表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/14

小道具で起こされたい!

「早く起きないと~、アイス全部食べちゃうよ~?」

「うひゃあ!」


 俺は冷たさに飛び起きた。目の前に、宮崎さんの顔がある。


「ふふふ。おはよう」


 意地悪そうな顔で笑いながら、宮崎さんは手にしたアイスをペロリと舐めた。


「勇太くん、これ好きでしょ?モーニングアイスでひんやりとした目覚め、どう?欲しいでしょ」


 ふふふと笑い、またアイスを舐める。な、なんだこれは……!?ゆ、勇太くん!?アイス!!??ペロリ!!!???

 頬の冷たさに手を当てたまま、俺は状況を飲み込もうと冷静になろうとする。しかし無理だ。なんという幼馴染。季節外れのアイス。朝からアイス。ソーダの硬いアイス。


「ほほほ、欲しい、です……!」


 やっと口から出たその言葉に、宮崎さんは満足気に笑った。それはこれまで見てきた宮崎さんの控えめで柔らかな笑顔とは違う、無邪気でいたずらっぽい笑顔だった。綺麗に整った宮崎さんの顔にどこか子供っぽい雰囲気が漂い、もともとある美しさに加えて、まだ完成しきってはいない少女感までも感じさせる。か、可愛いぞ……!


「はい、あーん」


 宮崎さんは俺のベッドの横にしゃがみ、アイスを俺の口に近付けてくる。俺はドキドキしたまま口を開ける。


「……て、もらえると思った?そんな寝ぼけた顔の人にはあげないよ~」


 ふいっとアイスを引っ込めると、自分でペロリと舐める宮崎さん。なんたる幼馴染。キャラ作りも完璧だし、展開も、小道具使いも素晴らしい。ベッドの上から見るしゃがんだ宮崎さんは必然的に上目遣いになり、なんというかこう、巣穴から顔を出した子ウサギみたいな愛らしさがある。

 いやいやいや気を確かに持て俺。これは俺が望んだことなんだ。俺の願望に応えるための仕事として、宮崎さんは幼馴染をやってくれているのだ。俺も全力で幼馴染に起こされなければ……!


「俺がそのアイス好きだって、よく覚えてたな」


 俺は俺としてセリフを発する。俺は俺役だ。特にキャラ作りはしない。ただ、宮崎さんが設定しているらしいこの二人の関係性に沿うようにやらなければならない。

 宮崎さんは俺の言葉を受け取って、ちょっと恥ずかしそうに目を逸らした。


「忘れるわけないじゃん。毎年夏休み、二人で死ぬほど食べてたんだから」

「うーんそうだそうだ。で、なぜこんなもう夏も終わった季節にわざわざ出してくるんだ?」

「だって……」


 宮崎さんは少し唇を尖らせるような顔をした。おぉ、そういう微妙な表情もしてくれるのか。それこそ、幼馴染同士の間でしか見せない顔。いいぞ。


「最近あんま喋れてないからさ、何をきっかけにしたらいいかなって思って。そしたらさ、これしか思い付かなかったの。なんか、毎年夏休み、二人でこれ食べるの、好きだったから」


 そこでほんの少し照れくさそうな顔になる宮崎さん。しかしそれを押し隠すためか、どこか不機嫌さを装いつつアイスをかじる。水色のそれはサクッと音を立て、宮崎さんの口の中へ消える。


「うおおおおおはようございまああああす!!!」


 俺はベッドの上に立ち上がって叫んだ。完全に目覚めた。素晴らしい目覚めだ。最近疎遠になりつつある幼馴染が、俺との思い出の品を手に俺を起こしに来てくれたなんて……!


「最高です!ありがとうございます!」


 俺は思わず宮崎さんの手を握る。宮崎さんは驚いた表情で俺を見つめるが、すぐに安堵の顔へと変わった。


「よかったです。目覚めは、いかがですか?」

「めちゃくちゃすっきり目覚めたよ。今すぐ100メートルダッシュできるくらい爽快だ!素晴らしい!ありがとう宮崎さん!」


 俺の言葉を受け、今度はいつもの笑顔を浮かべる宮崎さん。表情の違いだけで、人格が戻ったのがすぐにわかる。この切り替えもすごい。

 ほんとにさっきの幼馴染、演技だとは思えない演技だった。臨場感がすごかったし、セリフには二人の過ごしてきた背景が見えた。なんてことだ宮崎さん。幼馴染として俺を起こす才能が凄まじすぎて置いていかれそうなほどだ。


 興奮する俺をよそに、宮崎さんは手に残っているアイスの続きをサクサクと食べ続けている。ちょっと慌てていて、スカートの上に少しこぼしてしまった。俺の渡したティッシュを受け取り「すみません」と小さく頭を下げる宮崎さん。アイスを食べる宮崎さんも、いい。


「すみません。仕事中に食べてしまって。でも溶けちゃうので、急いで食べます」

「いや、慌てなくていいよ。あ、そのアイス代、経費として出すからね」

「え、いいんですか?これは私が勝手に準備したものなのに」

「いいに決まってるよ!そういう小道具は積極的に使ってもらいたい。幼馴染同士の間でだけ特別な意味を持つ小道具。そこから見える、二人の過ごしてきた時間。最高じゃないか!」

「ありがとうございます。じゃあこれ、レシートです」


 しっかりしてるな。お金に関してはきっと俺なんかよりよっぽどしっかり管理してるんだろう。こうして朝から仕事してるくらいだし。家族思いなんだな。素敵だ……。


「あの、速野くん。質問があるのですが」

「え、あ、どうぞ!」

「どうして幼馴染なんですか?例えば、恋人とか、妹とか、先輩とか、後輩とか、先生とか、従姉妹とか、義母とか、いろいろあると思うんです。その中で、なぜ幼馴染に起こされたいんですか?」


 あぁそうだな。それについて話しておく必要があるな。いくら宮崎さんに幼馴染としての恐るべき潜在能力があるとは言え、俺の側の基本条件はしっかり提示しておく必要があるだろう。

 俺は床に座って宮崎さんと向かい合う格好になった。宮崎さんは背筋を伸ばし、しっかりと俺を見てくれている。


「俺は、一人っ子なんだ。特になんの不自由もなく過ごしてきた。十分に恵まれた環境だったと思う。でもどうしても、満たされない何かがあった。俺の人生には重大な欠如があると、ずっとそう思ってきた。それがいったいなんなのかわからず、焦燥感ばかりがつのった。でもある時気付いた。俺は、俺の人生に寄り添い、一緒に未来までも見据えることのできる存在を欲していたのだと。そこには利害関係もなければ、果たすべき契約もない。ただお互いが偶然隣にいて、偶然一緒に時間を過ごし、同じ縁で繋がった唯一の存在として認識し合っている。そしてその偶然を、わざわざ運命とすら思うこともなく過ごし、しかし時として思い知る。お互いのことを、かけがえのない存在だと。つまり、幼馴染だ」


 宮崎さんがこくりと息を飲んだのがわかった。俺は続ける。


「幼馴染。それは、子供時代を共に過ごし、お互いの成長過程を隣で見てきた存在。仲のいい友達とも違うし、血の繋がりのある家族でもない。義務や責任のもとに成り立つ関係でもなく、感情の繋がりだけを拠り所とする関係でもない。唯一無二の、永久に損なわれることのない関係。幼馴染とは、そういう存在なんだよ」


 思わず熱く語ってしまった。自分がパジャマ姿なことも忘れていた。しかしこれは俺がたどり着いた事実だ。宮崎さんは重大なものを受け止めたような顔をして「わかりました」と言ってくれた。嬉しい……。


「では、どうして、朝起こす場面なんですか?もっと他にもシチュエーションはあると思うのですが」


 美しく澄んだ声で質問される。俺はゆっくりと呼吸をしてから答える。


「朝、目覚めのシーン。それは誰にとっても自分一人の時間であるはずなんだ。きのうが終わり、新しく今日が始まるその瞬間は、たいていどの人間も武装前であり、無防備な自分でいるんだ。だらしないパジャマかもしれないし、人前に出れないほどの寝癖が付いているかもしれない。身も心も最もさらけ出されている朝、そこへ押し入ることができる存在としての幼馴染なんだ」


 伝わったかどうかはわからないが、宮崎さんは光をたたえた目でじっと俺を見ていた。なんてまっすぐな光だ。俺が俺であることが恥ずかしくなってくるじゃないか。や、やめ……

 そこで下の階から俺を呼ぶ母親の声がした。宮崎さんとの幼馴染タイムはここまでだ。


「わかった気がします。幼馴染って、素敵な存在だって」


 ベランダに出た宮崎さんが振り返って言う。俺は引き続きなんか恥ずかしくて、誤魔化すように下手くそな笑顔を返した。


「では、学校で」

「うん、ありがとう。お疲れ様でした!」


 俺は手を振った。宮崎さんは優しい笑顔を残し、木を降りていった。


 そして翌朝、6時45分。宮崎さんは静かに、しかしちぎれるんじゃないかというほど強く俺の頬をつねりながら言った。


「ねぇ、勇太。クラスの子に告白されたって、ほんと?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ