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下心もちょっとはあるけど起こされたい!

「今朝は妹が押しかけて本当にごめんなさい。あの子、変態撲滅委員会の会長なんです」

「へ、変態撲滅委員会……!?」


 宮崎さんはうなずいた。学校で二人きりで話すのはバイト募集したあの日以来だった。今朝の宮崎妹による突撃の時にずいぶん取り乱す宮崎さんを見たが、ふふ、あれはあれで可愛かったな。お姉ちゃんとしての宮崎さんって、もっとこうびしっとしっかりやってるのかなーと思ったら、あんなふうに大慌てしたりあたふたしたりしながら叱ったりしてるんだなぁ。うん、それはそれでとてもいいぞ。

 今では髪も制服もきちんと整えられ、いつも通りの宮崎さんになっている。言葉を選びながら、静かに解説を続ける。


「変態撲滅委員会っていうのはあの子が、紗友が一人で立ち上げた委員会で、会員は紗友だけなんですけど、とにかく変態っぽい人のところへ行って、それがやましい感情によって引き起こされているかどうかを判定して、紗友基準の変態枠に入るなら容赦なく断罪するっていう活動をしていて……」

「だだ、断罪とは!?」

「主に、かかと落としです。あの子、小さい頃から独自に武道の研究をしてて、変に強いんです。同世代の男の子よりよっぽど強いと思います」

「おぉ……!」


 今朝の俺、だいぶ危機一髪だったんだな。宮崎さんはそこまで話すと「あぁ…!」と言って両手で顔を覆った。


「こんなことになるなら、紗友に幼馴染のバイトの話、するんじゃなかったです。まさか速野くんへ変態の疑惑を向けるなんて思わなくて。あぁ、私が軽率に口にしてしまったから……!」

「えーー!いやいやいや宮崎さんはなんにも悪くないよ!そりゃ話だけ聞いてたら俺を変態と思うのも無理ないと思うし。と言うか、妹さん、紗友ちゃんはさ、俺を潰してやりたいというよりは、もっとこう、宮崎さんの身を心配して、バイトの実態を知るために突撃してきたって感じだったよ」

「え……?」

「お姉ちゃんは真面目な人だから心配だって、そんなようなこと言ってた。俺を断罪したいなら、寝てる時に一発で決めればよかったわけだし」


 宮崎さんは顔を上げたまま静止する。普段家での姉妹関係がどんなふうかはわからないが、あの子が宮崎さんのことを大事に思っているからこその行動であったことは、部外者である俺にもすぐにわかった。いや、部外者じゃないか、標的?


「……あの子、何を考えてるのかよくわからないところがあって。いい子なんですが、私の言うことよりも、自分の信念に従う子なので、その、私を心配してっていうのはあんまり、ピンと来ないです」


 うーんまぁ確かに我が強そうではあった。そりゃあ人ん家に押し入って初対面で変態呼ばわりしてくるんだからただの中学生でないのは確かだ。


「今週末に誕生日っていうの、紗友なんです。それで、プレゼントに欲しいものって言うのが……干し芋一年分、なんです」

「干し芋……!?」

「はい、干し芋です。芋なんて、特別好物じゃないはずなのに、なぜかそれがいいって言い張ってて」


 おぉ……。変態撲滅委員会の発足やら独断と偏見による断罪やらもそこそこの奇行だが、誕生日プレゼントに干し芋一年分もなかなかにトリッキー。宮崎さんと血の繋がりがあるとは到底思えないキャラだ。お姉ちゃんって大変なものなのだなぁという知見を得た。

 宮崎さんはえらい責任を感じているようでずっと俯いている。だから俺はなるべく明るい声で言う。


「まぁまぁ、俺はかかと落とし食らわずに済んだわけだし、びっくりはしたけど、別に迷惑とかじゃなかったからさ、気にしないで。俺としては、宮崎さんに明日からも引き続き幼馴染やってほしいってだけだよ」


 宮崎さんはもう一度頭を下げ「ほんとにすみませんでした。もうしないように言っておきます」と丁寧に言った。そこで授業の始まりを知らせる鐘が鳴り、俺たちは教室に戻った。

 結局雑談らしい雑談もしなかったな。もっとこう、笑い合っちゃうような楽しい感じの会話とかしたいなーとか、思わないでもない。



 その日の放課後、普通に帰宅した俺は仮眠を取っていた。宮崎妹の突撃により普段よりも起床時間が早かったため眠くなったのだ。すると何か生温かい気配がして目を覚ました。眼前に、めちゃくちゃアップの宮崎妹。


「どぅわぁ!!」

「動くな」

「ひっ!」


 ボブヘアーに包まれた顔が、俺の鼻先ぎりぎりのところにある。息をすればかかりそうで、思わず息を止めてしまう。両手の平が俺の顔を挟んでいて、顔の位置をずらすことも逃げることもできない。ぐっ、力が、強いぞ……っ!


「あんた、ほんとはお姉ちゃんとどうなりたいの?」

「はひっ……!?」

「幼馴染として雇うとか、絶対そんなの建前でしょ。ほんとはもっと、男女として親密になりたいくせに、幼馴染がどうとか理屈捏ねて誤魔化してる。そうでしょ?」

「は、はふっ……!?」


 明らかに俺への質問であるからして、俺はそれに答えるべきだしそうしたいのは山々なんだが、両手に挟まれているせいでまともに口も開けることができない。漏れるのは「ひふっ」とか「ひゃひっ」とか変な音ばかりだ。どっ、どうしろと……!?


「私がかかと落とし食らわせてきた変態たちは、みんなそれぞれの嗜好を持ってた。それがどんなにこじれてたとしても、一人でひっそり処理してくれるなら勝手にやっててくれていい。でもその欲求を外に向けるようになった時点で、奴らはその対象を貶めてることになるの。それはもう加害と一緒。そういう、他人を自分の欲求で汚す行為が、私は大嫌いなの。あんたも誤魔化さずに、自分の性癖を素直に吐け!」


 一息に言い放つと、俺の顔を挟む手の平をバチン!とやった。俺は両頬の痛みに「ぎょわー!!」と悲鳴を上げる。そこでようやく宮崎妹の手の平から解放され、俺はやっと体を起こす。


「あのね!めちゃくちゃ痛いんだけどぉ!まったく、言いたい放題言ってくれちゃってさ。自分の価値観だけで人を一方的に判定するのは良くないぞ!」

「一方的なんじゃなくて、客観的なの。いいからあんたの本心を言って!」

「わかった言ってやるよ!俺はな!宮崎さんと!幼馴染による素晴らしい目覚めを追求したい!それだけだ!!」


 もうほぼ咆哮だった。が、気持ちを乗せた叫びなだけあって鬼気迫った感じになり、宮崎妹がひゅっと怯むのがわかった。じゃないな、引いてるなこれ。逆効果だったか?ますます変態に見えるか?だがな、中学生相手に裁かれてる場合じゃないんだよ。俺には夢があるんだ!今それを宮崎さんの協力の元に叶えていってる最中なんだよ!!


「……う、嘘だ!こんな一人の部屋に呼び出して、下心がないわけないじゃん!」

「下心だとぉ!?あぁ、あるさ!俺は宮崎さんともっと仲良くなりたい!楽しく笑い合ったりしたい!そこにあるのはやましい気持ちじゃない!俺みたいな人間の願望にも一生懸命応えてくれる宮崎さんを、俺は尊敬してる!これはお前が言うような下心とは違う下心だ!!」


 て、おい俺!一部で下心を認めてるじゃねぇかぁあああ!!

 が、なぜか宮崎妹の勢いが失速する。あ、あれ?年下の女子に対してやや大人げなかった、か……?


「あ、その、えーっと」

「……お姉ちゃん、このバイト始めてから毎日楽しそうなの」

「え?」


 急にしゅんとした顔で、宮崎妹が言葉を落とし始めた。


「お姉ちゃんは家のために、今までいろんなバイトをしてきたけど、いつもすごく疲れて帰ってきてた。真面目すぎるのがいけないんだって、私は知ってる。だから心配してた。でも今回は違う。お姉ちゃん、毎朝楽しげに家を出るの」


 え、そうなの……?うそ、可愛すぎない?


「お姉ちゃんの一個下に弟、その次が私、私の下に弟が二人と妹が三人いるの。一番下の子はまだ保育園児。お姉ちゃんはお母さんを助けるために弟や妹の面倒を見てて、まだ高校生なのに毎日すごく忙しそうで。だから、そういう楽しそうなお姉ちゃんを見れたのはすごく嬉しかった。これはほんと。でも、だからなの。だから私は、確かめなきゃいけないの」


 宮崎妹は、きっ、と顔をあげると、今朝部屋に突撃してきた時と同じ目で俺を睨み付ける。う、うわっ、ついに、かかと落とし……!?

 俺が身構えた瞬間、宮崎妹の片腕が上がり、人差し指がぴんっ、と俺を指す。


「ほんとにあんたがお姉ちゃんを雇うのに相応しい人間なのか、私が見極めてやる!」

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