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調査

話をしよう。

 あれは今から三十六万……いや、一万四千年前だったか。

 まぁいい。俺にとっては地球にいた頃の出来事だ。

 ……とか黒い服を着た人のモノマネはさておき。それとそんな前の訳がないよな。

 俺がまだ地球にいた頃の話だ。俺は手品部と吹奏楽部に所属していた。では、俺は吹奏楽部で何をやっていたのか。フルート、トロンボーン、コントラバス、パーカッション……実は、全部『違う』。そもそも、俺は吹奏楽部内ではまともに『楽器をやっていない』のだ。では、何をやっていたか。


 それは『指揮者』だ。


 学校の吹奏楽部は、顧問の先生だったり、外部の講師が指揮をやっていることが多い。その一方で、生徒自身が指揮者をやっている部活も存在する。俺が通っていた学校はそのうちの一つで、指揮者をやっていたのは俺だ。

 奏者たちの指標となり、音楽全体を導く。指揮者一人で演奏の質や性格がガラッと変わることがあるほど、指揮者は『全体に』影響を及ぼす。俺は、そんな役割を担っていた。

 さて、そんな俺がこの異世界に来て、この杖に惹かれるのはもはや必然だろう。いやはや、ジョーカーには感謝せねばなるまい。普段のおふざけがなければ本当に良かったんだけどな、本当に。

 デザインからして、この杖は明らかに『指揮棒』だ。皆さんご存知、指揮者が持って振っている棒の事だ。

 いやぁ、この世界で指揮棒が見られるとは本当に思わなかったね。この世界にも音楽はあるし、指揮者もいる。しかし、この世界の指揮者は昔の地球よろしく指揮杖を使うのだ。

 ちなみにこの指揮棒、確かに魔術に使う杖なのだ。それも、ものすごい効果を秘めている。しかし、それはこの世界の人には気づけないだろう。火でも、水でも、風でも、地でもない……この指揮棒は『無属性の杖』なのだ。そのくせ、他の属性も普通に使えたりするからこの世界の人は気づかなかったのだろう。だが、この指揮棒は、俺にとってはとんでもなく価値があるものだ。白い部分はプラスチックで、持ち手の部分はコルク、というのが地球の指揮棒だったが、この指揮棒はどちらも違う感じがする。重さは変わらないのだが、硬さというか耐久度が違う。地球の指揮棒はちょっと力を加えれば折れてしまうが、こっちは俺が『レインフォース』を使って全力を出しても折れる気配がない。何か変だが、悪いと言う事はないだろう。

 正直、一生懸命溜めて大金貨を一百枚単位で払ってでも買っていただろう。それを、値切ったうえで、金貨五枚で買っちゃったわけだが。

「~♪」

 そんなわけで、俺は口笛を吹きながら宿への帰り道をスキップで移動していた。いやぁ、気分がいい。周りの人が変なものを見る眼を向けてくるがそんなの気にならないくらいだ。ただ、

『きゃー助けて! 変人よ! 頭のおかしい人がここにいるぅ! キャキャキャキャ!』

 ジョーカーだけはむかつく。こいつめ、さっき評価を改めてやったのにまた下方修正だ。うーん、しかし、こいつはもしかして俗にいう『ツンデレ』、またはそれに近い奴ではないだろうか。こうして肝心な時にまともになり、普段はバカやってるが、実際はそのバカは照れ隠しだったりして……。

 ふむ、そうなるとこいつもいい奴に見えるな。俺と同じ音楽家の殺人鬼も『ツンデレは嫌な奴でもいい奴に見える魔法の言葉』だと言っていたしな。

 俺はそう考えながら、自分の部屋に戻る。そして、そこではたと気づいた。

「防具見てくんの忘れた……」

 指揮棒を手に入れた嬉しさでついやっちまった。いや、むしろやらなかったのか。後悔先に立たず、後の祭りでピーヒャララ、だ。

『キャラキョレキュロ! ばーかばーか!』

 ジョーカーが器用な笑い方をして俺をバカにする。いや、ちがう、そう……ツンデレツンデレ……。


 ……そもそも俺はあまりツンデレが好きじゃなかったな。


                ■


 さて、昨日の失態は忘れて、今日はこの辺でクエストでも受けるとしよう。この街は、初心者を卒業した冒険者にとって非常に優しい街だ。

 周辺にはF~Eランクくらいの魔物がいて、ほんのちょっと遠出すればE~Dくらいになる。それに、ここは交通の便の観点から見てもそこそこいい場所であるため、自然と街が栄えるのだ。そうなると、店が一通りそろってきてさらに便利になる。冒険者はE~Dのあたりが一番多いため、この街が栄えるのは半ば必然ともいえるだろう。

 さて、そんな街の周辺で受けられるクエストは、と……。

 ・リザードの討伐『制限なし・歩合制』一匹につき銀貨一枚

 ・コボルドの討伐『制限なし・歩合制』一匹につき銀貨一枚

 ・東の山の調査『報酬は成果による』最近、東の山の魔物が異常に減っているため、それの調査

 あたりが無難かな。この上二つで制限なしになっているのは、一番下の調査の理由からだろう。ゴブリンとハウンドドッグは最低限のノルマがあったが、こちらは数が減っているためノルマを設けなくてもよいのだ。ふむふむ、上二つは常時依頼らしいし、どちらも受ける、と。東の山にどちらも生息しているらしいから調査も受けるか。東の山はここから一時間ほど徒歩で歩いたところにある。さてさて、じゃあ行きましょうかね。


                ■


「それ!」

 リザードと遭遇したため、俺は『テレキネシス』で二つの物体をそれぞれに飛ばした。それらは、一瞬でリザードの喉を切り裂き、命を奪う。

「なるほどな。こりゃあ便利だ」

 俺は再び『テレキネシス』を使ってその物体を回収する。それは、二枚の『トランプ』だ。

 俺が地球から持ってきたトランプには『ハード』、無属性下級魔術『保護(プロテクト)』、無属性下級魔術『鋭利化(シャープ)』がかけられている。これで、硬くなり、汚れなくなり、よく切れるようになる。

 魔術を物にかける場合、その『イメージ』に効力が左右される性質上、魔術を使う人間の、その『物に対する理解や思い入れ』に効力が影響を受ける。理解や思い入れが強いほど、効果を強く発揮するのだ。

 地球から持ってきたこのトランプには、結構な思い入れがある。というか、地球から持ってきた物は全部手品の道具であるのと、地球の物である、ということで結構な思い入れがあるのだ。だから、普通の紙だったトランプがここまでの威力を発揮する。これは、上手くやればいろいろ応用できそうだな。

 ちなみに、こうして無属性魔術を惜しげもなく使っているのは人目が全くないからだ。本当は普段の練習のためにも風と地属性の下級魔法でやるべきだが、それだとどうしてもストレスがたまる。こうして発散するのも大切だ。

「ううん、それにしても、確かに少ないな……」

 この山に入ってからもう四時間は経っている。なのに、未だに倒せたのはさっきのを含めてリザード五匹、コボルド三匹だ。遭遇した魔物は全部倒しているから、やはりこれは異常だ。

 魔物の数が極端に少なくなる理由としては、異常気象、食糧不足、そして縄張り争いだ。

 異常気象は無いらしいし、周りの実りが多い木々を見れば二つ目もないだろう。となると、三つ目か。

 縄張り争いの原因としては、変異種の発生か、新種の発生か、他地域からの魔物の流入がある。どれも生態系がひっくり返ることがあるので、無視できるものではない。

「あー、こりゃあヤバいことになるかもなぁ」

 俺はそう呟きながら、リザードの死体を丸ごと回収する。その直後にふと視線を移すと、洞窟を見つけた。ああいった洞窟は魔物の巣になっている場合が多い。

「どれどれ」

 近づいてみると、どうにも妙な跡があるように見えた。

 まず、地面には大きなものが這いずったような跡。長さは、一mはありそうだし、横幅も十cmはありそうだ。そんな跡が複数ついている。それと……おおう、中々リアルな光景だ。リザードとコボルドの死体が一つずつ転がっているが、どちらも無残に貪り食われた跡がある。その傷は、縦に走らず『横』に噛み千切られた感じだ。サイズを見れば結構なものだと分かる。となると、どうにも獣じゃなさそうだ。

「これはサンプルとしてとっておこう」

 死体を回収し、ついでに地面の跡をスケッチする。絵は得意ではないので出来は微妙だったが、無いよりはマシだろう。

「さぁ、退散だ」

 跡のサイズからして、あきらかにこの『何か』は大きいだろうし、噛む力も強そうだ。場所的に、ここはその『何か』の巣穴に見えるので、遭遇しないように離れなければな。


                ■


「ありがとうございました。これは、恐らく『オオムカデ』の仕業だと思われますね」

 ギルド職員に資料を渡すと、お礼の後にそう言われた。

「『オオムカデ』ですか?」

 それは日本でも聞いたことがある。あの八cm~十三cmくらいまである毒々しい百足ムカデだ。夜行性で、温かくて暗い場所を好むためたまに布団の中に入ってきて噛んだりするあんちくしょうだ。毒も死にはしないが強烈で、とてつもなく痛いらしい。結構獰猛で、小型の鼠程度なら捕食してしまうレベルだ。

 しかし、それじゃああの這いずったような跡は何なんだ?明らかに大きさが合わないし、そもそもコボルドやリザードに勝てるとは思えない。

 どっこい、話を聞いてみるとその認識が間違いだった事がわかる。体長一m前後、幅は十cm前後の滅茶苦茶でかい百足なのだ。番で行動する習性があり、顎の力は強く、相手に巻きつく力や毒も中々の物らしい。また、這いずっているくせに音を意外と立てず、後ろから忍び寄られて襲われ、そのままお陀仏、というパターンはたまにあるらしい。それと、これは噂の域を出ないが、その体液は仲間を呼び寄せるそうだ。

 なるほど、百足だから噛まれた跡が横に広がっていたのか。

 その危険度からDランクに値する。あの山を越えたもう一つ向こうの森に生息しているらしいから、どうにもこれは魔物の他地域からの流入の様だ。あの規模でコボルドとリザードが減っていると言う事は、それなりの数が流入してきたと思われる。

「これは一度、会議を行う必要がありそうです。有用な情報をありがとうございました。報酬は、リザード五匹とコボルド三匹で銀貨八枚、調査依頼では有用な情報を頂けましたので大銀貨一枚、あと素材の売却でリザード一匹につき大銅貨八枚で銀貨四枚、コボルド一匹につき大銅貨9枚で銀貨二枚と大銅貨七枚です。合計、大銀貨二枚と銀貨四枚と大銅貨七枚です」

 俺はその報酬を受け取り、ギルドを後にしようとした。その時、

「またあったわね、ユウスケ」

「く、クエストを終えたところですか? お疲れ様です」

 リリアとエリスに声をかけられた。

「ん? おう、今終わったところだな」

 俺はそう返事をする。何か、周りがざわめきだした。

「あの『金閃剣』と『銀爪牙』か?」

「ああ、ありゃあ間違いねぇ。あの可愛さと装備は絶対そうだ。」

「何でこんなランクが低いところにいるんだろうな?」

「さぁね。ところで、あの声かけられた男の子は誰よ?」

「分からないわね。ただ、受けたクエストと装備を見る限りFかE、高くてDと言ったところね」

「その割には親しげに話してるな?」

 ……目立っていた。思い切り目立っていた。この二人はかなり有名人なのだ。実力良し、見た目良し、実績良し、装備良し。そんな美少女二人に声をかけられたのがランク低めのさえない男。……こりゃあ目立つよなぁ。いやぁね、目立つこと自体には抵抗は無いわけよ。手品師であり音楽家なんだから目立つのが嫌とかそんなのあるわけがない。でもさ……こういう目立ち方は嫌だな。この、部活で先輩に目をつけられたかんじ。こう、有力な先輩と偶々仲が良かったせいで妬まれるみたいな。しかも相手は人数も多いし、力も強いし、気性も荒い人が多い冒険者たちだよ? 今の俺? ははは……全身全霊の演技力を使って二人と自然に会話をしながら色々な思惑の籠った視線にさらされておりますとも、ええ。

「ど、どうですか? この後一緒にお夕飯でも」

「あら、いいじゃない。どう?」

「ああ、じゃあご一緒させてもらおうかな」

 そんなわけで、俺たちはギルドを後にした。視線がより厳しいものに変わったが、とりあえず逃げられたから良しとしよう。……暗い夜道と裏路地には気をつけなきゃな。


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