第七十話 奪った釜の使い道
和木原の使者が取り戻しに来たのは、麦ではなかった。
「先日の戦で笠森が奪った大釜を、お返しいただきたい」
奥田弥五郎は、いつもの柔らかい笑みを浮かべていた。
だが、その声に普段の余裕はない。
久住宗介は、片瀬弥四郎の後ろで使者の顔を見つめていた。
川沿いの旧道で和木原の兵を退けた際、笠森は麦三俵と大きな鉄釜を奪っている。
麦は蔵へ収め、食えることも確かめた。
一方、大釜は洗って火所の脇へ置いたままだった。おきぬが使い道を考えていたものの、既存の竈には大きすぎる。新しく火を据える場所を作らなければ、飯を炊くにも使えなかった。
それを和木原が返せと言ってきた。
「返す理由を聞こう。あの釜は、笠森へ兵を進めた和木原が、軍荷として持ち込んだものだ」
弥四郎は落ち着いていた。
奥田は深く頭を下げる。
「和木原は川筋の警固に出たのであり、笠森を攻めたつもりはございませぬ。荷車が動けなくなったところへ笠森の兵が押し寄せ、軍荷を取り上げたと聞いております」
「こちらへ矢を射たことは聞いておらぬのか」
「双方に行き違いがあったのでしょう」
宇平次の顔が険しくなった。
「行き違いで矢が飛ぶものか。こちらには負傷者も出ている」
奥田はそれ以上、言い争おうとはしなかった。
ただ、大釜を返してほしいという話へ戻した。
「主膳様は、釜を返していただけるなら、今後の川筋について改めて話し合う用意があると申しております」
宗介は、その言葉に違和感を覚えた。
麦三俵ではなく、大釜。
和木原は麦を買い集めている。槙尾の荷宿でも、まとまった買い入れを進めていた。
だが、釜は麦ほど簡単には揃わない。
鉄が要る。
鍛冶が要る。
しかも大勢の飯を一度に炊けるほどの釜となれば、金を積んだからといって、すぐに手に入るものではないだろう。
和木原が兵を集めている今だからこそ、その大釜が必要なのだ。
宗介は弥四郎の背中を見た。
若い城主も、同じことを考えているらしかった。
「奥田。和木原には釜が要るのだな」
「大勢の兵を養うための道具にございます」
奥田は否定しなかった。
「笠森が持っていても、今の竈には合わぬと聞いております。使わぬ釜を抱えるより、返していただいた方がよろしいのでは」
よく調べている。
宗介は内心で舌を巻いた。
笠森の火所に大釜が置かれたままであることまで、相手は知っている。
だが、使っていないから価値がないわけではない。
いつか大勢の兵を養うことになれば、笠森にも必要になる道具だった。
弥四郎はしばらく黙った。
そして、奥田へ言った。
「返すことを考えぬわけではない。ただし、ただで返すつもりもない」
奥田の目がわずかに細くなった。
「若様は、代わりに何をお求めになりますか」
「黒谷だ」
広間が静まった。
宗介は思わず顔を上げた。
黒谷。
和木原の兵に入口を押さえられ、彦蔵たちが追われた炭焼きの谷である。
先日、和木原の兵が勝手に炭窯を開け、山火事を起こしかけた。彦蔵と太助が駆けつけ、どうにか火を抑えたものの、窯へ戻ることは認められなかった。
今も十人余りの兵が谷口を守り、麦を背負った人足が古炭道を往復している。
弥四郎は続けた。
「黒谷から兵を退けよ。彦蔵たちが自分の窯へ戻り、炭を焼くことを妨げるな。それを約するなら、大釜を返す話に応じよう」
奥田は笑みを消した。
「黒谷は川筋の警固に必要な場所と聞いております」
「警固と言いながら、炭窯を勝手に開けて火を出した。窯を守る者を追い払い、炭も焼けぬ兵が居座っている。それが川筋を守ることになるのか」
奥田はすぐには答えなかった。
宇平次が腕を組む。
「黒谷の入口には、今も十人余りの兵がおる。あの者たちを食わせる麦も、毎日運んでいるそうだな」
「必要な警固であれば、兵糧を運ぶのは当然でございます」
「その警固で、何を守った。炭窯か、それとも和木原の面目か」
宇平次の声は低かった。
奥田の表情がわずかに硬くなる。
宗介は、そこで初めて口を開いた。
「奥田殿。黒谷へ兵を置き続けるには、これからも麦を運ばなければなりません」
奥田がこちらを見る。
「久住殿は、また兵糧の話ですか」
「はい。私は兵糧方ですから」
宗介は一度息を整えた。
「和木原の兵は黒谷へ入れました。ですが、炭を焼く彦蔵さんたちは笠森へ来ています。窯も火を出したばかりで、すぐには使えないそうです。それでも兵を置き続けるなら、食べ物だけが減っていきます」
奥田は黙っていた。
「和木原にとって、黒谷を押さえることが大事なのは分かります。ですが、炭が取れず、兵糧だけを使い続けるのは、得の多い仕事なのでしょうか」
「笠森へ炭を渡さずに済みます」
「そのために、毎日麦を運ぶのですか」
宗介は言葉を切った。
奥田は何も答えなかった。
黒谷を押さえれば、笠森へ炭が届かなくなる。
それは確かに痛い。
火所で使う炭が細れば、商人の荷を乾かす仕事も、鍛冶の火も制限される。
だが、和木原も兵を遊ばせているわけではない。
兵が十人余り。
麦を運ぶ人足も七、八人。
合わせれば、毎日相当な量を食うはずだった。
しかも、あの山道は荷車が通れない。
和木原の渡しから人の背で運ぶしかないのである。
「主膳様へ、お伝えいたします」
奥田はやがて頭を下げた。
「ただし、黒谷から兵を退くことと、大釜を返すことを同じ値で扱ってよいかは、私には決められませぬ」
「ならば、主膳に聞け」
弥四郎は静かに答えた。
「笠森は釜を隠さぬ。返す用意があることも伝えよ。ただし、黒谷の兵が引くまでは渡さぬ」
奥田はもう一度頭を下げ、広間を辞した。
その背中が見えなくなると、宇平次が口を開いた。
「若様。あの釜を返すのですか。せっかく戦って奪ったものです」
弥四郎は頷いた。
「惜しいとは思う。だが、釜一つで黒谷の兵が退くなら、笠森にとっては大きな得だ」
「和木原が約束を守るとは限りませぬ」
「それも分かっている。だから槙尾にも見届けてもらう。釜を先に渡すつもりはない」
宗介は、若い城主の判断を聞きながら考えていた。
奪った大釜を返す。
それだけ聞けば、せっかくの戦果を手放すことになる。
だが、黒谷を奪い返すために兵を出せば、どれだけの飯が要るだろう。
さらに負傷者が出るかもしれない。
城門を守る兵も減る。
戦って勝てる保証もない。
釜一つで、それを避けられるなら。
宗介は庭へ視線を向けた。
大釜は、今も火所の脇に置かれている。
鉄の厚い、立派な釜だった。
だが、あの釜で炊ける飯より、黒谷が再び炭を焼けるようになる方が、長い目で見れば笠森を支えるのかもしれなかった。
◇
奥田が返事を持ってきたのは、翌日の昼過ぎだった。
使者は前日と同じように広間へ通されたが、今度は一通の書付を持っていた。
「主膳様は、釜の返還と引き換えに、黒谷の警固を解くことを認められました」
その言葉に、宇平次が顔を上げた。
宗介も思わず身を乗り出す。
奥田は続けた。
「ただし、黒谷で焼いた炭を笠森へ売ることについて、和木原の渡しを通す荷には、これまでどおり渡しの取り決めを適用いたします」
弥四郎は頷いた。
「それは以前から変わらぬ。和木原の渡しを使う荷の賃まで、笠森が決めるつもりはない」
「では、釜をお返しいただけますか」
「黒谷から兵が引いたことを確かめてからだ」
奥田は、わずかに眉を寄せた。
弥四郎は続ける。
「先に釜を渡せば、和木原が兵を退かせぬこともあり得る。黒谷へ入った兵を退け、彦蔵たちが窯へ戻れる状態になったことを見届けてから、釜を渡す」
「主膳様も、笠森が釜を返さぬことを懸念しております」
「ならば、双方の間に槙尾を立てよう」
弥四郎は迷わなかった。
「大釜は槙尾の立ち会いのもとで引き渡す。黒谷から兵が退くところも、槙尾に見てもらう。黒谷の持ち主を槙尾が決めるのではない。互いに約したことを果たしたか、見届けてもらうだけだ」
奥田はしばらく考えていた。
やがて頷く。
「その形なら、主膳様へも説明が立ちましょう」
宗介は少し驚いた。
和木原は、思ったより早く応じた。
もちろん、相手が善意で黒谷を返すわけではない。
十人余りの兵を食わせ続けても炭が取れず、窯も傷んでいる。
それなら、兵を別の場所へ回し、大釜を取り戻す方が得だと判断したのだろう。
相手も兵糧を考えている。
そのことが、宗介には恐ろしくもあり、妙に納得できることでもあった。
弥四郎は奥田へ言った。
「麦については、返す話に入れぬ。あれは笠森の城下へ軍荷として持ち込まれ、戦いの末に残されたものだ。負傷した兵もいる。釜と黒谷の取り決めに限る」
奥田は苦い顔をしたが、強く反対しなかった。
「その旨も、主膳様へ伝えております」
宗介は内心で息を吐いた。
麦三俵まで返せと言われれば、笠森の蔵には痛かった。
釜を返すだけでも大きな決断である。
和木原も、今回すべてを取り返せるとは考えていないのだろう。
互いに失ったものを数え、これ以上の損を避ける。
戦国の交渉とは、そういうものなのかもしれなかった。
◇
黒谷の入口へ向かったのは、その翌朝だった。
槙尾からは安西新蔵が立ち会いに来た。
笠森側には宇平次と足軽六人、太助、それに宗介が同行する。
彦蔵たち三人も来ていた。
ただし、窯へ戻れると決まるまでは、谷の外で待つことになっている。
大釜は頑丈な棒を通し、四人が交代で担いだ。
重い鉄の塊だった。
持ち手を替えるたび、男たちの肩へ赤い跡が残る。
宗介は、その様子を見ながら思った。
この釜を運ぶだけでも、これだけの手が要る。
それを和木原は、麦俵や薪とともに荷車へ載せ、川沿いの旧道まで運んできたのだ。
戦場で奪った時には、ただの大釜に見えた。
だが今は、和木原がどれほどの手間をかけて兵を動かしているかを示すものに思えた。
黒谷の入口には、和木原の兵が並んでいた。
十人余り。
昨日までと大きく変わらない。
ただし、今日は槍を構えていない。
荷を背負う人足たちも、すでに支度を整えているようだった。
安西新蔵が先に出て、和木原の組頭と話した。
書付を互いに確かめ、今日の引き渡しの手順を確認する。
宗介は後ろで見ていた。
書付があっても、安心はできない。
槍を持った者たちが向かい合っている。
誰かが怒鳴り、誰かが先に槍を構えれば、昨日までと同じことになる。
しかし、和木原の組頭は、今日は争うつもりがないらしかった。
「釜が返るなら、こちらも兵を退く。だが、炭焼きどもが黒谷へ戻った後、和木原へ刃向かうような真似はさせるな」
宇平次が答えた。
「炭を焼く者へ槍を向けなければ、こちらから兵を出す理由もない。ただし、黒谷の窯を再び勝手に開けるなら話は別だ」
組頭は不満そうだったが、それ以上言い返さなかった。
和木原の兵が、ゆっくり谷口から動き始めた。
槍を持つ者が先に下がる。
続いて人足。
最後に組頭が、黒谷の方を振り返った。
その顔には、悔しさが浮かんでいた。
炭を取るために兵を置き、窯を勝手に開けて火を出した。
結局、炭は焼けず、彦蔵たちを連れ戻すこともできなかった。
その上、兵糧を運ぶために人足を何度も歩かせている。
組頭にとっても、実りの少ない仕事だったのだろう。
兵が谷口から十分に離れたところで、宇平次が彦蔵へ声をかけた。
「行って確かめろ。窯も、残った炭も、道具もだ」
彦蔵は頷いた。
太助とともに谷へ入る。
宗介も後ろから続いた。
久しぶりに戻った黒谷には、焦げた木の匂いが残っていた。
窯の前には、和木原の兵が使ったらしい薪束が散らばっている。
沢の脇には、灰を捨てた跡もあった。
彦蔵は何も言わず、窯へ歩み寄った。
煤のついた手を壁へ当てる。
窯口の土が、少し崩れていた。
前に起きた火事の傷だろう。
中へ風を入れすぎたためか、焼きかけの炭はかなり傷んでいるらしい。
彦蔵は長い時間をかけて確かめた。
太助も横で手伝う。
宗介は、その二人の背中を見ていた。
炭焼きにしか分からない仕事だった。
ただ窯の中を覗くだけではない。
土の割れ目を見る。
口の締まりを確かめる。
残った熱を感じる。
焼けた木の具合を見分ける。
槍を持った兵では、代わりにならない。
しばらくして、彦蔵が振り返った。
「直せる」
その声を聞いた瞬間、宗介の胸が熱くなった。
「窯は、また使えるんですね」
「すぐに炭を焼けるわけじゃねえ。口を直し、土を落ち着かせる必要がある。中の炭も、使えるものと駄目になったものを分けなきゃならん」
彦蔵は窯の壁を軽く叩いた。
「だが、窯は死んでねえ」
太助が深く頷く。
「なら、やり直せるな」
「ああ。やり直せる」
彦蔵の声が、わずかに震えた。
宗介は、その様子を見てようやく肩の力を抜いた。
黒谷を取り戻した。
まだ炭は焼けない。
窯の修理には日数も手間も要る。
和木原がまた兵を出してくる可能性もある。
それでも、炭焼きの者たちは自分の窯へ戻れた。
今度は逃げるためではない。
仕事をするために戻ったのだ。
◇
黒谷から兵が引いたことを確かめた安西新蔵は、宇平次へ頷いた。
「槙尾は、和木原の兵が黒谷の入口を明け渡したことを見届けました」
宇平次も頷く。
「笠森も確認した。釜を渡そう」
大釜は、古炭道の開けた場所で和木原側へ引き渡された。
和木原の兵たちが再び担ぎ、渡しへ向かって運んでいく。
宗介は、その様子を見送った。
自分たちが苦労して奪った釜が、戻っていく。
少し惜しい。
いや、かなり惜しい。
あれがあれば、大勢の兵へ一度に飯を炊けたかもしれない。
だが、黒谷の窯は戻ってきた。
炭を焼く人も戻った。
炭が届けば、笠森の火所も、槙尾の鍛冶も動かせる。
釜一つと比べるなら、その方が大きい。
宗介はそう考えることにした。
帰城すると、弥四郎は庭で報告を受けた。
黒谷の入口から和木原の兵が退いたこと。
槙尾の新蔵が立ち会ったこと。
彦蔵が窯の傷みを確かめ、修理すれば再び使えると判断したこと。
そして、大釜を約束どおり返したこと。
弥四郎は静かに頷いた。
「これで、黒谷は戻ったな」
「はい。ただ、すぐに炭を買えるわけではありません」
宗介が答える。
「窯の修理に日数が要ります。焼きかけの炭も傷んでいました。今ある炭を大事に使いながら、彦蔵さんたちが仕事を再開するのを待つ必要があります」
喜兵衛が口を開いた。
「釜は返したが、麦三俵は残った。炭の道も戻る。ならば、笠森としては悪くない取引でしたな」
「そう思います」
宗介は頷いた。
弥四郎は、庭の向こうへ目を向けた。
「だが、和木原が釜を取り戻した以上、また兵を食わせる支度をするだろう」
「はい」
「主膳は、黒谷を手放しても釜を取り戻す方を選んだ。そこには理由があるはずだ」
宗介は顔を上げた。
確かにそうだった。
和木原主膳は、黒谷を押さえ続けることより、大釜を取り戻すことを選んだ。
炭が取れない谷へ兵を置き続けるのは、損だと見たのかもしれない。
しかし、大釜は兵を食わせるための道具である。
その釜が、今すぐ必要な理由があるとすれば。
「若様。和木原は、兵をどこかへ集め直すつもりなのかもしれません」
弥四郎が頷いた。
「俺もそう思う」
宇平次が顔を上げる。
「黒谷の兵を引いた分、別の場所へ回せます」
「そうだ。和木原は兵を減らしたわけではない。置く場所を変えられるようになっただけだ」
弥四郎の声には、若い城主らしからぬ落ち着きがあった。
今日の取引は、笠森にとって確かな成果だった。
だが、和木原も損を承知で動いている。
その損を取り返すために、次はもっと大きな手を打ってくるかもしれない。
宗介は、火所の脇を見た。
昨日まで大釜が置かれていた場所は、空いている。
代わりに、黒谷から持ち帰った炭の小袋が並んでいた。
彦蔵たちが窯の修理を進めれば、また新しい炭が届くはずだった。
弥四郎は宇平次へ命じた。
「黒谷へは、しばらく見張りを出せ。だが、兵を置きっぱなしにはするな。和木原が戻ってくる動きがあれば、すぐ知らせよ」
「承知しました」
「宗介は、炭が再び届くまでの火所の使い方を考えろ。喜兵衛と相談し、米も薪も無駄にするな」
「はい」
宗介は頭を下げた。
黒谷を取り戻した。
だが、まだ終わりではない。
窯を直す手が要る。
炭を焼く木が要る。
乾かす日数も、火を見張る人も要る。
そして、再び和木原に奪われないよう、道を守る者も必要になる。
宗介は、そのすべてを一度に考えようとして、思わず苦笑した。
やることは、相変わらず多かった。
それでも今日は、昨日とは違う。
黒谷の者たちが、自分の窯へ戻れたのだ。
夕方、彦蔵から小さな知らせが届いた。
窯口の崩れた土を取り除き、修理に使う土を集め始めたという。
太助も黒谷に残り、手伝っているらしい。
炭を焼くのは、まだ先になる。
だが、窯の前には再び人の手が入った。
宗介は、その知らせを聞き、静かに息を吐いた。
釜一つを返したことで、兵を十人余り動かして戦うことを避けられた。
しかも、彦蔵たちが自分の仕事場へ戻る道が開いた。
奪ったものを、ただ抱え込むだけが勝ちではない。
必要なものを取り戻すために使うことも、勝ちなのだろう。
宗介は、蔵の戸を閉める喜兵衛の背を見た。
笠森の米は、まだ少ない。
粟も稗も、食べれば減る。
麦三俵が入ったからといって、豊かになったわけではない。
だが、黒谷が戻ったことで、火を守る道が再び開いた。
それだけでも、今の笠森には大きな意味があった。
夜、城庭には竈の煙が細く上がっていた。
黒谷の窯から煙が上がるには、もう少し日数が要る。
それでも、あの谷では彦蔵たちが土を練り、窯口を直している。
和木原が槍を並べても、炭を焼く手までは奪えなかった。
宗介は、そのことを思いながら薄い粥を飲み干した。
明日もまた、荷を運び、飯を炊き、火を守らなければならない。
だが今夜は、黒谷の者たちが自分の窯のそばで眠れる。
それが何より、ありがたかった。




