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百足

投稿遅れて申し訳ございませんでした

「やばい! やばいぞ!」

 ギルドに冒険者が数名、ごろごろと駆け込んできた。

「何があった!?」

 その様子を見て、カウンターに偶々出ていたシンベラ支部ギルドマスターが問いかける。

 その場には、リリアとエリスと一緒に話していた女もいた。今はもう少しで夕食になろうか、という時間だ。かなり長く話し込んでいたのだ。

「魔物が! 魔物の群れがここをまっすぐ目指して東の山から来てやがる!」

『なっ!?』

 この報告に、その場にいたものは全員驚愕した。

「俺たちは東の山の調査にさっき行ったんだ! そ、そしたら、ま、魔物たちがう、うじゃうじゃいやがったんだ!」

「しかも、こっちに真っ直ぐ向かってきやがる! 早く、早くしねぇとやべぇぞ!」

 その報告を聞いて、その場は騒然となった。東の山の魔物は、数を減らしていたはずだ。それがなぜ、街を襲うほどの群れになったのかが疑問なのだ。

「すぐに街に連絡を回すのだ! 警戒態勢および避難準備、コード黄!」

『はいっ!』

 その場にいたギルド職員はギルドマスターを残して、全員それぞれの持ち場に移動する。街中を走って知らせる者、一つの街に三つは常備されている『ハイパーフォンシス』が付与された魔道具を使って知らせに回る者、国や周辺の町や村に連絡を回す者(電話などは無いため早馬だ)、避難誘導をする者など様々だ。そして、ギルドマスターは、

「今すぐ、義勇兵を募る! 参加したい奴はここに残れ! 命を大切にする者は逃げるか誘導を手伝え!」

 とこの場にいる冒険者に指示を出す。義勇兵への参加は緊急クエスト扱いだ。

 外で連絡を回している職員も、警告、避難誘導、義勇兵募集をそれぞれ知らせに回っている。

「コード黄、コード黄です! この街に魔物の群れが攻めてきているとの情報がありました! 東の山より魔物の群れが攻めてきているとの情報です! それぞれ、今いる場所から一番近い門、ただし東門以外を選んで街から避難準備をしてください! コード黄は警戒、避難準備です!」

「義勇兵志望の方はギルドまで来てください! 繰り返します、義勇兵志望の方はギルドまで!」

「五列になって並んでください! 列を乱さないように!荷物は最低限ですよ!」

 ちなみに、『コード』は青、緑、黄、赤の四つがあり、青は通常、緑は警戒、黄は警戒態勢および避難準備、赤は緊急避難だ。この街には東西南北の四つの門があり、それ以外は三mほどの高さの石壁に囲まれている。それでも、魔物ならばやすやすと超えたり壊したりしてしまうため、住民は避難が必要だ。なお、この際に火事場泥棒防止のため、街に数人配属されるギルド専属の魔術師が協力して防犯用の魔術をかけてまわる。

「魔物が攻めてきてるのは本当だ!」

 斥候に行っていた冒険者が帰ってきた。その報告に、全員耳を傾ける。

「主な魔物はコボルドとリザード、途中で巻き込んだゴブリンとハウンドドッグです! 数十匹、オオムカデが混ざっていることから、このうちのどれかがボスだと思われます! 全体総数は千を超える模様! 『軍勢』です!」

『っ!』

 魔物の構成を聞いた段階では安心していた冒険者たちが、『軍勢』という単語を聞いた瞬間、全員が驚いた。

 魔物が軍勢の規模で群れになるのは一つの国で一年に一度あるかないかだ。軍勢の最低基準は五百匹だ。その最低基準の二倍が予測される数となっている。対する、義勇兵の数は多くても二百人前後だ。数の差というのは、それだけ恐ろしい。高ランクの冒険者が低ランクの魔物の群れに囲まれて死亡、という事例も一年に数回は報告されている。

「コードを赤に変更! 緊急避難!」

 その報告を聞いたギルドマスターが即座に指示を出す。

「コードは赤に変更されました! 繰り返します、コードは赤に変更されました! 魔物の群れの規模は大きく、軍勢のレベルまで達しています! すぐに最低限の荷物を持って避難してください!」

「義勇兵志望の皆さん! 主な魔物はハウンドドッグ、ゴブリン、リザード、コボルドです! 数十匹のオオムカデも確認されています!」

「開門! 即座に避難してください!」

 その指示を伝えられた職員はすぐに行動を開始する。

「リリア、やるわよ!」

「はい!」

「お、二人が参加するなら百人力なんてもんじゃ済まないね。」

「おっしゃ! 『金閃剣』と『銀爪牙』が参加するらしいぞ!」

「うおおおおお! ざまあ見やがれ魔物どもめ!」

 二人が参加すると知った瞬間、義勇兵たちの士気は大幅に上がった。Aランク冒険者という存在は、それだけで圧倒的なのである。

「よし、では今から東門前に配置せよ! 魔術師と弓使いは壁の上から攻撃するといいだろう!」

『おうっ!』

『はいっ!』

 ギルドマスターの掛け声に、全員が大声で返事をする。そして、それぞれ、思い思いの決意を込めて移動した。


                ■


 義勇兵として参加した場合、ギルドカードに記録された結果と客観的に見た結果が報酬に反映される。貰えるものは現金、素材、実績、場合によっては装備や道具などだ。

 最終的に集まった義勇兵は百五十人ほど。内、リリアとエリスとAランク、ギルドマスターと副ギルドマスターはBランク、数人がCランク、他はD~Fとなっている。

 作戦としては、Cランクの半分と副ギルドマスターが防衛側に回り、他のCランクとギルドマスター、そしてリリアとエリスの精鋭で、中にボスがいると思われるオオムカデを討伐する。魔物の群れは、ボス個体が倒された瞬間、統率力を失う。それを早い段階で起こして有利に進める作戦だ。

 東の山とシンベラまでの距離は徒歩で一時間ほどだ。魔物の軍勢が観測されてから今まで、約三十分ほど経っている。これは、最初に報告に来た冒険者、斥候、ギルドマスターを筆頭に全員が出来る限りの努力をした結果、ここまでの速さで準備を終えることが出来た。

 一般的な人間よりも体力や身体能力に優れている魔物ならば、あと数分もしないうちに交戦となるだろう。

「あれね」

「……」

 エリスは遠くを見て呟き、リリアは普段からは想像がつかないほどの意思を持って遠くを睨みつける。

 低い地響きがからだに伝わってくる。視線の先にあるのは、徐々に輪郭がはっきり、そしてより大きくなってくる影。それは、一つの物体では当然なく、魔物の軍勢だ。月は雲で隠れているため、はっきりと光があるわけではないが、今の状況では確実にそうだと判断できる。

「ボスと思われる個体を確認しました! 通常のオオムカデより二倍ほどのサイズを持つオオムカデがいます! あのサイズは個体差の範囲を超えているため、変異種かと思われます!」

 あわてて帰ってきた優秀な斥候が報告をする。

「変異種か、分かった。……お前ら、ここは任せたぞ! 俺たちはボス個体を筆頭にオオムカデどもを退治しに行く! 俺たちが帰る場所を守りきれ!」

 ギルドマスターの檄が飛ぶ。その声は、とてつもないカリスマ性を秘めていた。

「もう少しで先頭集団と交戦します! 十、九……三、二、一、交戦しました!」

「よし! ボス個体討伐班は進むぞ!」

 最前線の交戦と共に、リリアとエリスが含まれるボス個体討伐を担当する班が突き進む。

「いくわよ!」

「それっ!」

「うおおおお!」

 陣形としては、圧倒的な主力であるリリアとエリスが先頭で二人並んで邪魔な魔物を蹴散らし、その後ろから徐々に広がって扇形になり、漏れたり、よって来る魔物を倒していく。

「……のつもりだったんだがなぁ。」

 Cランクの男が、緊張感が抜けた声で走りながら呟いた。魔物がほとんど寄ってこない。少なくとも、前からは一匹も。

「あの二人は強すぎよね。あまりにも圧倒的だわ。」

 隣にいた女もため息を吐きながら走っている。二人が話題にしているのは、当然リリアとエリスのこと。

「それっ! やぁっ!」

 リリアは両手に持った短剣を一息で四回も振り、前にいる魔物を蹴散らしていく。魔物たちは皆、一回その軌道にいただけで『四つに斬り裂かれる』か『貫かれる』。四つに斬り裂く、または貫くほどのリーチは、当然あの短剣にはない。

 リリアが使っている二本の短剣の銘は『銀風爪牙ぎんふうそうが』で、右が『銀風爪ぎんふうそう』で、左が『銀風牙ぎんふうが』だ。この二本の短剣は、刀身にそれぞれ性質が違う『風』を纏う。それによって威力が増し、リーチも格段に長くなる。

 『銀風爪』からは三つの風の刃が猛獣の『爪』の如く伸び、その軌道にいる敵を四つに切り裂く。

 『銀風牙』からは腕ぐらいの太さの風の槍が猛獣の『牙』のごとく伸び、その軌道にいる敵を貫く。

「そらっ! 喰らえっ!」

 対するエリスの金色の剣は、その刀身には輝く『金色』の焔を纏う。刀身よりも輝く金色の焔は、それを操るエリスの美しい金髪にも引けを取らない。その神々しいまでの金色の焔を纏った剣は、相手を『焼き斬る』。傷口は焼け焦げ、血は噴き出さず、敵は絶命する。仮に相手の身体が熱に強くとも、その内側にある金色の刃がそれを斬り裂く。

 それをより強化するのがエリス。その金色の剣をエリスは、まるで自分の腕のように、『無駄なく』、『速く』動かす。その残像が消えた場所には、すでに敵は存在しない。その速さはまるで『閃光』の如く。

 剣の銘は『金焔閃剣きんえんせんけん』。その剣と金色の焔は閃光となり、敵を焼き斬る。

 どちらの剣も、二人の称号の由来となっている。すなわち、二人を象徴する武器なのだ。

 二人が通ったところには、すでに『敵だったもの』しか存在しない。それどころか、そこを中心として、魔物の死体が転がっているのみ。あるものは四つに裂け、あるものは貫かれ、あるものは焼き斬られている。後ろに流れる敵は、二人の手によって存在しなくなる。

「……ありゃあ凄いわね。」

 女は呟きながら、軍勢の後方にいた普通サイズのオオムカデと交戦する。この班はここに辿りついたら、それぞれで普通のオオムカデの排除、および足止めすることが仕事だ。その間に、リリアとエリスがオオムカデの変異種を倒すのだ。オオムカデの数は変異種を含めて四十一匹。

 オオムカデの変異種は、わらわらと蠢く毒々しいオレンジ色の何百本もの鋭い脚に、ギラギラと光る強そうな顎、その体は堅そうな黒光りする甲殻に包まれ、うねうねと動き回りながら、その巨体で二人を葬ろうとする。その動きと見た目は、生理的嫌悪感を誘う。

 さらに、通常のオオムカデとは毒の使い方も違う。通常のオオムカデは噛んで毒を注入するのみだが、こちらは毒を飛ばしてくる。その毒もかなり強力で、周囲の草はすぐに枯れ始めた。その堅さ、動き、力強さ、毒、巨体からして、Bランクに相当するだろうそのオオムカデ変異種は圧倒的存在感を放っている。

「やっ!」

「それ!」

 しかし、二人はAランクだ。それぞれが自分の武器をオオムカデ変異種に目がけて振ると、それだけで鋼鉄の剣すらも通さないであろう脚が何の抵抗も無く斬れる。オオムカデ変異種は、何百本もある鋭い脚をばらばらに動かして二人に反撃を加えるが、そのすべてを躱されるどころか、逆に再び斬られる。虫であるがゆえに痛覚を感じないとはいえ、体の一部を斬られたということはそれだけで動揺する。激昂したオオムカデ変異種は、尖った顎の先から毒液を噴出する。しかしそれすらもやすやすと回避され、ついに脚どころか胴体まで攻撃が及ぶ。透明の液体が吹き出し、そこらじゅうに飛び散った。

 そのあとも、変異種の攻撃は一切当たらず、リリアとエリスの攻撃は確実に変異種を追い詰めていった。そしてついに、

「やりました!」

「これで終りね!」

 二人によって弱らされ、体の節目をうまく狙って放たれた斬撃でオオムカデの変異種はついに、体が分かれる。

 弓なりになったり、うねったりして、その巨体を最後の抵抗とばかりに揺らす。そして、ついに、


 オオムカデの変異種は息絶えた。


「ぃいよっしゃあ!」

「これであとは楽だわ!」

 周りから喜びの声が上がる。見てみれば、周りのオオムカデも全部息絶えていた。これで、ボス個体は死んだ。あとは統率力が乱れた魔物を駆逐するだけだ。

 だが、そうはならなかった。

「は? お、おい、こいつら、まだ統率力があるぞ!」

「なんでだ!? 仮にあのでかいのがボスじゃなかったとしてもほかのオオムカデも死んだだろ!?」

 魔物の軍勢は、その数を減らしながらも統率力は乱れていなかった、。これに動揺した義勇兵の何人かは重傷を負い、中には息絶える者も出た。

「おい! 嘘だろ!?」

「こいつら、なんで乱れないの!?」

 周りから混乱の声が上がる。魔物とは言え所詮はFからEだ。この場にいる冒険者なら相手できるだろうに、動揺によって手元が狂い、さらに犠牲者が増える。わけのわからない状態に、混乱しているのだ。

「もうっ、なんでよ!?」

「とりあえずほかの魔物を倒しましょう!」

 リリアとエリスはそれぞれで分かれて魔物を倒そうとする。その瞬間、


 ドドドドドドドッ!


 遠くの方から、地震とともに低い音が聞こえてくるのを感じた。この場にいる全員が、だ。まさか援軍か、と音がする方向、つまり東の山の方向を見る。そこには、山の影があるのみ。

 否、『山が近づいてきている』。その大きな影は見た目では少しずつ、だが実際はものすごい速度でこちらに『左右に揺れながら』向かってくる。

 その姿は、近づくにつれて少しずつはっきりしてくる。まず、山の頭の上に長く二本の何かが飛び出している。そしてその山はどうにも、影だけ見れば不定形だ。まず、高さが『揺れて』いる。

 偶然か、神の悪戯か。義勇兵たちの疑念と恐怖が最高潮に達したタイミングで雲が割れ、月が姿を見せるとともに、その姿が浮かぶ。それは、


 圧倒的なまでに巨大な『百足』。


 先程まで、コブラのように体を起こして移動していたため、体を倒している今の状態では幾分か低いが、それでも見上げるほどの高さ。横幅は血のように毒々しい真っ赤な足を除いても四十mはあるだろうか。そして何よりもその長さだ。全体像は見えないが、最低でも五百mはある。

 その巨大な『百足』が姿を現したのだ。竜巻のようにうねり、地響きを立てて近づいてくるさまは、恐怖を通り越して諦めを呼び起こす。

 人間を何十人も同時に噛み殺せそうな強靭な顎、その一本が数mにもなるムチのようにしなる触覚、もはや数えるのすらためらわれる、人間の胴体を超えるほどの太さを誇る、どんな刃も通さないのではないかと錯覚するほどの血のように真っ赤な甲殻に覆われた、先端が槍のように鋭い脚、そしてその月明かりを反射して獰猛にギラギラと黒光りする分厚い体の甲殻。

 どれをとっても暴力的で、残虐で、暴虐で、理不尽なまでの巨大さと堅さと力強さ。巨大で鋭い数え切れないほどの脚を全てバラバラにワラワラと蠢かしながら、その巨体を這いずって近づいてくる。その姿は、どこか『怒っているよう』だ。

「う……そ……だろ……?」

「あんなの……ダメよ……」

「俺は……夢を見ているのか?」

「う、え、あ、うわあああああ!」

 義勇兵全員がその姿に呑まれ、呆然とする。そして、その中の誰かが悲鳴を上げた瞬間、

「キャアアア!」

「死にたくなあああい!」

「嫌だっ! 助けてくれぇ! ギャッ!」

「おい! おい! 大丈夫か!?」

 義勇兵の心は折られた。武器を捨て逃げ出す者、パニックになり他人を盾にして逃げ出す者、慌てた結果魔物に襲われて息絶える者、その場に蹲って泣き出す者。もはや、秩序のある行動が取れる者など半分もいない。

「くっ! あんなのって反則よ!」

「そんな……あれって……」

 それは、修羅場をくぐって来た二人ですら例外でなかった。それでも、まだ理性を保ち、武器を構えて巨大な百足を待ち受けているのだから大したものだ。

 彼女らは後悔していた。なぜ、オオムカデの習性を忘れていたのか。

 オオムカデは『番』で行動する。あの軍勢にいたオオムカデの数は『四十一匹』だ。奇数、つまり一匹足りないのだ。そこを何故、疑わなかったのか。

 そして、もう一つの習性。オオムカデの体液は『仲間を呼び寄せる』。噂の域を出ない習性だったが、この場にいる義勇兵はそれを感覚で理解した。

 なぜなら、あの巨大な百足は……仲間を殺されて『怒っている』のだから。実際にはそれが分かるわけではない。だが、今の義勇兵たちには、巨大な百足は怒っているようにしか見えないのだ。

「もう、やるしかありませんね!」

「行くわよ!」

 リリアとエリスは、それでも後ろを守るべく前に立つ。

「お願いします!」

「お願い!」

 二人は、それぞれが契約している精霊から魔力を貰う。リリアは中級のDにあたる風属性精霊、エリスも中級のDにあたる火属性精霊だ。

 精霊から貰った魔力はより力強く、二人の中で渦巻く。

「やあああっ!」

「食らえ!」

 刀身にまとう風や焔の勢いが増したそれぞれの武器を、向かってくる巨大な百足へと振るう。狙う場所は、他の部分に比べて脆いであろう脚の節。

「う……そ……」

「こんなことって……あるの?」

 しかし、二人が放った斬撃は、その脚を斬るどころか中ほどにも届いていなかった。精霊の力を借り、さらに全力を込めた一撃も、通用しなかった。

 二人の攻撃はとてつもなく強力だ。その攻撃力だけなら、AAランクにすらひけをとらない。だが、その全力の攻撃も、この目の前にいる巨大な百足にとってはかすり傷にもならない。その強さは、推定で『Sランク』に届くだろう。

「きゃあ!」

「くっ!」

 攻撃は通らず、向こうの攻撃は一つ一つが一撃必殺とも言える。二人につけられた傷など気にもせず、巨大な百足はただ前進する。その過程で動く脚によって、二人は吹き飛ばされた。二人の事など、眼中にすらない圧倒的な強さ。エリスは当たり所が悪かったのか、気絶してしまった。

 その前進は、オオムカデの変異種の亡骸が転がっているところで止まった。義勇兵はパニックになり、騒いで逃げ惑ってはいるが、不思議と、リリアと巨大な百足の間には沈黙が走る。

 巨大な百足は、その自らの番を見るような動作をして、力なく脚を動かす。その姿は、自らの番の死を悲しみ、弔っているようだ。そんな中でも触角はせわしなく動き回る。そして、


 その触角が、二人を『捉えた』。


 二人は、ただ無言でその様子を見ているだけだった。そして、ゆっくり、ゆっくりと巨大な百足は二人に振り向く。

 無言で見上げる二人と、巨大な百足の間に緊張が走る。


 一瞬の沈黙、そして、


「―――――!」


 巨大な百足はいきなり、体を起こしてうねらせる。耳を貫くほどの高音で啼き、暴れまわる。

 その姿は、まさに『怒り』を表している。

 番を葬った二人への純然たる怒り。

 それを感じ取り、自分たちがターゲットにされたと思ったリリアは、即座にその場から逃げだす。

 しかし、怒り狂った巨大な百足はそれを許さない。その顎が、二人を捕らえ、貫かんと迫る。

 リリアは、自らの命が絶えることを悟った。

 その直前、


「―――♪」


 『歌』が、突然響き渡った。美しい、少年の歌声。今、この場には似つかわしくないほどの穏やかで、温かくて、優しい、短いフレーズを何度も繰り返す『歌』。

 パニックになった義勇兵が、勢いづいた魔物が、死を悟った二人が、そして怒り狂っていた巨大な百足までもが、その歌に呑まれる。その歌声には、『魔力』が込められていた。

 その穏やかな『歌』は、鼻歌であった。だが、この広範囲に聞こえるほどの大音量を鼻歌で出せるはずがない。

 鼻歌が聴こえてくる方向に、その場にいた全員が目を向ける。その方向は北。

 歩いてくるのは、この世界にはなじみがない服を着た少年。目も、髪も、服も、夜の闇のように真っ黒な少年が。

 その少年は、途中までは走ってきたが、全てが静止しているのを確認した瞬間、速度を緩め、ゆっくり歩いてきた。

 誰もがその少年を見つめる中、少年はあるところで立ち止まる。そこは、二人と巨大な百足の間。

「リリアとエリスか。大丈夫だったようだな」

 その少年は、二人を見てほっとしたように息を吐くと、巨大な百足に向き直る。

 その瞬間、少年から、先ほどまでの穏やかさとは真逆になる、威圧的な、圧倒的なオーラが放たれた。空気は一気に緊張感を孕み、一触即発の状態となる。


 少年は、そのオーラを放ちながら、巨大な百足を睨みつける。その拳は、固く握られていた。


「オーバーチュアは終わりだ」


 遊助の拳が閃き、一瞬で巨大な百足を跳ね上げた。

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