いろんな幼馴染に起こされたい!
「起きなさいよこのクソねぼすけ野郎がぁ!!」
俺は飛び起きた。目の前にいたのは、仁王立ちする宮崎さん。教室にいる時と同じ制服姿なのでその点に関して違和感はないのだが、俺を見下ろしている宮崎さんは、え、ほんとに宮崎さん?なんか、すごく、獰猛な目付きだ。こう、弱ったカマキリに食い付く時の猫みたいな。
「6時45分。起きる時間!」
「あ、はい起きました!おは、おはようござい、ます……!」
びっくりしすぎてしどろもどろの俺の挨拶に、宮崎さんは強い目つきのまま「おはよ」と返した。それからスマホを操作してラジオ体操第一の音量をまともなレベルにまで下げると、まだ腰が抜けたままでいる俺の腕をぎゅっと掴む。
「はい、立って。ラジオ体操するよ」
「えぇ!?」
俺は引っ張られるがままに立ち上がり、音楽に合わせて体操をする宮崎さんと一緒に体を動かす。
え、そういう感じ?さっき宮崎さん「クソねぼすけ野郎」とか言ってた?起きたばっかりすぎて頭が回らない。
いや、気が強い系幼馴染はもちろん好きだ。自分より優位に振る舞う幼馴染、軽い暴力とかもしちゃう幼馴染、大好きだ。でも、え?これ、宮崎さんですか?
ラジオ体操が第二に差し掛かった時、俺はやっと「ストーップ!」と声を出す。
「宮崎さん、起こしてくれてありがとう。予定時間きっかりだ、素晴らしい!あの、でもですね、ちょっとその……」
「えっ?ど、どこか問題が……?」
「いやいや全然問題はないんだけど、ちょっとびっくりしたって言うか」
「ご、ごめんなさい。私なりに、設定に沿った幼馴染をやってみたんですけど、変でしたか……?」
宮崎さんは青ざめて、おろおろした感じで聞いてくる。声のトーンも落ち着いて、いつもの感じの宮崎さんになった。つまりさっきのあれは、宮崎さんなりの幼馴染をやっててくれたという、そういうこと……?
「だめだったら言ってください。幼馴染、自分なりに考えたんですけど、わからなくて」
「いい!」
「え?」
「いいよ!まさかそんなしっかりキャラ立てして来てくれるとは思わなかった!素晴らしい勤務態度だ!いやー長年幼馴染について妄想してる俺だけど、ラジオ体操やらされる目覚めは想像したことなかったよ。いいです!」
「そ、そうですか。よかった……」
宮崎さんは、ほぅっと安心したように息を吐いて柔らかく笑った。おおお、朝の宮崎さん、すでに完成されている。
朝っていうのは人の一日のスタートであって、それは心身ともにプライベートな状態を、社会生活というパブリックな状態へと起動させる時間なのだ。つまりこんな朝早い時間にはまだそうした準備ができていない場合が多々あるはずなのだが、宮崎さんは完全に目覚めきっている様子だった。形のいい目はくっきりと開かれ、制服は折り目正しく着こなされ、長い髪は美しい艶をまとって結ばれている。朝の宮崎さん、いい……!
おっと、思わず見とれてしまったが、俺は今起こされたばかりで完全にまだプライベートの状態だ。パジャマだし、寝癖はすごいし、よだれのあととかもついてるかもしれない。ぱりっと美しい宮崎さんを前に、なんか急に恥ずかしくなってしまった。慌てて言う。
「お、幼馴染のキャラ設定についてはそんな難しく考えなくていいよ。とにかく、家族とも違う、友達とも違う、恋人とも違う、幼馴染独自の距離感の元で起こされたいだけなんだ」
「幼馴染独自の、距離感…………」
宮崎さんは俺の言葉を反芻したまま黙り込んだ。わかったぞ。この子、すごく真面目なんだ。俺の要望に沿った仕事をしようとしてくれている。最高だな宮崎さん!
「では一旦、そのあたりについての設定をもっとしっかりさせたいです。共有しておくべき情報をちゃんと決めておいたほうがいいかも」
「え?」
「速野くんと、私のやる幼馴染の関係についてです」
「め、めちゃくちゃ真面目!」
「当然です。仕事ですので」
「あの、宮崎さん。なんでそんなに一生懸命なの?こんな、俺の個人的な願望を叶えるための仕事なんて、嫌じゃないの?」
きのうからちょっと疑問に思っていたことを聞いてみる。宮崎さんは俺とはただのクラスメイトなだけなのに、なんでこうも頑張ってくれるのか。そう言えば、木、ほんとによじ登ってきてくれたんだな。スカートじゃ登りにくかっただろうな。
宮崎さんは俺の質問にちょっとびくっとしてから、言いにくそうに口を開く。
「お金が、必要で……」
「あ、お金!?」
「そうです。うち、私の下に弟と妹が七人いて、だから結構困窮してると言うか」
「七人!それはすごい」
「放課後にバイトもしてたんです。スーパーとかカフェとか清掃とか。でもやっぱり、社会で働くっていうのがまだ私には早いのか、とても疲れてしまうんです。業務をこなすこととか、お客さんへの対応とか、従業員の大人の人達とのやりとりとか、そういう、働いてお金を稼ぐっていうことが辛くなっちゃって、どれも続かなくて。でもこのアルバイトの話を聞いた時、起こすだけなら私にもできるかもって。毎朝働けば、少しは家計が助けられるかもって、思って……」
宮崎さんは今にも泣き出しそうな顔で言う。そうか、そんな背景が……。くそっ、同じ歳の女の子がお金のことや労働のことで悩んでいるというのに、俺は幼馴染に起こされたいなどという浮かれた願望を彼女に突き付けていたのか……!
いやいや、これがめちゃくちゃ切実で俺にとっては本気の夢であることは確かなのだが、宮崎さんの現実的な悩みを前にすると俺は……
いや、待て。だからこそだ。だからこそ俺は、宮崎さんをしっかり雇う必要がある。
「ご、ごめんなさい、恥ずかしい話しちゃった。今日の勤務は、これで……」
「待ってくれ、宮崎さん」
「はい……」
「宮崎さんがなぜこのバイトをする必要があるのかよくわかった。俺も、宮崎さんみたいな人が引き受けてくれて非常に嬉しい。つまり俺たちはウィン・ウィンの関係。そして宮崎さんはめちゃくちゃ真面目に頑張ろうとしてくれている。よって俺も雇用主として、めちゃくちゃ真面目に頑張ろうと思う」
俺を見上げながら、宮崎さんは大人しく聞いている。並ぶと案外小さいんだな。その目は不安げでありながら、覚悟を決めているかのような意思の強さも滲ませている。家族のために、頑張っているのだ。だからこそ、俺も中途半端なことはできない。より強く求めなければ。俺が夢見る、幼馴染を……!
「俺はいろんなパターンの幼馴染を妄想し、吟味し、模索してきた。そのどれもが素晴らしく、すべてを愛おしいと思った。そんな幼馴染によってスタートする朝を、ずっと夢見てきた。つまり何が言いたいかと言うと、幼馴染の数だけ素晴らしい朝があるということだ。だから宮崎さん、俺に、たくさんの幼馴染による目覚めを体験させてくれ!」
俺は言い切った。これで、雇用主としてのアルバイトへの要求がはっきりとした。同時に、この仕事における俺の取るべき態度も決まった。
宮崎さんは若干緊張感をはらんだ表情で、しかししっかりとうなずきながら「わかりました」と答えてくれた。
宮崎さんのこの仕事への潜在能力は今朝のでもうわかった。演技力と言うか、憑依具合みたいなものに底知れない爆発力を感じたので期待しかない。と言うかもう単純にいろんな幼馴染になってくれる宮崎さんが見たい。
「改めて、よろしくお願いします」
美しくお辞儀をする宮崎さんに、俺も頭を下げる。
「こちらこそ、よろしくお願いします!」
その時、下の階から俺を呼ぶ母親の声が聞こえてきた。早く朝ごはんを食べろといういつものやつだ。もう一日はスタートしている。
「じゃあ私はここから」
宮崎さんはベランダに出る。また木を伝って降りるしかない。
「お疲れ様!気を付けて!」
「お疲れ様でした」
軽い身のこなしで宮崎さんは木に飛び移った。すごいな。あと、スカートの中身がちょっと見えそうになった。
「では、学校で」
「あ、うん。学校で」
枝から枝へと乗り移りながら、宮崎さんはあっという間に見えなくなった。無事に降り立っただろう。
一人になった部屋で、俺は「学校で」という言葉を反芻する。なんかすごいドキドキする。なんだこれ。
とにかく俺は、夢見続けてきた『幼馴染に朝起こされるライフ』の実現に胸を踊らせた。
そして翌朝、6時45分。宮崎さんは俺の頬にソーダ味のアイスバーをぺたっと付けて言った。
「早く起きないと~、アイス全部食べちゃうよ~?」




