軍勢
「んー、今日はどうしようかねぇ」
俺は寝起きで働かない頭を頑張って動かしながら、ベッドの上に座って今日の予定を考える。
「ギルドには顔出しにくいしなぁ」
主に昨日のあれこれのせいで。あの後近くの飲食店でも同じような目で見られたからなぁ。帰り際になってあの二人は気づいたみたいで、謝ってきた。いやぁ、別に二人が悪いわけじゃないから、と言ってその場はしのいで分かれた。いやぁ、有名人って大変なんだねぇ。ジャリスさんがあんな風に隠居する理由も分かるってもんだよ。ジャリスさんへちょいちょい手紙が送られて来ていたけど、送ってきた相手の名前を見ただけで鬱陶しそうに燃やしていたからね。聞いてみたところ、学校やギルドや研究所からの勧誘らしい。
「とりあえず朝食だな」
俺はベッドから立ち上がり、欠伸を噛み殺しながら食堂へと降りていく。昨日の朝も食べたが、確かにここの朝食は美味しい。決して豪華というわけではないが、素材を上手く使っている感じがする。決して舌が肥えているわけではないが、この料理のよさは分かる。
さて、今朝のメニューはご主人御手製のジャムとパン、それにベーコンエッグとポタージュ、デザートによくわからない果物、飲み物は牛乳だ。
うん、朝から結構な量が出るな。基本的に朝食はしっかり食べる方だが、これは中々多い。だが、これがまたあまりの美味しさにすんなり完食できちゃうのだ。
さて、食べながらゆっくり考えるとするか。
「今日は……あ、いいこと考えた」
俺は全部空になった食器を重ねて、立ち上がる。
「図書館に行こう」
思い立ったが吉日、即時行動だ。
■
俺は魔物の知識に乏しい。時間の都合上、俺がジャリスさんの元で習ったのはEランクまでの魔物の特徴だ。だから、俺はそれ以降の魔物について調べることにした……のだが……。
「こっちのほうが面白そうなんだもんな」
俺は『魔物の習性』という本を取っていた。魔物について一種類ずつ調べるのは、正直面倒くさい。こっちの豆知識集的な本の方が面白そうだ。
「えーと、内容は」
魔物は、主に群れで行動する。また、群れの中でも規模が大きい群れは『軍勢』と呼ばれる。
ボスになる個体は主に、変異種と上位種がなる。
まず、魔物の群れは基本的に同じ種類で統一されている。だが、ほんのたまに、複数種類の魔物が混ざったタイプの群れも存在する。前者は『統一型』の群れ、後者は『混成型』の群れと呼ばれる。
その理由はまちまちで、縄張り争いに負けた側が傘下についたりとか、圧倒的な力を見せつけて子分にしただとか。
そうなると、群れのボスは群れの中の一番の上位種から選ばれるのだ。上位種とは、魔物AとBがいて、Bが強かった場合のBのことだ。つまり、『BはAの上位種』となる。例えば、ゴブリンとコボルドだったらコボルドが上位種だ。この例で続けると、ゴブリンとコボルドが混ざった群れだったら、コボルドが群れのボスとなる。
一般的に、統一型と混成型では混成型の方が脅威となる。種類が多いと言うのもそうだが、大体の場合が、複数の種類を纏めるほどのボスがいることが厄介だ。それだけ強く、賢いと言うことである。場合によっては『軍勢』になり、人里や街への襲撃もあり得るし、そうでなくとも他の魔物の縄張りを奪って勢力を増す場合がある。こうなる前にいかに群れを滅ぼすかが生死の境目となるのだ。場合によっては生態系ががらりと変わることもあり得る。
「なるほどなぁ……」
俺はここまで読んで呟く。こりゃあ、なんともリアルな話だ。確かに、数というのはそれだけで脅威になりえる。それが徒党を組んで街を襲ってくる場合もあり得るのだから、怖い話だな。
他にも、いくつか面白い内容があったため、そのあたりを頭の中にメモして、俺は一旦昼食をどこかで食べることにした。
■
結局、俺はギルドに行くことにした。昼食を終えた後も図書館で本でも読もうと思っていたのだが、何となく体を動かしたくなったのだ。本当に何となくだが、この勘というやつは非常に重要だ。小さい頃、家の近くの公園に出かける予定だったけれど、何となく出かけたくなくなったので家でテレビを見て過ごしていたことがあった。俺は、公園の中でもジャングルジムがお気に入りで、一日中それで遊んでいたこともある。
だが、その日にジャングルジムは遊べなくなったのだ。
理由はトラックが居眠り運転で暴走して猛スピードで突っ込んだから。それで、何人かの死傷者が出ている。そして、そのトラックによってジャングルジムは無残に破壊されたのだ。
なんとなく、その日に遊びに行きたくなくならなければ俺はあれの巻き添えを喰らっていたかも知れなかったのだ。そう考えると、勘というか、虫の知らせはバカにできない。オカルトと言っちゃそれまでだが、すでに今の俺の境遇がオカルトだ。いまさら幽霊や宇宙人が出てきてもちょっとびっくりする程度だろう。
そんなわけで、今俺はクエストの掲示板をあさっている。ギルドに入った時にどぎつい視線をたくさん頂戴したが、スルーだスルー。えっと、昨日のに比べて加わっているのと言ったら……。
・ハー遺跡の調査、探検『報酬なし・ただし手に入れたものは自分のモノとしてよい』
・東の山の調査『報酬は成果による』先日の調査によって『オオムカデ』が生息している可能性ありと推察される。
おお、もう昨日の成果が影響されているのか。それと、遺跡の調査もあった。確かこのハー遺跡は高くてもEランク程度の魔物しか出なかったはずだ。
「よし、これにしよう」
俺はハー遺跡の調査をすることにした。その用紙を持って俺はカウンターへと行き、クエストを受注する。
「よう、クソガキ、ちょっといいか!」
その直後、後ろから威勢よく声をかけられた。……異世界物あるあるだな。
「はい、何でしょうか?」
俺はいやぁな予感を感じながら振り向くとそこには……うわっ、またテンプレだ。百八十cmぐらいのマッチョなおっさんが三人、にやにや下品な笑いを浮かべている。
「クソガキ、てめぇ、先輩に対して上納金とかねぇのか? あぁっ!?」
先ほど声をかけてきたのと同じ男が、声を荒げて恫喝してくる。
「おや? そんな決まりなんてありましたっけ?」
俺はそう言ってわざとらしくギルドの職員を見る。すると、ギルド職員は呆れたように首を横に振った。ああ、いつものことなんだ。新人いびりですね、分かります。
「だそうですよ。上納金とは言いますが、まず僕はそんなに持ち合わせがないので」
と言いつつ、俺はその人のわきを通り過ぎようとする。
「おうこら! てめぇこの俺様に向かってなんて口きいてんだゴラ!」
そんな俺の胸倉を乱暴にひっつかもうとするため、
「危ない!」
俺はジャリスさんに鍛えられた反射神経でそれをひらりと回避する。その後、後ろの男たちも連携で掴みかかってきたので、それも回避する。うーん、それにしても周りの人はもっと助けに来てくれてもいいんじゃないかなぁ。……あ、こりゃあ期待が薄いや。なんかもう、『お手並み拝見』って目をみんなしている。
「クソガキが! ちょこまかしやがって!」
「てめぇは『金閃剣』と『銀爪牙』のヒモか!?」
「知り合いだからって守ってくれると思ってんじゃねえぞ!」
あー、今日になって絡んできたのはそう言うことか。あの二人どんだけ凄いんだよ。あ、こいつら『レインフォース』使ってやがる。こんな公共の場でまぁ。
「まぁまぁ落ち着いて下さいよ。ここで騒いだって何の得にもなりませんよ」
「うるせぇ! とっとと掴まれ!」
「えー、そんな馬鹿な……」
日本でも不良とかイカレポンチはいたけどここまでの奴には遭遇しなかったな。まさにバカだ。
「―――♪」
俺は鼻歌を歌いながらそれを回避し続ける。穏やかな、ゆったりした音色の温かい、短いフレーズを繰り返し続ける曲だ。
「余裕こいてんじゃねぇぞ! そのよゆ……う……」
歌いながら回避していくうちに、男たちの攻撃の手がやんだ。鳩が豆鉄砲を食らったような顔で俺の事をぼーっと見ている。周りも、驚いたような顔で俺の事を見ていた。落ち着いたか。
「ふぅ、落ち着きましたか。これからはやめてくださいね。お互いに得なんてしないんですから」
俺は歌を止め、そう言ってその脇を通り過ぎる。
「お、おう……」
男はきょとん、としたまま、そう返事をした。
そのまま俺は、ギルドから出た。
「……さらに目立った気がする」
俺は誰にも聞こえないように、ぼそりと呟いた。
■
「『弱く(ピアノ)』」
俺は指揮棒を軽く振り、ゴブリン五匹へと向ける。すると、指揮棒から魔球が五つ出てゴブリンに命中し、一瞬で命を奪った。
とんでもなく使い勝手がいいぞ、この指揮棒は。魔力のコントロールがしやすくなった。今まで手でやっていた強弱の調整だが、どうしてもオーバーキルになりがちだった。だが、指揮棒を使い、魔力の量を『音の強弱ダイナミクス』に見立てることにより、コントロールが飛躍的にしやすくなったのだ。特に無属性魔術はその恩恵が大きい。これは指揮棒の性能が無属性と特に相性がいいからだろう。
ただ、ゴブリン相手だと、『ピアノ』でも結構オーバーキルだ。魔力の範囲は俺の魔力基準であるため、『ピアノ』でも普通から見たら結構な量が出る。『ピアノ』であれぐらいの威力なら、Eランクくらいまでは一撃で倒せるだろう。うーん、俺は自分で言うのも何だが魔力の総量が多い。音の強弱に例えると『強弱幅ダイナミクスレンジが広い』とでも言おうかね。……あ、すっごい恥ずかしくなってきた。今の、自分の力をちょいちょい音楽で例えている台詞。これは思い切り『中二病』と呼ばれる部類だろう。あー、そう考えると、顔のパーツが真ん中に寄った『あの絵』で脳内再生されるな。『あの絵』って自分のそう言う発言を恥ずかしくさせる効果があるよな。一時期、俺も中二病発症者だったんだけど、『あの絵』のおかげで卒業できたんだよなぁ……。
しかし……どうにも、また『再発』したかもしれないな。
だって、ここ異世界だし、精霊いるし、魔術使えるし、そして、今いる場所が……
「遺跡なんだもんな」
そりゃあテンションあがって再発もしますわ。だって周りを見れば薄暗くて、サイドにはぼろぼろになった石壁。そして、そこらに書いてあるよくわからない壁画。さらに魔物。この状況になったらテンションが上がっても仕方がないだろう。
そう、今俺はハー遺跡の中にいる。シンベラから北に徒歩で三時間ほどのところにある。俺は実質精神的以外には疲れないので、徒歩で来た。ついてから一時間ほど探検したが、中にいる魔物はやはり、強くてもEランクだった。人がいないおかげでここでは無属性魔術が人目をはばからず使える。この遺跡はその難易度の低さ故に、とっくに目ぼしい物は取り尽くされてしまったのだ。また、新しい遺跡が発見されるたびにこの遺跡の優先度は下がっていき、しまいには一年に両手の指の数を超えるくらいの冒険者が来れば多い方、という始末になった。
だが、今の俺には好都合だ。無属性魔術が遠慮なく練習できる環境というのはありがたい。いやぁ、本当は能力さらけ出して『俺TUEEE』とかやりたいんだけど、ジャリスさんの言葉を聞くとそんなのやりたくなくなるね。だから、俺はジャリスさんの言うとおりにゆっくり力をさらけ出していって、最終的に『俺TUEEE』をやろうと思っている。……出来るのか?
お、見つけた。
「『とても弱く(ピアニッシモ)』
心の中で今の状況を振り返りながら、俺は進行方向に向けて指揮棒を小さく振る。すると、魔球が三つ飛び出して、それらはその方向にいたリザード三匹にそれぞれ命中した。しかもそれで全部倒せてしまった。
うーん、考え物だ。脅しに使う程度となると、これより下の段階は『出来るだけ弱くピアニッシシモ』しかないが、そうなると本当に出来るだけ弱くになってしまい、効果を発揮しない。
魔力の総量が多すぎるせいで、『ピアニッシシモ』、『ピアニッシモ』、『ピアノ』、『少し弱く(メゾピアノ)』、『普通の大きさで(オルディナリオ)』、『少し強く(メゾフォルテ)』、『強く(フォルテ)』、『とても強く(フォルテッシモ)』、『出来るだけ強く(フォルテッシシモ)』の9段階では正直言って一つ一つの差が大きすぎるのだ。うーん……あ、そんなに悩む必要ないじゃん。
考えてみれば、音楽の強弱記号はあくまで『目安』であって、その中でも細かい強弱はある。同じ『メゾフォルテ』でもその中で強弱があるのだから、そのイメージでやればいいだろう。
『ピアニッシモ』
遭遇したゴブリン相手に同じ『ピアニッシモ』をぶつけてみても、頭に当たってのけ反った程度で済んでいる。よし、成功だ! イメージって大切なんだな。
この後、練習を重ねた結果、口で強弱を言わずともコントロールを出来る程度に成長した。音楽、マジ偉大。
■
ここで俺は、まだ使ってない無属性魔術を練習することにした。
一つ目は中級魔術『サーチ』。これはリリアとエリスを見つけた時に使った魔力を探査する魔術で、相手の魔力パターンを覚えていれば場所や大きさや強さだけでなく、誰がそこにいるのかも分かる。ただ、探る相手が生物限定であるということと、範囲は自分を中心にした同心円状にしか探れないこと。細かい範囲は決められないのだ。
二つ目は中級魔術『音探査』だ。これは俺のオリジナル魔術で、簡単に言うと音響探査の魔術バージョン。音を飛ばして、音の反射の時間や音量で何がどこにあるのかが分かる。これは普通の人には使えないが、俺は、自画自賛になってしまうが耳がとてもいいため、大雑把にはわかる。ただ……あまりにも大雑把なため正直これは使いたくない。なんか変な音がたまに聞こえてくるせいで気持ち悪くなるし。
三つ目は上級魔術『飛行』だ。某宇宙人が沢山出てくる格闘ロマン漫画で空を飛んでいるあれのイメージで、これもオリジナル魔術だ。前々から頑張って開発はされていたらしいが、いかんせんコントロールが難しすぎてとん挫しているそうだ。かくいう俺も正直、『飛行』というかちょっと滞空時間が長いジャンプ程度しかできない。
四つ目が下級魔術『音増強』だ。これは対象の音を大きくする魔術だ。声を大きくして連絡や警告に使ったりする。これは一般に普及している無属性魔術の一つで、これが付与された魔道具が金貨七枚ほどで売っている。魔術の効果がついた装備は高いんだな。
最後に、これがまた恐ろしい中級魔術『洗脳』。これは、そのまんまの意味の洗脳だが、大量の魔力を使うか、よっぽど意志とイメージを固めないと思い描くような洗脳は出来ない。普通にやったらせいぜい、興奮状態にするとかちょっと落ち着かない状態にするとか、そんな程度だ。いかんせん、精神というのは人間の中で一番ブロックがかかっていると言っても過言ではない。ここに、抵抗を破ったうえで『干渉して』、『操作する』。この手順がべらぼうに難しいのだ。気分的にもあまりいいものではないので、あまり使いたくないな。使うとしても何かしらの工夫が必要だな。
他にも、普段練習できない水属性の練習もした。火属性は屋内だと危ないから規模の小さい魔術しか使えない。
……ふぅ。大分練習したな。そろそろ暗くなってくるころだろう。あー、それにしても練習に夢中になりすぎたな。屋内だから外の様子がわからなくて、時間も失念していた。遺跡から出てみると、もう太陽は沈みかけていた。くっそ、ここからまた三時間かけて帰るのか。面倒くさいけど、宿代がもったいないからな。
ため息を吐きながら帰路につこうとしたとき、遠くの方で結構な人数の人がこちらに向かってくるのが見えた。こっちからも歩いて近づき、様子が見える距離となった。人数は外にいるだけで十人程度、馬車は三台で中の人数は不明。なんだか急いでいるように見える、というかあれは絶対急いでいる。
「何かあったんですかー!?」
俺は声を張り上げて質問する。すると、向こうも俺に気付いたみたいでこちらに近寄ってきた。
「君はこんな時間にこんなところで……いや、今はいい。私たちが急いでいるのは、逃げているからだ! 魔物からな!」
先頭の馬車の御者をやっていた人が俺の前に降りてきて、そう説明してくれた。
「魔物? 一体何が……?」
そこらの雑魚に襲われた程度ならここまでびくびくしないだろう。護衛らしき冒険者もいるし。俺がいぶかしんでいると、その男の人は恐怖に染まった声で大声で言い放った。
「シンベラが『魔物の軍勢』に『襲われた』んだよ!」
「なっ!?」
俺は驚愕で、しばし固まった。




