平和
二週間ほどお待たせして申し訳ございません。
テストとか諸々の理由でなろうにログインすら出来ない状況でした。
「え、エリスさん……ほ、本当に入るんですか?」
「ええ、そうよ……覚悟を決めなさい」
「で、でも……怖いですよう……」
「大丈夫よ、ほら……」
「は、はい……ううぅ」
リリアとエリスは意を決したように行動に出た。
「いや、これは確かに怖いわね」
「で、ですよね」
と思われたが、一回しり込みする。二人は何を迷っているのか。それは、
「ギルドに入るのがこんなに難しかった時があったかしら……?」
シンベラのギルドに入るのを躊躇っていたのだ。もう何十年と冒険者を続けてきたが、ここまでギルドに恐怖を覚えたことは無い。
「何か変な儀式でもやってるんですかぁ?」
リリアはすでに涙目だ。ギルドの中からは、普段の野蛮でやかましい騒ぎ声は聞こえてこない。ここは冒険者の中でもDランク以下が集まる街のため、自ずと治安も悪い。普段は騒がしいのだが、今日は別の声が聞こえてくる。
「~~~♪」
「~~♪」
「~~~~♪」
否、歌声だ。穏やかで、短いフレーズを繰り返す曲を、ほぼ全員が歌っている。バス、バリトン、テノール、アルト、メゾソプラノ、ソプラノ……様々な声を持つ人々が、タイミングはずれていても『同じ歌』を歌っているのだ。しかも、芸術に造詣が深くない者が多い冒険者たちが歌っている分、それぞれ音程が狂っている。しかも、それぞれ違うフレーズを歌っているのに、まるで『カノン』のように音程さえあっていれば音楽になるところも怖い上、音程がずれているがゆえにその微妙な違和感も怖い。
ギルドの中から漏れてくる、奇妙な鼻歌の合唱。これが、二人がしり込みしている理由だ。
「ああ、もう! 女は度胸、何でも試してみるもんよ!」
遊助が聞いたら反応しそうな言葉と共に、エリスがドアを思い切り開ける。それとともに、さらによく聞こえてくる不気味な合唱。エリスはたじろぎながらもその不気味なギルドに入り、リリアも一人になるのが不安なのか、エリスについていくように中に入る。
「あら? 『金閃剣』と『銀爪牙』じゃない。罰ゲームは終わったの?」
中の酒場で飲んでいた女の一人が平然と二人を迎え入れる。彼女はこのギルドでは珍しいCランク冒険者だ。最近、この街をある理由で活動の拠点にしている二人と仲が良い。昼間から飲んでいることは咎められない。ここにいる冒険者の大体は、午前に一仕事終えた者が多いからだ。
「あと一つで達成よ。で、この異様な儀式は何よ?」
「私達がいない間に変な病気でも流行ったんですかぁ?」
エリスは的確に、リリアは的外れな問いかけをする。しかし、リリアに突っ込みを入れる者はいない。誰もが、何も知らない場合はこの光景を見たらそれを疑うだろう。乱暴者の大男が、綺麗な見た目とは裏腹に力自慢の女傑が、普段は食えない優男が、皆同じ曲を合唱しているのだから。それも、様子を見る限り『無意識』に。
「ああ、これね。ちょっと前にね、アンタたちが昨日の夜にお食事に誘った男の子が、Dランクの調子に乗った馬鹿な男三人に絡まれたのよ」
二人は遊助の事だ、とほぼ同時に思いつく。
「彼ってEランクよね? それなのにDランクの男三人に襲われたのにそれを余裕そうな表情でひらひら躱しちゃってるの! それどころか鼻歌を歌いながらよ!」
若干興奮したような面持ちで話す女に、二人は相当酔っているんだな、とあたりをつけた。顔が少し紅潮しているあたりから、それは目でも感じられるだろう。
「でね、その鼻歌を聞いていると、不思議とそのいきり立ってた男どもが落ち着いてきたのよ! で、そのまま男の子は外に出て行っちゃったんだけど、それを見て、聞いていた周りの奴らがその鼻歌が妙に耳に残っちゃってね! 穏やかで、温かくて、優しい曲でね、短いフレーズを何回も繰り返す曲だから頭に残っちゃったのかしら? かくいうワタシもその一人なんだけどね! ~~~♪」
女はそう言い切ると、その歌を歌い始めた。
「はぁ……あいつはそんなことやってたのね」
「普通じゃない方だとは思いましたが、話を聞くとそれが良くわかりますね」
エリスは呆れ、女性と話しているとある程度舌が回るようになるリリアが評価を口にする。
「それにしてもまぁ、あいつの歌ってここまで影響力があるのね」
「確かに、素敵な歌声でしたもんね。……今ここで流れている不気味な歌も、ユウスケさんが歌えばいい歌になるのでしょうか?」
「リリア……案外あんたって毒舌よね」
「~~~♪」
二人が話している間も、周りは不気味な合唱を止めない。
「とりあえず、お昼ご飯にしましょ。あたしは例のパスタでも食べようかしら」
「エリスさんってよくあんなの食べられますよね……」
「何言ってんのよ! かなり美味しいじゃない!」
ギルドの酒場では普通に食事が出る。軽食とかその程度ではない。普通に一食いけるぐらいは出るのだ。
二人はそれぞれの料理と飲み物を注文したのち、それぞれの武器の点検に入る。
「……アンタたちって本当に凄い装備よね。抜き身を見ると、その見事さに酔いも醒めちまうよ」
その様子を見て、女が幾分落ち着いた声でそう言った。
リリアの二つの短剣は、その装飾の立派さもさることながら、その厚めの刀身は静かな銀色に輝いている。その輝きは、触れただけで切断されてしまうのではないかと錯覚するほどに、鋭い。見ただけでひやりとするほどの業物だ。
対するエリスの剣も負けていない。その刀身は、鎧と同じく上品な金色に輝いているが、そのオーラは比べ物にならない。その輝きは、芸術的である一方、その切れ味を証明しているのだ。
女は、しばしその装備に見とれた後、あることを思い出したので質問をする。
「そういえば、罰ゲームがあと一つで終わるって言ってたけど、その罰ゲームの経緯を聞いてないわよね?」
「あれはもう忘れるべきことよ。人の過去は抉らないモノだわ」
「嫌な……事件でしたね……」
エリスはさっと目をそらし、リリアは遊助がこれまた反応しそうな台詞を言いながらエリスを『睨む』。温厚な彼女にしては珍しい、責める様な目だ。しかも台詞の内容とは正反対の冷たい反応である。
二人は誤魔化したが、ここで事情を説明しよう。
一か月ほど前、ここから少し離れた街で、エリスがジュースと間違って酒を飲んで悪酔いをしてしまった。その時に、悪ノリで賭けに興じたのだが、当然そんな頭で勝てるわけもなく連戦連敗。結果的に、罰ゲームを押し付けられてしまった。その内容は、まずくじ引きで、パーカシス王国内限定で『拠点の街か村』を一つ決める。その後、そこのギルドにあり、受けられる範囲の『クエストをくじ引きで選んで、それをクリアする』というのを十回繰り返すことだった。細かいルールとして、そのクエストが村や街の移動を伴う場合は、クエストを行った場所から一番近い村や街でくじを引いてクエストを決める、ということもある。
まず幸運なのは、こうした周辺が安全な街が拠点になったことだ。これが危険地域だったらBやAランクのクエストをくじ引きで決める、という命懸けになりえる。
この罰ゲームの嫌なところは、『自分で決められない』、それと『くじを作るのがとても面倒くさい』ということである。また、これをクリアするまでは緊急でもない限り他のクエストを受けられない、という歯がゆさもある。二人ともAランクであり、受けられるクエストは多い。その選択肢の多さのせいで、くじを作る手間が増えるし、広い選択肢を無理やり狭められる、というのは相当歯がゆいものだ。
二人ともAランクであるのに、たかだかFランク前後の盗賊を捕らえるクエストを受注していたのはそのためだ。また、遊助と一緒に受けたエレンの護衛もくじ引きで当てた結果だ。有望新人の面倒を見るのはその前から受けていたクエストのため、これには含まれない。それと、盗賊退治は途中で乱入した遊助が終えてしまったため、数に含まれない。遊助は善意でやったことだが、実は大きなお世話だったのだ。
ちなみに、ルールの中にある『移動を伴うクエストを引き当てた場合、そのクエストを行った地点から一番近い村や街のギルドでくじ引きをする』というルールは罰ゲームを押し付けた側の優しさだ。さすがに移動は時間もかかるし面倒くさいだろう、という配慮である。
この経緯を聞けば、リリアはただ巻き込まれただけ、ということが分かるだろう。だが、それでもしっかり付き合うのは長年旅をしてきた仲だからだろうか。
「お、来た来た。頂きます!」
「うう、いつ見ても心が削られます……頂きます」
話し込んでいる間に二人が注文した料理と飲み物が届いた。エリスは自分が注文した料理を見て目を輝かせながら、リリアはそれを見て食欲を削られながらそれぞれ自分の注文した料理を食べ始める。ちなみに、エリスが注文した料理は、遊助が頼んだのちに後悔したあのイナゴのようなものを塩漬けにしたものを具にしたスパゲッティである。
その後も、三人は長々と駄弁り続けた。女性の話しが長いというのは異世界でも共通の様だ、とこの場に遊助がいたら言うだろうその光景は、『まだ』平和な時間の証だ。




