第41話 片桐家
エレベーターが止まり、一緒に降りて右に曲がると、楓は三つ目の扉の鍵を開けた。
「ただいまー!」
楓が中に入ると、玄関には二匹の犬と、その後ろに一匹の猫が待っており、楓の帰りを喜んでいた。何れもかなり年老いて見える。
その気持はよく分かる……。俺もそうだったからな。
「おかえりー」
廊下の奥のドアを開け、美月が出てきた。
「美月!」
俺は思わず声に出た。
「あら? 楓、こちらの学生さんは?」
「小鉄」
楓は俺を指差した。
いや小鉄って……。
「ど、どうも……お邪魔します」
俺は頭を下げた。どう反応して良いのか困る……。
「……小鉄?」
「の、生まれ変わり」
「は……?」
美月は固まった。
「ほら、この間話したじゃない。駅のホームで『俺が小鉄だ!』って言った高校生がいたって」
いや、そんな風には言っていない。
「……あー、ってあの子!?」
美月は驚いた。そりゃそうだろう……。
「うん。今日また居たの。ほら、あがって」
「いいですか?」
俺は美月を見た。
「あ、あぁぁ。ど、どうぞ」
美月は俺を招き入れた。
「おじゃましまーす」
俺は靴を脱ぎ、中に入った。
俺は中に通されると、大きな居間の椅子に座った。楓は隣の部屋で子猫の世話をし、美月は三人分のお茶を入れてくれた。
「でね、色々話してみたら、本当に小鉄の生まれ変わりだったの」
「そうなの?」
「うん。私の胸のほくろのことも、最後に残した言葉も、全部知ってた。もちろん、お母さんの名前もね」
「……本当に、小鉄なの?」
美月は俺を見た。
「はい」
「……私が小鉄の写真集の振込額を見て、驚いたときの金額は?」
「五十万」
「……最初のテレビの取材で頂いた、お礼の中身は?」
「猫缶」
「あれは美味しかったの?」
「そりゃもう! 格別だった」
「カリカリとどっちが良かった?」
「それぞれに特徴があって、どっちが良いとは言えない」
俺が即答すると、美月は固まっていた。
「……本当に……小鉄なの?」
美月は楓を見た。
「うん。私が認めるんだから、間違いない」
「本当にそんなことが……」
「うん、あるみたい。そもそも、小鉄の中身って人間だったじゃない?」
「ああ、そうね」
「その理由が、これ」
楓は俺を指差した。
「え、じゃぁ、本当に人間だったってこと?」
美月は俺を見た。
「少しだけ違います。人の知識を与えられた猫だった。です」
「それは言ってもいいの?」
楓は俺を見た。
「あ……いや。忘れてください……」
「ね?」
楓は美月を見た。
「本当だ……」
美月は呆けていた。
いや、今の会話のどこに信用に足る内容が!?
「小鉄、ご飯食べてくでしょ?」
楓が言った。
「良いのか?」
「もちろん!」
「じゃ、頂きます」
「小鉄のご飯って、人間用で良いのかしら?」
美月は俺を見た。
「いや、今は人間なので……人間用でお願いします……」
「うん。じゃ、用意するから待ってて」
「はい」
その後、美月は夕食を作りながら、俺を質問攻めにした。だがその内容はほぼ楓からされた質問と同じで、楓は自分がわかる質問は全て自分で答えていた。
「あら? 小鉄は今も小鉄って名前なの?」
「ううん。ちゃんと人間の名前があるよ」
「お名前は?」
美月は俺を見た。
「櫻井蒼汰と申します」
「あら、カッコイイ名前ね……小鉄とは大違い」
「えー、小鉄だってかっこいいじゃない!」
「あ、小鉄って、楓がつけたのか?」
「うん。私がつけた。……嫌だった?」
楓は心配そうに聞いた。
「いや、気に入ってた」
「うん。良かった」
楓は笑った。
その後夕食を御馳走になり、楓と一緒に犬たちと散歩に行った。
「じゃ、そろそろ帰ります」
散歩から戻ると、もう良い時間になっていた。そろそろ帰らないと。
「うん。送ってくよ」
「いや、一人で帰れる。最寄り駅は?」
「近いから送ってくって」
「いいのか?」
「私がそうしたいんだから、そうさせて」
「じゃ、頼む」
俺たちは楓の家を出て車に乗り、楓の車で自宅へ向かっていた。
「また、会社へ行ってもいいか?」
「会社? ああ、あそこか。うん、良いよ。人手はいくらあっても足りないから」
「わかった。じゃ、手伝いに行く」
「うん。あ、でもお金は払えないよ?」
「いらない。楓が何をしているのか、何をしたいのか、もっと知りたい」
「おや? 惚れたか?」
「かも知れん……」
「生意気な……ナンパじゃないと強く否定したくせに」
「いや、あれは」
「うーそ。いつでも来ていいよ。と言うか、お願いします。手伝って下さい」
楓はそう言って前を見たまま、軽く頭を下げた。
「ああ。そうさせてもらう」
俺は自宅の前で降ろされた。楓の家からは車で十五分とかからなかった。
「じゃ、また明日」
俺は車の中の楓に言った。
「明日も来てくれるの?」
「いいか?」
「嬉しい」
「何時に行けばいい?」
「うーん……迎えに来ようか?」
「え……良いのか?」
「いいよ」
楓は笑った。とても可愛い、素直な笑顔だった。
「じゃ、頼む。何時に来る?」
「じゃー……六時半」
「わかった。じゃ、ここで」
「うん。今日はありがとう。また明日」
楓は車の中から手を振った。
「おう、また明日」
俺も手を振った。
楓の車はそのまま動き出し、角を曲がって見えなくなると、俺は家の中へ入った。
「今日は盛り沢山でしたね」
「ああ、未だに信じられん……」
俺は風呂を上がり、ベッドの上で横になっていた。
もう逢えないかもしれないと思っていた楓は、俺のことを薄々勘付いていたようだ。俺が自己紹介したとき、楓はすぐに付いてこいと言った。楓も俺を探していたのかもしれない。
「……結構疲れてるかも……」
「明日も行くんですか?」
「ああ、夏休み一杯は行くつもりだ」
「そうですね。蒼汰はやることがないですし……彼女もいない、バイトもしない、なーんにもしませんもんね」
「お前、喧嘩売ってんのか?」
「いいえ。事実を述べたまでです」
「ぐぬぬ……」
言い返せなかった。
だが、ここから何かが転がっていきそうな、運命の歯車が回り始めそうな……そんな気がしていた。




