幼馴染に起こされたい!
「仕事内容・俺の目覚まし!週五日勤務で時給2000円!未経験者歓迎!」
俺は教壇に立って言い放った。本日の授業を終えた教室内の空気はすっかり緩んでいて、みんなそれぞれの放課後へと移行し始めている。その喧騒を割く、俺の声。
「面接希望者は、俺、速野勇太まで直接来てくれ!なおこのバイトは、女子限定で募集している!」
突然告げられたバイト募集に、クラスの奴らはだいたいぽかーんとした顔で俺を見ていた。それから、苦笑する、無視する、バカにする、などの反応を示した後、下校したり部活に向かったりして徐々にいなくなっていった。
もともと俺はわりと変人で通っているので、また速野が変なこと言ってるよ、という感じで流してもらえる。これは都合がよかった。変に反応されて注目を集めたりしたら、真の希望者が名乗り出るのをためらうというものだ。俺は日頃の俺の変人ぶりに感謝した。
ほとんど人のいなくなった教室、一人、席に座ったままの女子がいた。宮崎怜奈さんだ。宮崎さんは、どこかそわそわした様子で、体を小さく縮ませたような姿勢でそこにいる。そしてちらりと、教壇に立つ俺を見る。目が合うと、すぐに逸らす。これは完全に、面接希望者だ!
そうだよな、他の奴らがいる時じゃ名乗り出るのも恥ずかしいだろう。俺は教室内が俺と宮崎さん二人だけになる瞬間まで待った。
宮崎さんは、長い黒髪をきれいにひとつで結んでいる大人しい女子だった。成績がよくて、部活は、確か帰宅部。それから、えーっと、他には何も知らない。そうだ。授業で当てられて答える時の声が、小鳥のさえずりのような、あるいは揺れる鈴の音のような、そんな優しく美しい声なのだった。適任じゃないか!
「宮崎さん、面接希望ですか!?」
誰もいなくなった瞬間、俺は宮崎さんの前に降り立って聞く。宮崎さんは飛び上がるようにして驚くと、顔を上げてわなわなと震え出した。
「え?あ、大丈夫?」
「だ、大丈夫です。あの、そのバイト、み、未経験でも大丈夫、なんですよね?」
「OKOK全然OK!て言うか目覚ましって仕事、経験したことある人間の方が少ないでしょ。あはは、宮崎さん、結構おもしろい人だね」
「え?あっ、そそ、そういう未経験でしたか。わ、私、てっきり……」
そう言って、熱湯にぶっこまれたタコみたいに顔を赤くする宮崎さん。一瞬、何を言っているのかわからなかった。が、すぐにわかった。未経験とは、目覚ましのバイトが未経験なのではなく、つまりそういう、顔を真っ赤にするような意味での未経験……
「あーーーいや!いやいやそんなすべてにおいて未経験で大丈夫!その、跳び箱跳んだことないとか、箸使ったことないとか、そういうのでも大丈夫!なんせ仕事内容は俺を起こすだけなんだから!大丈夫!合格!!」
俺も慌ててすごいでかい声が出た。なんだよ宮崎さん、大人しそうな顔してそんな発展した思考をするとは驚かせてくれる。いやいや大歓迎だが!
宮崎さんは赤い顔のまま俺を見て言う。
「あの、じゃあ、雇ってもらえるんですか?」
「や、やとっ!?お、おう!そうです!雇用します!あなたは明日の朝から、俺を起こしに来てください!」
面接開始から、ものの1分で決定してしまった。宮崎さんは緊張した様子のまま、ほっとしたように小さくため息をついた。
こんな間近に宮崎さんを見たのは初めてだったが、なかなか整った綺麗な顔をしていた。今までそれほど気にしたことがなかったのは、彼女の顔のその整い方が実に礼儀正しいからで、ぱっと見ただけで可愛い!と惹き付けられるのとはまた違った魅力があると言うか、注意深く観察した人間にしか見つけることができない静かな美しさと言うか……
「あの、それで、契約書とかは……」
「え、けいやく?あ、そういうのいる?」
「はい、それは必要だと思います。仕事ですので」
堅いな。こんな堅い感じか。いやしかしせっかく申し出てくれた宮崎さんを逃すわけにはいかない。俺はその辺にあった紙に『けいやくしょ』と書いて簡単な業務内容を記し、最後に俺の名前を書き入れた。
「じゃあここに、宮崎さんの名前」
「親の印鑑はいりますか?」
「え?いや、いらないよ。ただの個人契約だし。あ、給料はほんとちゃんとするから、そこは心配しないで。ちゃんと貯金から出せるようになってるから」
「わかりました」
そこで初めて、宮崎さんがちょっと笑った。なんか少しドキッとしてしまった。いやいやいや、こんな軽快にスタートを切れるとは思わなかった。俺の長年の夢が、これで叶うのだ。
俺の夢。それは、朝、幼馴染に起こされること。その幼馴染のキャラクターについては長いこと想像をこねくり回してきたおかげで、どんなタイプの幼馴染が来たとしても満足できる自信がある。それほどまでに俺は、朝幼馴染に起こされたい……!
あぁ幼馴染。子供の頃からお互いをよく知っているがゆえに、朝の覚醒時にまで踏み込んでくるという一線を越えた関係性。最高じゃないか。俺に幼馴染の女子がいないのは人生の損失だ。今すぐ埋める必要がある。そのためのバイト募集だったのだ。そしてこんなにも早く、それが叶うとは……!
「ちょっと待ってください。あの、ここ、幼馴染としてって、書いてあるんですけど、これはどういう……」
「それはそのままの意味だよ。幼馴染というていで、俺を起こしてほしいということ」
「えっと、具体的には……?」
そうか。普段から『朝起こしに来る幼馴染』を想像していない人にとって、幼馴染としてやってくれ、というのだけでは通じないのか。俺はしばらく考えた。
「よし!じゃあとりあえず、家が隣同士なために子供の頃からきょうだいのように過ごしてきて、小さい時には一緒に風呂に入った仲であるが、中学高校と上がるにつれて若干疎遠になりつつあるも、距離の近さのせいでお互いの情報は常に耳に入ってきて、久々に会えばいつもの調子で子供の頃と同じように接するし、やっぱりこいつの前では素の自分が出ちゃうなーとお互い思っている幼馴染、でいこう! キャラとかセリフについては問わないので、宮崎さんのやり方で起こしてくれたら大丈夫です!」
宮崎さんのポテンシャルも未知数だし、何より俺が彼女の基本情報を知らなすぎる。それでもこの役を引き受けてくれるというだけで、俺にとっては天使だ。
宮崎さんはだいぶ長いこと難しそうな顔をして考えてから、ふと顔を上げて、わかりました、と言った。なんかすごい覚悟に満ちた顔に見えてめちゃくちゃ頼もしい。
「では、勤務先の住所を教えてもらえますか?」
「き、きんむ?あぁ、家!そうだそうだ俺んちの住所ね!と、その前に、できればスマホで連絡取れるようにしたいんだけど」
おぉ、俺が堂々と女の子に連絡先を聞いている。いいじゃないか、雇用主なんだから当然把握しておくべき情報だ。宮崎さんはまったく嫌がることなくスマホを操作し、俺たちは連絡先を交換した。俺はそこに、俺の家の住所を送る。
「あ、そうだ。申し訳ないけど、交通費は出せないかも。宮崎さんち、遠い?」
「えっと、少し遠いですが、自転車で行けると思います。ちょうど学校までの道の途中なので」
「よかった!あとは時間だけど、6時45分くらいでお願いしたいんだけど、早い?」
「大丈夫です。朝は得意なので」
「すげぇ!それから、俺の部屋は二階にあって、申し訳ないけど木をよじ登って来てくれる?もちろんよじ登れる形状にしとくから。玄関からだとさすがに親にバレてめんどくさいことになりそうだし」
「わかりました。木登りは得意なので大丈夫です」
最高だな!宮崎さんは段取りを理解するにつれ緊張感が取れてきたようで、まっすぐ俺を見て笑顔を作ってくれた。おいおいどんどん可愛く見えてきた。なんだこれは、俺の『幼馴染に朝起こされるライフ』がこんなにすぐ手に入るとは……!
そして翌日、宮崎さんは予定時間の通りに俺の部屋にやって来て、ラジオ体操第一の音源を大音量で流しながら叫んだ。
「起きなさいよこのクソねぼすけ野郎がぁ!!」




