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世話焼かれながら起こされたい!

「ゆーた、起きて!ほら、着替えるよ!」

「うおおお???」


 俺は上半身に感じるふわっとした重みに驚いて目を覚ます。間近に、宮崎さんの顔。


「ほら、着替え!遅刻するよ!」


 宮崎さんはそう言うと、俺のパジャマの一個目のボタンをはずした。それから二個目に差し掛かろうとする。

 え、え、宮崎さん、近くない?て言うか、上半身やや乗っかってない?なんか柔らか……え、えーーー!?!?


「じっ、じじじじ自分でできますっ!!」


 俺は叫ぶ。が、まったく体を起こせない。金縛りにでもあったかのように、なんかこのふわっとした感じにまったく抵抗できない。


「嘘ぉー。ゆーた、寝起きは一人じゃなんにもできないくせに」


 からっとした声で、宮崎さんは言う。この状況がいたずらでもからかいでもないことは、その顔を見ればわかる。そこには恥じらいもなければ下心もない。これは、ごく日常的に行われているナチュラルな行為なのだ。わかった。これは、世話焼き系幼馴染だ!


「もぉ、ゆーたってほんと寝起き悪いよねー」


 宮崎さんは二個目のボタンを外し終えて三個目へと指を伸ばす。鼻歌でも歌っているかのように、なんだか楽しげにその作業を続けようとする。さすが世話焼き系幼馴染!幼馴染(俺)の世話を焼くことに喜びを感じているその姿はまるで聖母のようだ。後光っぽいのすら見える。あぁ女神さま。柔らかい……

 ……て、おい!俺!何してるんだバカ野郎!幼馴染が起こしに来てるんだよ!お前もしっかり幼馴染しろぉおおお!!!


「服くらいっ、自分で着替える!!!!」


 俺は渾身の力を振り絞って起き上がる。宮崎さんは驚いて体を離す。


「あれ、今日めっちゃしゃきっと目覚めたね」

「いつもしゃきっと目覚めてる!まったく過保護すぎるんだよ」

「なに、ゆーたのくせに生意気。毎朝私が起こしに来ないと起きないくせに」

「別にお前が来なくてもアラームで起きれるって」

「あらー反抗期なの?へへ、可愛いじゃん、成長したねー」

「何歳だと思われてるんだ俺は」

「えー、ゆーたはなんか、ずっと子供なんだよねー、私の中では」


 鉄壁だ!決して崩れない鉄壁の世話焼き系幼馴染だ!

 そうだ、そうなんだよ。子供の頃というのは同じ歳であっても女の子の方が精神年齢が高かったりする。子供ではない今になっても幼馴染(俺)の世話をしてしまうというのは、お互いの関係性が不変であることを無意識のうちに信頼しきっている証拠というわけだ。美しい。

 もう子供ではない俺に向けられる、その優しさに溢れた視線。思わず抱き締めてもらいたくなるような温かい包容力。んあ~満たされるじゃないか~~~!


「はい制服。これいつもハンガーに掛けてないでしょ。シワついちゃってたからアイロンかけといたよ。ほんとゆーたって私がいないとだめだよねー」

「おぉ、アイロンについてはありがとう。でも後半は聞き捨てならんな。ほんと、子供扱いするなっての」

「ふふ。だってゆーた、変わってないんだもん子供の頃から。カマキリに威嚇されて泣いてた頃から変わってない」

「な、泣いた覚えはない!」


 そこで、ふわっとした空気が俺を包む。なんだ?と思った次の瞬間、俺の頭を抱え込む温かなもの。優しく包み込まれるようにして、俺は宮崎さんの胸元へと引き寄せられていた。

 目の前には、制服のリボン。宮崎さんが呼吸するのに合わせて、そこが上下している。俺は為す術なくそこへ体重を預けている。あ、預けている!?いいの!?いいのかこれ!!

 するとそこで、俺の頭を触るもの。宮崎さんの手のひらだ。聞き分けのない子供を諭すようなやり方で、ぽんぽんと優しくたたかれる。


「私の前でだったら、いつまでも子供のままでいいんだよ?」


 慈悲!純度100パーセントのそれは、柔らかな毛布のように俺を包み込む。見返りなど求めない、ひたすら与える愛。そしてぬくもりと抱擁。俺の頭をぽんぽんし続けるその手のひらは温かく、俺は天に昇るかのような気持ちで覚醒する。


「ふあああああはようございまああああすうう~~」


 昇天起床。あったかい。体重を預けているのは頭とせいぜい両肩くらいなのだが、宮崎さんのこんな、こんな温かい領域の中に抱え込まれているこの状況は、まさに天国……と思っていたら宮崎さんがぱっと体を離したので俺は床に倒れそうになる。そんな俺に「おはようございます」といつもの柔らかな笑顔を向ける宮崎さん。


「目覚めはいかがですか?」


 さっきの世話焼き系幼馴染の慈悲深い笑顔とはまた別の、純真で美しい笑顔……。そうそうこの切り替え。俺も切り替えなくては。


「う、うん、最高!幼馴染の深い愛情を感じることができる最高の目覚めだったよ。幼馴染だからこそ、相手のダメな部分を全部知っている。それを丸ごと受け入れていこうというその愛は、家族愛とも友情とも恋愛感情とも違う特別なもの。それをこの身で感じることができたよ。ありがとう!」


 恍惚として喋る俺に、宮崎さんはほっとした顔を見せた。なんか今日の宮崎さん、いつも以上に美しくないか?少しずつ宮崎さんの内面を知るようになってきたからだろうか。内側から放たれる輝きすらも感じ取れるようになってきた気がする。あぁ、いい……。


「あ」


 そこで俺は、宮崎さんの髪、頭のてっぺん辺りに葉っぱが付いているのに気付いた。部屋に入る前の木登りの時に付いたんだろう。


「え?」

「葉っぱ、付いてるよ」


 俺は取ろうとして手を伸ばす。その時、宮崎さんと目が合う。あ、近い。片腕一本分の距離で、俺は静止してしまった。

 今目の前にいる宮崎さんは、幼馴染をやっている宮崎さんではない。普通の宮崎さんなのだ。その状態の彼女とこんなに近付いて、ましてや頭に触れるなんて、俺に許されるのか?

 逡巡しながら静止していると、宮崎さんは葉っぱを自分で髪からするりと抜き取って「ほんとだ」と言った。


 少しずつ宮崎さんのことを知ってきてはいるが、俺たちは雇用主とバイトの関係でしかなく、今も宮崎さんにとっては勤務時間中なのだ。俺が俺として宮崎さんに接近しすぎるのはおかしい。だって本来、ただのクラスメイトなのだから。

 俺と宮崎さんは、学校ではこれまで通り、特に喋ったりもせずに過ごしている。宮崎さんは相変わらず大人しく目立たない存在として教室にいる。よく見るときれいに整った目鼻立ちも、丁寧に手入れされている髪も、いつも真っ直ぐで美しい姿勢も、クラスの奴らは気付かずにいる。そう、宮崎さんのよさを知っているのは俺くらいのものなのだ。うん。そう考えると、なんかすごい、ラッキーだな……。

 しかし!俺は彼女にとってただの雇用主。普通の宮崎さん相手に、髪を触るなど言語道断。……あれ?そういやさっき、上半身、完全にくっついてたよな。完全にその、柔らかい感じがわかるくらいくっついてた。えへへ~なんか思った以上にこう、ふわっとしてたな……

 ……て、おい!俺!あれは幼馴染をやってる宮崎さんが、幼馴染をやってる俺に対してしていた行為だ!俺が!ただの俺がドキドキするんじゃねぇえええ!!


「速野くん?」

「はっ、はいぃっ!?」

「具合悪いですか?なんか顔が赤いです」

「いやいや全然!めちゃくちゃ元気です!!」

「そうですか?ならよかったです。今、お母さん、呼んでましたよ。私はこれで。お疲れ様でした」

「あ、お、お疲れ様でした!」


 本日の幼馴染はここまで、か。宮崎さんはいつもきっちり仕事をこなして颯爽と帰っていくなぁ。


「では、学校で」

「うん、じゃあ。気を付けて!」


 するすると木を降りていく宮崎さんを見送った。



 土日を挟んで翌週月曜日朝、6時30分。俺はスマホのアラーム音により起床する。宮崎さんの来る15分前である。


 幼馴染のバイトを雇ってから一週間が経過した。これまで宮崎さんは、俺の願望のその上をいく幼馴染を見事にこなし、俺に素晴らしい目覚めを体験させてくれている。しかし、俺は思った。今のところ、完全に受け身だ。ここまでの素晴らしい目覚めは、ほぼ100パーセント宮崎さんの功績だ。

 いや、受け身であること自体は個人的にはとても喜ばしいことではある。しかし、雇用主としてはどうかと考えた時、非常に情けない思いがした。

 本来幼馴染と幼馴染は対等な立場であるべきなんだ。いや、そうじゃないからこそ発生する趣深さもあるのだが、宮崎さんが提示してくれるそれに乗っかってばかりでは、幼馴染に起こされたい人間としての名がすたるというものだ。

 よって今日は、俺から仕掛ける。起こされる前に、起きておくのだ!


 15分後、ベランダに面する窓が静かに開き、宮崎さんが入ってきた気配がある。それがそっと俺に近付いた瞬間、俺は唐突に幼馴染を始める。


「おはよう!どうだ!今日は自ら起きている!お前に起こされるばかりの俺じゃないぞ!」


 叫ぶ俺を、宮崎さんは俺の勉強机のそばに立って見つめた。それから大きくため息をついて、冷徹な視線のままにつぶやく。


「朝からそんな元気なら、英単語のひとつでも覚えたら?」

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