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変態扱いされずに起こされたい!

「あんたがうちのお姉ちゃんをおもちゃにしてる変態、速野勇太?」

「どぇ!?だっ、誰!?」

「宮崎紗友(さゆ)。宮崎怜奈の妹」


 あぁーーー!!一瞬で腑に落ちる。くっきりとした目の感じや鼻筋の傾斜具合、口元の輪郭、似ている。確かに宮崎さんの妹だ。宮崎さんの三年前はきっとこんなふうだっただろうと容易に想像できる。

 いやしかし、わずかな違いは確かにある。まずは髪型が顎下辺りまでのボブヘアなのが宮崎さんのキャラとの違いを明確にしているし、そしてよく見れば目の感じが若干この妹さんの方がどことなく圧があると言うか気の強そうな印象を与える。それは目尻のわずかな上がり具合がそう見せているのだろうか。あとは口調が全然違う。声質としては似ているが、宮崎さんはそんなキャベツをざく切りにするような喋り方はしない。宮崎さんはもっとこう大根の皮を繊細に剥いていくような……


「近すぎるんだけど」

「うわっ!あ、ごっ、ごめん!」


 おおっと、つい見入ってしまった!観察してる場合じゃない!俺は慌ててベッドから降りて距離を取る。と言うか近付いてきたのはそっちじゃないか?じゃなくて、え、なんで妹さんが……?

 俺の頭はようやく混乱してきた。そしてさっき放たれた言葉を思い出す。『私のお姉ちゃんをおもちゃにしてる変態、速野勇太』???

 待て待て待て待て誤解が過ぎるぞ。俺は慌てて説明しようと正座の姿勢を取るが、宮崎妹はため息をついて俺の前に立ちはだかった。


「あんたのやってること、普通に犯罪だよ。変態的性癖から来る欲求を満たすために、お金を払って未成年に相手させてるなんて、通報していいレベルのヤバい行為」


 完全に俺を見下ろす格好。なんなら今すぐにでも踏み潰してやろうという気配すらある。な、なんだこれ!こんな突然の糾弾展開、あり!?

 落ち着け、落ち着け俺!制服からしてまだ中学生だ。俺の方が萎縮してる場合じゃない。堂々としていろ。そうだ、俺は別にやましい感情によって宮崎さんに働いてもらっているわけではないのだ!


「宮崎さんの妹さん、とりあえず落ち着いて座ってください、ゆっくり解説するから。いろいろと誤解があるようだ。さぁほら、座って座って」


 俺は毅然とした態度で言う。毅然とできているかは定かじゃないが。

 宮崎妹はその場に座った。が、完全に変態を見る目で俺を見てくる。これは難儀だぞ。


「あれ?ところで今日宮崎さん……えっと、お姉さんの方の宮崎さんは?」

「いつも通り、6時45分になったら来るんじゃない?お姉ちゃん、時間はきっちり守る人だから」

「え?」


 俺は時計を確認する。6時12分。


「今頃みんなのお弁当を作り終わって、そろそろ家を出る頃。私がいないことに気付いて、もしかしたら猛スピードで来るかもしれないけど。とにかく私は、お姉ちゃんが来る前にあんたと話したかったの。こんなことで早起きしなきゃいけないなんて屈辱なんだけど」


 いやいやいや、君には来てくれって頼んでないんだけど。とは思ったが口には出せない。めちゃくちゃ怒ってる。

 しかし、さすがに宮崎さんの妹だけあって確かに可愛い。頬の辺りの輪郭に残る幼さが、丸いボブヘアとよく調和している。だからこそこの不機嫌な様子が際立ってびんびんと伝わってくる。すごく可愛いのだが、すごく怖い。

 じゃなくて、しっかり誤解を解くのだ。俺は咳払いをひとつしてから話し出す。


「まず伝えなければならないのは、俺は変態ではないということだ。君のお姉さんがこの仕事をしてくれているのはだね、俺の提案した労働条件に対して宮崎さんが自らバイト希望を出してくれてだね、俺はそうして働いてもらうことによってせめてものお礼という形でお給料を渡すのであって、決して無理強いしているとかではなく、ちゃんとした了承の上で契約を結び、宮崎さんを雇用しているということなのだよ」

「だからそのすべてが変態なの。だいたいなに?幼馴染に起こされたい?意味がわからない。その性癖は完全に変態の思考。こんな危険な人の所にお姉ちゃんを通わすわけにはいかないの。今日でその変態契約、切ってもらえますか?」


 ぐっ……。可愛い顔してずけずけ言う。しかし、負けるわけにはいかない。ここはもう、俺の心情を語るしかない。幼馴染に対する、純粋な思いを……。


「長くなるが、聞いてくれ。俺は一人っ子で、家ではいつも孤独だった。そのことを不幸だと思ったことはなかったが、いつの間にか人一倍、自分のことを特別に思ってくれる誰かの存在を強く望むようになった。家族でも友達でも恋人でもない特別な存在、つまり幼馴染だ。同じ時間を長く過ごしてきたからこそ決して失われることのない関係性に、俺はずっと憧れていたんだ。それは君が言うような汚らわしい欲望なんかじゃない。もっとずっと尊くて、眩しくて、奇跡みたいな存在なんだ」

「……なにそれ。なんか崇高な思想みたいに言うけど、でも結果的にやってることは変態だからね。とにかく、お姉ちゃんがあんたのその思想に付き合う必要なんてないの。……あの人はね、めちゃくちゃ真面目な人なの。こっちが心配になるくらい、まっすぐな人なの……」


 少し宮崎妹の声のトーンが落ちた。それでわかる。宮崎妹は、決して俺への嫌悪感だけでここまで押しかけてきたわけではないのだ。そこには姉を心配する妹の気持ちが確かにあって、俺はそれを前にしてなんか、ぐっときてしまった。姉妹愛。美しいじゃないか。あぁ、宮崎さん、なんて素晴らしい妹を持っているんだ……。

 愛を前に俺にできるのは、誠心誠意、本当のことを言うことのみ。


「宮崎さんが真面目な人だっていうのは俺も知ってるよ。宮崎さんは悩みながらも、この仕事に一生懸命向き合ってくれている。俺の幼馴染への切実な気持ちにも理解を示してくれる優しい人だ。すごく感謝してる。だからこそ誠実に向き合わなきゃいけないと思ってる。君が言うように、俺が宮崎さんを悪い意味で利用してるみたいなことは絶対にない」


 そうだ。宮崎さんは、この仕事に精一杯取り組んでくれているのだ。俺はその誠意を受けている。そこには自信を持っていいはずだ。俺たちは幼馴染による最高の目覚めを追求しながら素晴らしい朝を共有している。そのことの尊さを、わかってくれ……!


 宮崎妹はじっと俺の顔を見ていた。いや可愛いな。生意気さの滲む表情がなんともいいな。じゃなくて、俺の言いたいことは伝わっただろうか。

 宮崎妹は若干面倒くさそうな顔になって、俺から目を逸らした。それから小さな声で「なるほどね」とつぶやいた。

 その時、ベランダ側の窓が勢いよく開く。


「紗友……っ!」


 息を切らした宮崎さんが立っていた。風に乱れた髪。制服には葉っぱがたくさんついている。急いで自転車をこぎ、慌てて木を登ってきたのだろう。俺の横で、宮崎妹が「うわ、思ったより早い」と言って肩をすくめた。


「あ、あなたっ、なに、一人で……!?」

「あーうん、お姉ちゃんを雇ってるっていう変態を一目見てみたいと思ってさ。お姉ちゃんをやらしい目で見てるんだったら速攻でかかと落とし決めて警察に通報しようと思ってたんだけど、とりあえず保留にすることにした」

「はっ、速野くんはそんなのじゃないから……!」


 だぁ!俺の、味方をしてくれてる!宮崎さん、天使…………。いやその前にかかと落としってなに!?俺今、身体的にも社会的にも死ぬ危険性あったの!?えーー!!


「大丈夫、危害を加える人間じゃなさそうなことはわかったから、今日のところはこれで許しとくよ」

「こっ、こら紗友!人のお家に勝手にお邪魔して、なんて失礼なことを……!」


 宮崎さんは取り乱したまま宮崎妹に駆け寄り、今にも噴火しそうなくらい赤い顔で宮崎妹の両腕を掴む。宮崎妹はぶんぶん揺さぶられながら「だってぇ」と唇を尖らせた。なんだそういう可愛い態度もできるのか。


「速野くん、本当にごめんなさい!こんな早い時間から押しかけて、ご迷惑おかけしました!」


 宮崎さんはめちゃくちゃ高速で何度も頭を下げた。その度に俺も「いや大丈夫です!」と高速で頭を下げた。宮崎さんに促されて宮崎妹も「すいませんでした」と棒読みで言ってロボットのように頭を下げた。

 嵐のような朝だった。過去最高にびっくりな目覚めだ。宮崎さんの妹さんがこんなキャラだなんて予想外だった。


 宮崎さんに背中を押されて外に出る時、宮崎妹が振り返って言った。


「あんたが矯正のしようもない変態だってことはよくわかったよ。また来るから」


 それから大きくあくびをして「ねむたーい」と言いながら木を下りていった。


「もうこら紗友……!ごめんなさい、あの子、言葉遣いが悪くて」

「いや、ははは、いいキャラだねー!ははは!」


 逆にもう笑っちゃう。変態認定覆せなくて心の中では泣いてるけど。


「すみませんが、今日の幼馴染はお休みにさせてください」

「あぁそれはもちろん大丈夫!想定外の刺激的な目覚めだったよ。はは!」

「あの子についての話は、学校でさせてください」

「え?あ、うん!学校で!」


 学校で、話せるの!?やった!



 そして二時間目の休み時間、俺は宮崎さんと共に屋上へ続く階段に来ていた。


「今朝は妹が押しかけて本当にごめんなさい。あの子、変態撲滅委員会の会長なんです」

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