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嫉妬心で起こされたい!

「ねぇ、勇太。クラスの子に告白されたって、ほんと?」

「ふぁ!?」


 俺は頬の痛みに飛び起きた。宮崎さんが俺の顔を覗き込んでいる。


「聞いてるんだけど。告白、されたんでしょ?」

「え、こっ、告白!?」


 前回もそうだったけど、宮崎さん、一手目からすでに完璧にモードに入っている。俺は覚醒直後のせいでいちいちびっくりしてしまう。くそっ、幼馴染に起こされたい人間にあるまじき態度だ。宮崎さんの提示するストーリーにすぐさま乗らなければならない。受けて立つ!


「そう、告白されちゃったんだよね!はは、俺って案外モテるのかも」


 へらっと笑うと、宮崎さんが再び俺の頬をつねった。


「ぃいたたたたたたっ!!」

「調子に乗るな」


 怒っている。そして普通にめちゃくちゃ痛い。わかった。嫉妬系幼馴染だ。言葉や態度で正直な気持ちを表すことができず、思わず小さな暴力に走ってしまう幼馴染。いいじゃないか、好きだ。こんな痛みなら大歓迎!


「それで、相手は誰なの……?」


 おぉ!睨みつけるような目。嫉妬心に燃える目だ!

 わかるぞ、その嫉妬心というのはつまり、モテるはずがないと思っていた幼馴染(俺)が、女の子に告白されたらしいことがどうにも気に食わないという、そういう、こいつのくせに生意気な!みたいなムカつく感情。幼馴染だからこそお互いがいつまでも子供のままのように感じてしまっているが、突然相手が他の異性に恋心を向けられる状況になると無性に腹立たしくなるという。そ、そんな微妙な機微まで表現してくれるのか、宮崎さん!


「えっと、同じクラスの、白井さん。あの、可愛い子」

「まじ!?へ、へぇ。白井さん、案外見る目ないんだね」

「おいこら、白井さんの悪口を言うな」

「だって、白井さんが勇太の何知ってるの?勇太なんか、小学生の時近所の犬が怖くていつも回り道して帰ってたようなちっちゃい男なのに!」

「なっ、なんで今そんな話が出るんだよ!」

「だって、私の方が勇太の悪いとこもいいともたくさん知ってるんだから!」


 言い切ってから、宮崎さんははっとする。慌てて両手で口を押さえるが、すぐにぐわーっと熱がのぼるように顔が赤くなる。勢い余って思わず漏れてしまった本音にうろたえ、そしてその焦りはそのまま力へと変換される。


「なーに言わすのおおおお!!」

「いへへへへへ!!!(痛ててててて)」


 俺は両頬を左右へ力強く引っ張られながら覚醒する。


「うおおおおおはようこさひまああああふ!!!(おはようございます)」


 痛いぃ!なにこれほんと痛いいぃ!!が、素晴らしい目覚めだ!俺への本音を漏らし、恥ずかしさを爆発させた幼馴染に、ほっぺたをつねられながら起こされるとかなんたる幸せ!痛いけどお!涙出るけどおおお!!

 宮崎さんはぱっと手を離し「おはようございます」と挨拶を返してくれる。


「ぐ、ぐぅ……。いい。いいよ、宮崎さん……!思いがけない第三者の登場が幼馴染同士の意識を微妙に変化させ、お互いの存在の大きさを認識し合うという展開、最高だ……!」

「よかった……。いい目覚めになったなら嬉しいです」


 宮崎スマイル。天使、いや、神か?なぜこんなにも俺の求めていた幼馴染を再現できるのだ?エスパー?なんかそういう異能力をお持ちなのかもしれない。


「あ、すみません、痛かったですよね、ほっぺた。思わず力が入ってしまって」

「あーいやいやこんなの全然。むしろもっと大丈夫。はは。宮崎さんも迫真の演技だったよ。ん?演技、とはちょっと違うかな。憑依?とにかくマジでリアルな素晴らしい幼馴染だった」

「そんなに褒められると、なんか恥ずかしいです」


 おぉ、宮崎さんが照れている。幼馴染モードを解除した宮崎さんも、案外いろんな顔をする。こっちの方がずいぶん奥ゆかしいが、その分些細な変化が非常に美しく映える。


「宮崎さんさ、どうしてそんなに幼馴染うまいの?キャラとか展開の組み立て方はほんと構成力とか想像力がすごいからできるんだろうけど。もしや異能の持ち主?」

「そんなにうまくできてる自覚はないのですが、どうも私、昔から一生懸命やろうと思うと、そこに意識がぐわーって行っちゃうところがあって。集中力、みたいなものだと思います」

「ふえ~すごいなぁ。すごい才能だよ」

「いえ、違うんです。これは自分では欠点だと思ってて……」


 おぉ、宮崎さんの欠点。ここまですべてが満点なのに、欠点なんてあるのか?

 宮崎さんはそこで言い淀んだ。綺麗な正座を少しもごもごさせる。俺相手に、心の内を聞かせてくれるのか?俺は胡座をかいた姿勢のまま待った。宮崎さんは言葉を選びながら話す。


「私、一生懸命になりすぎてしまうんです。融通がきかないというか、ちょうどよくサボることができなくて。だからこれまでのバイトもうまくいかなかったんです。頑張りすぎて、少し失敗しただけで必要以上に落ち込んでしまって、すごく疲れてしまうんです。だから、どっちかと言うと不器用なんだと思います」


 宮崎さんは笑った。自分のダメなところを吐露したとは思えない朗らかな笑顔だった。そう言えば宮崎さんはいつもこんなふうに穏やかに笑うから、そこに秘めた自己へのマイナスな感情なんて微塵も感じさせなかった。ちょっと驚きだ。

 こんなに真面目な宮崎さんが俺の個人的願望に付き合ってくれているなんて、毎度思うことだが、本当に奇跡なんだと思う。


「あ、ひょっとして、この仕事も無理してる!?ごめん!」

「いえ、それは全然なので、心配しないでください」

「ほんとに?大丈夫?俺、宮崎さんにこんな仕事で無理してほしくないよ。って雇用主の俺が言うのも変だけど」


 何がおかしかったのか、宮崎さんは小さく声を上げて笑った。声を上げて笑った!?初めて見たぞ。え?可愛すぎるが!?


「楽しいです。違う自分になれるみたいで。それに、速野くんが楽しそうにしてるから、私も楽しくなります」


 な!?な、なんという発言だ。まっすぐに人の目を見てそんなふうに言えてしまうとか、宮崎さん、人として濁りがなさすぎる。それが向けられる相手が俺というのがどうにも申し訳ない。こんな、パジャマで寝癖な人間相手にも綺麗な言葉で伝えてくるとか、え、絶滅危惧種ですよね。天然記念物?世界遺産?

 真面目すぎるというのはつまりこういう部分なのだろうが、それはどう考えても宮崎さんのいいところだ。と言うか、いいところしか俺には見えないぞ!


 そこで下の階から俺を呼ぶ母親の声がした。宮崎さんは俺が何か言う前にすっと立ち上がってベランダに向かう。あー今日はもう終わりかぁ。なんか時間がたつのが早かった気がする。名残惜しいぜ。


「お疲れ様でした。なんか、いろいろ喋っちゃって、すみません」

「何言ってる、むしろありがとうだよ!あ、そう言えば、木登り大丈夫?結構高いけど、怖くない?」

「全然大丈夫です。弟たちとよく公園でやってますから」


 枝を掴んで、さらりと言う。弟思いなんだなぁ。きっと家ではいいお姉ちゃんやってるんだろう。料理とかもしてるんだろうか。エプロン付けて?おぉ、いい……。


「では、学校で」

「え?あ、うん!学校で!」


 いかん。俺としたことが、幼馴染以外で妄想を膨らますとは。そういうの、宮崎さんに対しても非常に失礼だからな。心の中で謝っておく。

 宮崎さんはいつものように軽々と木に飛び移った。うーんこの瞬間の、ひらりとひるがえるスカートがなんとも……。は、はぁ!?宮崎さんは仕事上がりなんだぞ!雇用主のくせに、バイトのスカートのひるがえり具合をまじまじと見るな!……とか思っているうちに宮崎さんは見えなくなった。そう言えば自転車で来てると言ってたし、体力もかなりあるんだろうなぁ。


 母親が再び俺を呼ぶ。さぁ一日の始まりだ。俺はパジャマを制服へと着替え始める。宮崎さんに見られても恥ずかしくない、もっとちゃんとしたパジャマにしようかな、と本気で考えてから、幼馴染が起こしに来るのにわざわざパジャマを新調するのもおかしいだろ、と思い直す。普段通りであることに意味があるのだ。

 この先もしばらくはこのくたくたパジャマで起こされることにしよう。いいじゃないか、俺っぽくて。


 そんな感じで、俺の『幼馴染に朝起こされるライフ』は驚くほど順風満帆だ。すべては宮崎さんのおかげだな。



 そして翌朝、6時45分。宮崎さんは俺のパジャマの一番上のボタンに指をかけながら言った。


「ゆーた、起きて!ほら、着替えるよ!」

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