷付けるようなことがあれば、一瞬で殺す」
「OK。その時は腕をもぐなり足を削ぐなりしてくれ」
「は?首ぶっ飛ばすに決まってんでしょ」
紗友は不敵な顔で笑った。はは。思わず俺も笑い返す。受けて立つぜ。すると紗友はすっと真面目な顔になって言う。
「あと一つだけ守って欲しいことがある」
「おう。宮崎さんに関することならなんでも来い」
「お姉ちゃんのこと、絶対好きにならないで。好きって言うのは、恋愛感情のこと。お姉ちゃんに恋しないで、絶対」




