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夢見るオトメ


「今さらですが、あの時は本当にありがとうございました」


私らしくない大人っぽい雰囲気の部屋の中で、改めて若旦那に頭を下げる。


たとえあれが金持ちの単なる気まぐれや同情だったとしても、この町に知り合いなど少ない私にはとてもありがたかった。


様子見状態だった店側の態度が、あれからちゃんとした従業員扱いになったのだ。


接客担当は掃除などの下働きが免除され、給与の他に支給される支度金が増える。


「へへっ、俺が勝手にやったことだから気にすんな」


灰青の髪を掻き上げて照れる若旦那に、運ばせた酒を勧める。


酌などは最初だけで、あとは適当にお任せする。


今、私は若旦那を客というより、商売仲間として見ている。彼も酌など求めていないと思う。


「それより、これだ」


「はい」


テーブルには様々な形の石鹸が並んでいた。





「食糧としても高価な蜂蜜を石鹸なんぞにする奴の気がしれん」


と言いながら、若旦那は自分でも使ってみたそうだ。


「まあ、なんていうか、しっとりするよなあ」


茶色のフサフサ尻尾の、お付きの少女もうんうんと頷いている。


ふたりとも毛並みがつやつやだ。




「商工会に申請して、商品として正式に売りだすことになった」


「え?」


驚いてる私に書類を見せてくれた。


「いろいろ計算してみたが、やっぱり超高額商品になっちまったな」


若旦那の作った石鹸は、材料も道具も良いものを使っているし、高くなるのは仕方なかった。


湯屋では客寄せのために展示するらしい。太っ腹な若旦那は、ひとつでも売れればいいくらいにしか考えていない。商売熱心というのは、ケチとは違い、お金を使うところにはきっちり使うのだ。


「あ」


気がついたか、と若旦那がにやりと笑う。


「ふふんっ、ちゃんと製作者にお前の名前も書いておいたぞ」


驚きとうれしさで半分泣きそうになった。


売上の何割かは、湯屋を通じて手元に入ってくる仕組みになっていた。


「これでいつ、この店をおん出されても大丈夫だな」


がははと小柄な身体に似合わぬ豪快な笑い声に、私は深く頭を下げた。


「何とお礼を言っていいか。本当にありがとうございます」




「でも、ひとつだけ言っとくぞ」


「あ、はい」


若旦那は真剣な顔になった。


「これ、人型のお前さんには甘い匂い程度かもしれんが、獣人の中には『美味しそう』って思う奴もいるかもしれん」


「はぁ」


よく分からないが頷く。


「外に出る時は気をつけろ。この匂いに釣られてお前さんを襲う奴がいないとは断言できんからな」


「ほえっ」


私は石のように固まった。


襲うと言っても本当に食べる、という訳ではないと思いたい。ただその匂いで、私が何処にいるのか、すぐにわかってしまうというのは確かだ。


「珍しい人型だし、店の売れっ子になりゃそれ相当に敵も出来るだろう?」


かなり性能が良い獣人の鼻は、遠くからでも嗅ぎ分けて来るらしい。





 美味しそうな匂いの、か弱い女性でなくて良かったと冗談ぽく言っていたが、若旦那は本当に心配してくれたようだ。


「若旦那さまはその香りを誤魔化すために、いろいろな種類をお作りになりました」


お付きの少女が教えてくれた。これは若旦那が私のためにしたことなのだと。


ここにある数種類の蜂蜜石鹸の中には、香草や果物といった、他の材料を配合したものもある。


「試供品として金持ちの常連に配ってみるつもりだ」


町中にいろいろな甘い匂いをした者が増えれば、少しはお前の匂いも誤魔化せるだろう、と若旦那がにまっと笑う。


私が作った物よりも、見た目は豪華なのに控え目なその香り。獣人にはこの程度で十分なのだという。


「わかりました。自分で作ったものも少し匂いを抑えることにします」


使った後、念入りに落とすようにしよう。せっかく作ったけど、あまり大っぴらには使えそうにない。


私は少ししょぼーんとしてしまった。やはりまだ獣人のことをよくわかっていないのだ。




「まあ、これからも何か作ったら俺んとこ持ってこい。ちゃんと評価してやるからさ」


「はい」


私は頷いた。


「ここの店主にも話は通したから問題ないと思うが、ま、他の奴らにはしゃべらない方がいいかもな」


他の接客担当からは、それでなくても実力のないナンバー2だと陰口を叩かれている。本当のことだから仕方ないけれど、若旦那の贔屓が石鹸のためとはあまり知られたくない。


その後は注文した料理などを飲み食いして、若旦那は帰って行った。お付きの少女が眠そうだったからね。


玄関まで送って行ったら、店に「飲ませ過ぎたから寝かせてやってくれ」って、朝までの追加料金も払っていってくれた。


 はあ、おっとこ前だよ、若旦那。小さくて、身長が私の肩ぐらいまでしかないけど、惚れそうだよ。どうしよう。


でも若旦那は私を仕事相手としか見ていない。


店に客として来てくれるのは、もうないかも知れない。知りたがっていた石鹸の情報は渡してしまったのだし。


なんだかホッとしたような、寂しいような。まあ、会いたければ湯屋へ行けばいいんだけどね。




 小さな鏡に、黒髪に黒目の、白い肌をした痩せた男性の顔が写る。


部屋の中を片付け、寝間着に着替えた。そして、この町に来た初めの頃には想像も出来なかった柔らかいベッドに腰掛ける。


私には、確かにこの町に来る前の記憶がない。


でも私は女性だった、ということはおぼろげながら覚えているのよ。


だって、どうしてもこの身体には違和感がある。違うって本能が叫んでる。


こんな姿でも、誰かを好きになったりするんだろうか。


心はオトメなんです……なんて言ったら絶対引かれる。


 私は階下の喧騒を聞きながら、毛布に潜り込む。お言葉に甘えて今日は眠ろう。


目が覚めたら、身体が女性に戻ってるーなんてことはないだろうか。


ないな。くすん。



        〜完〜


お付き合いくださり、ありがとうございました。

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