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期待を託されて起こされたい!

「朝からそんな元気なら、英単語のひとつでも覚えたら?」

「ひょぇ……!?」


 あまりの冷ややかな声に、俺は一瞬にして凍り付く。宮崎さんは俺の散らかった机の上を一瞥し、はぁ、とため息をついた。


「週末、少しは勉強したの?」

「え、あ、や、やったような、やってないような……」

「どっち」

「や、やってません……」

「来週からテスト期間なの知ってるよね。来年は受験なのに、そんなんじゃどこにも受からないよ」


 冷静でありながらも、ふつふつと底から沸くような怒りを感じる叱責。俺はベッドの上で体を起こしたまま、息もできないくらい硬直している。

 怖い。これは、普通に怖い。何よりめちゃくちゃ正論しか言ってないところが怖い。どんな言い訳をしたところで一瞬にしてへし折られるだろうことが目に見えるようにわかる。あぁこれは、叱責系幼馴染?それとも、幼馴染(俺)の怠惰を見逃してはくれない、完璧主義系幼馴染?


「勇太は、自分の人生をどうしたいの?このままだらだら流されていくだけでいいの?私は勇太が芯のない奴だって知ってるから心配なの。でも勇太は、やるべき時にはちゃんとやれる奴なの。そのこと、自分でわかってる?」


 宮崎さんはビクつく俺から目をそらさず、まっすぐ突き刺すように言葉を放つ。一歩二歩と、近付いてくる。


「本当はできるのに、できないと思い込んでる。自分を信じようとしない。だから私は、怒ってるの……!」


 お、おおおお!幼馴染(俺)の人生に対する態度への憤りをそのまま伝えてくるその実直さ。思わず怒りの感情が湧くのも、幼馴染(俺)を心配する気持ちが強いがゆえだ。そう、これは間違いなく、叱咤激励系幼馴染……!

 宮崎さんは俺に近付く。おぉ、厳しいその目の奥には、幼馴染としての深い信頼。お前ならやれるはずだと、そう言ってくれているのがわかる。わかるぞ、俺にはその熱が、伝わってくる……!


 宮崎さんはベッド脇で立ち止まると、腰を屈めて、ぐっと顔を近付けてきた。引き続き硬直している俺は、ただただ至近距離で宮崎さんの顔を見つめる。あぁ、今日も朝から伸びやかな睫毛だなぁ、なんて思った瞬間、バチン!という破裂音。


「びゃあ!!」


 両頬に熱。遅れて痛み。宮崎さんの両手で、俺の頬が力強く挟まれた。


「私は勇太を信じてる。だから、頑張って……!」


 熱が、直に伝わってくる。俺を包んでいる手のひらから、息遣いから、その目から、宮崎さんの確信に満ちた信頼感が伝わってくる。まっすぐな期待に射抜かれるように、そしてエネルギーが注入されるかのごとく、俺は、完全にできる俺へと覚醒する。


「ぐごおおおおおっはようございまああああっっす!!!」


 俺は天井すら突き破りそうなほどの速度でベッドから起き上がる。今なら大気圏すら突破できるだろう。そして惑星のひとつでも壊せるに違いない。なぜなら俺は、やればなんでもできるからだ……!

 と、速度に溢れた起床をやった瞬間、宮崎さんが勢いに押されて尻もちをついてしまった。


「あぁっ、ごめん!」


 俺は慌てて手を差し出し、助け起こす。助け起こす?手を、差し出して?俺がクラスの女子相手にそんなジェントルマンな行為をさらっとするだなんて驚きだ。全ては宮崎マジック。

 宮崎さんは躊躇なく俺の手を握り「ありがとうございます」と言って体を起こした。おおおお手を、手を、握ってしまった…………。


「目覚めはいかがですか?」

「う、うん、最高だよ!そう、そうなんだ。幼馴染だからこそ、自分ですら認識していない強味を知ってくれている。それを全幅の信頼でもって、希望として投げかけてくれる。厳しい口調で怠け心をびしっと鼓舞し、とんでもなくエネルギーに満ち溢れた目覚めへと導いてくれる。最高だ!俺、今なら瓦割り100枚とかできると思う。ありがとう!」

「よかったです。……あの私、土日の間にこの仕事についていろいろ考えてたんです。ほんとにこんな幼馴染でいいのかなって。振り返ってみたら、反省ばっかりで……」


 綺麗に正座したまま、宮崎さんはうつむきがちに言う。うーん、着用している人の人間性に従うのか、スカートのひだでさえ美しく整って見えるんだなぁ。……じゃないだろ、宮崎さんの話に集中しろ!

 どうも宮崎さん、自分の功績についてあんまりちゃんと認識できていないようだ。自分がどんだけ精度の高い幼馴染をやってるか、わかってない?

 俺は咳払いをしてから、なるべく厳格な感じで告げる。


「雇用主から言わせてもらう。宮崎さんは毎回完璧です!自信を持ってください!……あぁ、完璧って言うのは、ミスがないとか、そういう意味じゃないんだ。なんて言うか、宮崎さんが毎回一生懸命幼馴染をやってくれてるってことだけで、もう100点満点なんだよ」


 なんかもうすでに愛の告白みたいじゃないか、と思わないでもないのだが、宮崎さんの不安げに曇っていた表情が、俺の言葉を受けてぱっと明るくなったのが、なんかもう、え、可愛いな……。まるでこう、雨上がりに花弁を開かせる可憐な野花みたいな繊細さと言うかこう、とにかく尊いものを見た。ふぁ~。


「そう言ってもらえて嬉しいし、安心しました。毎回心配しながらやってるんですが、どんな幼馴染でも速野くんが受け止めてくれるし、少しだけ、自信が持てる気がしてきました。ありがとうごさいます」


 頭を下げる宮崎さん。なんなんだろうこのまっすぐさ。そして、自尊心低すぎない?どうしてそんなに自己肯定感ないの?もしかして鏡見たことないのかな。自分の些細な表情が人をドキリとさせるくらい魅力的だってこと、ほんとに知らずにいるのだろうか……。

 そんなことを考えていたら宮崎さんが疑問形の顔をして俺を見つめるので、俺も慌てて「いや、こちらこそありがとうございます!」と言って頭を下げた。そのうちには心臓の音も聞き取られるんじゃないか、はは。


「あ、そう言えば速野くん、今日は私が起こす前に起きてたみたいですが、すみません、そのパターンについては準備ができてなくて、いつも通りの感じで幼馴染してしまいました。すみません、臨機応変にできなくて……」

「え!あ、全然、気にしないで!ははは!」


 そうだった。まったく、俺のが先に起きておいて奇襲を仕掛けようだなんて浅はかな行為だった。どう考えても、宮崎さんのシナリオに従っていた方がいい目覚めになる。もうずっと受け身でいいのかもしれない。


「あと、ひとつ、お願いがあるのですが……」

「え?なに?」

「あの、契約内容以上のことをお願いするので、その、だめならだめって言ってくれていいのですが……」


 けっ、契約内容以上のこと!?

 宮崎さんは、スカートの上に置かれた手をぎゅっと握り締めている。何度も瞬きを繰り返し、あの、とか、えっと、と繰り返している。


 契約内容以上のこと、とはつまり、幼馴染以上のこと……?え、幼馴染以上のこととは、なんだ?お、幼馴染の域を、越えてしまうということか!?ええぇぇぇええ!?!?


「その、すごく恥ずかしいお願いなんですが……」

「どどどっ、どうぞ!なんなりと!」

「あの……、こ、今週分のお給料を、金曜日にいただくことってできますか?できたら、手渡しで……」

「え、あっ、お給料!?」

「すみません、契約上は月末にまとめていただくことになってるのは理解しています。でもあの、どうしても、まとまったお金が手元に必要になってしまって……」

「あ、あぁ!そういうお願いか!あははは!いやーびっくりした!そんなの全然大丈夫!むしろ助けになるなら喜んで!はははは!」


 そーだよねーー!!!まさか幼馴染以上とかそんなのないよねーーーー!!!ドキドキした俺バカーーーー!!!!


「実は、週末に妹の誕生日があるんです。プレゼントを買うお金が、どうしても生活費から捻出できなくて。本当に恥ずかしいお願いで申し訳ないのですが……」

「え!?なんで!?なっんにも恥ずかしくないよ。妹さんにプレゼントをあげようっていう気持ち、最高じゃないか!そういう理由ならなおさら協力するよ!大丈夫、金曜日に間違いなく渡します!」


 宮崎さんはほっとした表情を見せ「ありがとうございます」と言って頭を下げた。あぁ、妹さんのために、意を決して俺にお願いしたのだな。お金のことだし、言いにくかっただろう。いいお姉ちゃんだ……。

 妹さんのことについてもっと聞きたかったが、下の階から俺を呼ぶ母親の声がしたので今日はここまでとなった。


「では、学校で」

「うん、学校で!」



 そして翌朝、6時45分。肩を指先でとんとんと叩く気配に、俺は目を開ける。眼前にいたのは宮崎さん、ではなく、見たことのない女の子。


「あんたがうちのお姉ちゃんをおもちゃにしてる変態、速野勇太?」

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