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【連載版】戦国に転生した五十一歳、兵糧係から成り上がる 〜刀は振れないが、腹を満たせば兵は立つ〜  作者: あちゅ和尚


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第四十六話 炭の道

 火所を作った翌朝、笠森城の庭には、まだ灰の匂いが残っていた。


 火は消えている。


 灰穴にも残り火はない。


 火消し水の桶も、空ではない。


 佐太が夜明けに確かめ、太助が灰を棒で崩して見た。


 それでも、久住宗介は安心できなかった。


 火の場所は決めた。


 だが、火には腹がある。


 水を飲むように、火は薪を食う。


 薪がなければ消える。


 濡れた枝を食わせれば煙を吐く。


 油を食わせれば暴れる。


 それを昨日、嫌というほど見た。


「宗介」


 喜兵衛が板の前で言った。


「薪の減りが早い」


「はい」


 板には、昨日の数字が残っている。


 火所、一つ。


 薪賃、端材。


 南谷水場、火なし。


 油藁、灰、押さえ。


 その横に、喜兵衛が新しく書き足していた。


 乾き薪、二日分弱。


 小枝束、南谷分減。


 商人火、増える見込み。


 宗介は息を吐いた。


「二日分弱」


「城の竈を削れば、もう少し持つ」


「駄目です」


 宗介は即答した。


「竈を削れば、飯が遅れます。飯が遅れれば、足軽も人足も動けません」


「分かっておる」


 喜兵衛は頷いた。


「だが、火所を続けるなら、薪をどうにかせねばならん」


 そこへ太助が来た。


 手には、昨日水場で押さえた油藁の残りと、湿った枝がある。


「薪だけじゃ無理だ」


 太助は言った。


 宇平次が眉を上げる。


「どういう意味だ」


「商人の布を乾かすのに、毎回乾き薪を食わせてたらすぐ尽きる。湿った枝を混ぜると煙が出る。水場に置く小枝まで食われる」


「なら、どうする」


「炭だ」


 太助は短く言った。


「火を長く持たせるなら、炭を使う。煙も少ない。火所で使うには薪より向いてる」


 宗介は顔を上げた。


 炭。


 確かにそうだ。


 ただし、炭は勝手に出てこない。


 木を切り、焼き、冷まし、運ぶ者がいる。


 薪よりも手間がかかる。


 太助は続けた。


「黒谷に、古い炭焼き場がある。俺も前に何度か行った。炭焼きの彦蔵って男がいる。今も少しは焼いてるはずだ」


 黒谷。


 宗介は知らない名だった。


 だが、太助の顔つきが変わっている。


 薪や炭の話になると、この男ははっきりする。


 元は灰原甚内の下にいた者。


 だが、山の火と炭を見る目は本物だった。


 片瀬弥四郎が庭へ出てきた。


「その炭は買えるのか」


「買えます。たぶん。ただ……」


 太助は言い淀んだ。


「ただ、何だ」


「黒谷の者は、笠森を怖がってるかもしれねえ。俺が甚内の下にいた頃、炭を取れと言われたことがある。無理にではねえが、安く持っていった」


 庭が少し静かになった。


 太助は目を逸らさない。


「俺が行けば、嫌な顔をされると思う」


 宇平次が低く言った。


「なら、お前は外すか」


 太助は唇を噛んだ。


 宗介は、その顔を見た。


 外せば楽だろう。


 嫌な目で見られずに済む。


 だが、炭を見る目を持っているのは太助だ。


 そして、過去に安く取ったことがあるなら、なおさら太助が行って頭を下げるべきかもしれない。


 弥四郎が言った。


「太助も行く」


 太助が顔を上げた。


「いいのか」


「炭を見る者が要る。過去に安く取ったなら、今日は正しく買え」


 太助はしばらく黙り、深く頭を下げた。


「……分かった」


 弥四郎は宗介へ向く。


「お前も行け。炭をただ持ってくるな。何をいくらで、どれだけ、どう運ぶかを見ろ」


「はい」


「宇平次、佐太をつける。弥三から南谷の道を聞け」


「承知」


 弥四郎は少し考えた後、続けた。


「俺も行く。炭を買うなら、笠森が奪いに来たのではないと、俺の口で示す」


 宇平次が一瞬だけ顔を上げた。


「若様自らですか」


「黒谷の者に、ただの使いでは足りぬ」


 弥四郎は短く答えた。


「炭は火所の腹だ。最初の取引を軽く見れば、後が腐る」


 宗介は喉を鳴らした。


 また山道だ。


 正直、足が重い。


 だが、火所を続けるには炭が要る。


 火の場所を決めたなら、火の腹も見なければならない。


 黒谷へ向かう道は、南谷の奥から細く折れていた。


 雨の後で土は柔らかい。


 宗介は何度も草の根を掴み、息を切らした。


 太助は先頭を歩いた。


 山に入ると、彼は少し別人のようだった。


 足を置く場所。


 濡れた枝。


 風の向き。


 煙の残り香。


 そういうものを拾いながら進んでいく。


「ここ、誰か切ってる」


 太助が足を止めた。


 道端に、まだ青い枝が何本も落ちていた。


 太助は一本を折り、断面を見る。


「生木だ。火所に持っていったら煙ばかり出る」


「薪にはならない?」


 宗介が問うと、太助は首を振った。


「今すぐは駄目だ。乾かせば使えるが、時間が要る。これをそのまま火に入れる奴は、火を知らねえか、煙を出したい奴だ」


 宇平次が周囲を見る。


「和木原か」


「分からねえ」


 太助は枝を戻した。


「ただ、昨日の油藁と同じ匂いが少しする」


 宗介は背筋に冷たいものを感じた。


 水場で火を出す。


 煙を上げる。


 笠森の火所は煙だらけだと噂を流す。


 和木原なら、そういうことを考える。


 だが、証はまだない。


「持って帰る?」


 佐太が問う。


 太助は頷いた。


「一本だけ。生木の証にする」


 黒谷は、名の通り少し暗い谷だった。


 木々が深く、日が差しにくい。


 谷の奥に、土を盛った古い炭窯があった。


 煙は細い。


 火は落ち着いている。


 人の手が入っている場所だ。


 小屋の前に、年配の男が立っていた。


 痩せているが、肩は強そうだった。


 手も顔も、炭の色が染みている。


 太助が少し前へ出た。


「彦蔵」


 男は太助を見て、顔を険しくした。


「太助か」


「久しぶりだ」


「甚内の犬が、今度は笠森の犬になったか」


 太助の顔が固まった。


 宇平次が一歩出ようとしたが、弥四郎が手で止めた。


 太助は歯を食いしばり、頭を下げた。


「あの時は、安く炭を取った。悪かった」


 彦蔵は黙っていた。


「今日は、取りに来たんじゃねえ。買いに来た」


「買う?」


 彦蔵は鼻で笑った。


「城の者が山へ来て、買うと言うのか。払えぬ時は、守ってやると言って取るんだろう」


 宗介は胸が痛くなった。


 彦蔵の警戒は当然だった。


 山の者にとって、城も賊も紙一重なのかもしれない。


 名目が違うだけで、物を持っていかれる。


 そう感じている。


 弥四郎が前に出た。


「片瀬弥四郎だ」


 彦蔵は慌てて膝をつこうとした。


 弥四郎は止める。


「よい。今日は炭を買いに来た」


「若様が直々に?」


「笠森は、火所を作った。水場で火を使わせぬ代わり、決めた場所で荷を乾かす。その火に炭が要る」


 彦蔵は疑わしそうに弥四郎を見る。


「炭なら和木原も買うと言ってきた」


 宗介たちは顔を見合わせた。


 早い。


 和木原はもう動いている。


「何と言ってきた」


 弥四郎が問う。


 彦蔵は炭窯の横に腰を下ろした。


「黒谷の炭は、しばらく和木原へ回せと。笠森へ売れば、水場も道も和木原の渡しも使いにくくなる、と」


「金は」


 喜兵衛はいない。


 だが、宗介は思わず聞いた。


 彦蔵は苦笑する。


「まだだ。あとでまとめて払う、と」


 太助が低く言った。


「それは買うんじゃねえ。押さえるだけだ」


「分かってる」


 彦蔵の声も低い。


「だが、断れば道を止めると言われた。炭は山で焼けても、塩が入らねえ。針も縄も要る。山だけでは食えねえ」


 宗介は、彦蔵の言葉を聞いていた。


 炭焼きにも腹がある。


 塩が要る。


 針が要る。


 縄が要る。


 炭は火を支えるが、炭焼きの暮らしは道に支えられている。


「笠森は、炭を全部買いません」


 宗介は言った。


 彦蔵がこちらを見る。


「全部は買わぬのか」


「買えません。それに、全部買えば、ほかの人が困ります」


「では、何を買う」


「火所で使う分だけ。乾いた炭。煙の少ないもの。小俵で三つから始めたいです」


 太助がすぐに口を挟んだ。


「黒く締まってるやつだ。まだ湿ってる炭は駄目だ。火所で爆ぜる」


 彦蔵は太助をじろりと見た。


「炭の目はまだあるらしいな」


「炭は見える」


「人は見えなかったか」


 太助は黙った。


 痛い言葉だった。


 だが、逃げなかった。


「今度は、ちゃんと見る」


 太助は言った。


「彦蔵の炭を安く取らせねえ」


 彦蔵は、しばらく太助を見ていた。


 やがて、ふっと息を吐く。


「口だけなら、何とでも言える」


 弥四郎が腰の小袋を出した。


 中には、塩があった。


 多くはない。


 だが、山では値がある。


「今日の三小俵分だ。塩小袋一つ、針五本、縄一本。足りるか」


 彦蔵の目が変わった。


 宗介も驚いた。


 弥四郎は、持ってきていたのだ。


 炭をただ取りに来たのではないと示すために。


 彦蔵は品を見た。


 すぐには手を出さない。


「先に払うのか」


「炭を見てからだ」


 弥四郎は言った。


「だが、払うものはここにある」


 彦蔵は少し笑った。


「若いのに、いやらしい」


「宗介に教わった」


 弥四郎が淡々と言うと、宗介は変な汗をかいた。


「俺は、そこまでは」


 太助が小さく笑った。


 場の空気が、少しだけ緩んだ。


 彦蔵は小屋の奥から炭を持ってきた。


 太助が一つずつ見る。


 叩く。


 割る。


 匂いを嗅ぐ。


「これはいい。これはまだ早い。これは割れてるが火所なら使える。こっちは煙が出る」


 彦蔵が眉を上げる。


「よく見てるな」


「昔、見てなかった分だ」


 太助はそう言って、よい炭を三小俵に分けた。


 宗介は、それを板に残した。


 黒谷、彦蔵。


 炭三小俵。


 塩小袋一つ。


 針五本。


 縄一本。


 乾き炭のみ。


 湿り炭は受けず。


 火所用。


 彦蔵が板を覗き込む。


「そこまで書くのか」


「あとで揉めないためです」


「城が炭を買うのに、山の者の名まで残すのか」


「嫌なら、名前は印にします」


 彦蔵は少し考えた。


「名でいい」


 それは小さな返事だった。


 だが、宗介には重く聞こえた。


 名を残す。


 それは、ただ取られる相手ではなく、取引の相手になるということだった。


 その時、谷の入口から声がした。


「彦蔵!」


 男が二人、現れた。


 和木原の者だった。


 腰に和木原札を下げている。


 その後ろに、細い縄を持った若者がいる。


 昨日の水場の男たちとは違う。


 だが、雰囲気は似ていた。


「黒谷の炭は、和木原へ回せと言ったはずだ」


 彦蔵の顔が硬くなる。


 弥四郎は立ち上がった。


「先に買ったのは笠森だ」


 和木原の男は、弥四郎を見て一瞬ひるんだ。


 だが、すぐに声を張る。


「山の炭を小城が勝手に買い占めるか」


「三小俵だけだ」


 弥四郎は答えた。


「買い占めではない」


「和木原は、黒谷の炭をまとめて買う話をしている」


 彦蔵が低く言った。


「まだ銭も塩も受け取っていない」


 男は彦蔵を睨んだ。


「あとで払うと言った」


「あとででは、塩は舐められぬ」


 彦蔵の声は震えていた。


 だが、言い返した。


 宗介は、その一言に胸を打たれた。


 あとで払う。


 その言葉で、どれだけの山の者が縛られてきたのか。


 弥四郎は、塩小袋を彦蔵の前へ置いた。


「笠森は、今日の分を今日払う」


 和木原の男が舌打ちした。


「笠森は、水の次に火、火の次に炭まで握るつもりか」


「握らぬ」


 弥四郎の声は静かだった。


「買う」


「同じだ」


「違う」


 弥四郎は炭の小俵を指した。


「和木原は、あとで払うと言って炭を押さえる。笠森は、今日使う分を今日買う。違う」


 男は言い返せなかった。


 だが、睨みだけは強い。


「このことは主膳様へ伝える」


「伝えよ」


 弥四郎は言った。


「黒谷の炭を買いたければ、黒谷へ払え。払わずに止めるな」


 和木原の男たちは、炭を奪うまではしなかった。


 こちらには宇平次と佐太がいる。


 そして弥四郎本人がいる。


 無理をすれば、話が大きくなる。


 男たちは谷を出ていった。


 彦蔵は、しばらく動かなかった。


 やがて、深く息を吐く。


「若様」


「何だ」


「笠森の火所で、この炭を使うのか」


「そうだ」


「なら、使った後の灰を少し戻してくれ」


 宗介は驚いた。


「灰を?」


「畑に使う。山の畑は痩せる。灰は要る」


 太助が頷いた。


「返せる灰なら返せる。油や変なものを燃やした灰は駄目だが、炭と枝だけの灰なら使える」


 宗介の頭の中で、線がつながった。


 炭を買う。


 火所で使う。


 灰が出る。


 その灰を山へ戻す。


 それは、ただ燃やして終わりではない。


 火のあとにも道がある。


「できます」


 宗介は言った。


「ただし、灰も分けます。火所で何を燃やしたか残して、戻せる灰だけ戻します」


 彦蔵は笑った。


「そこまで書くのか」


「書きます」


「面倒な城だな」


「はい」


 宗介は頷いた。


「でも、面倒だから続くんです」


 彦蔵は今度こそ、少し笑った。


 笠森へ戻る時、太助が炭小俵の一つを背負った。


 宗介も軽い包みを持ったが、すぐに息が上がった。


 佐太が呆れた顔で見る。


「軽いぞ」


「俺には重いです」


「米俵じゃないんだぞ」


「知っています」


 太助が振り返り、少し笑った。


「炭は軽く見えて、嵩がある。慣れてねえと歩きにくい」


「本当に歩きにくい」


「じゃあ、次は小さく分ける」


 その言葉は、自然だった。


 太助が、笠森の荷をどう運ぶか考えている。


 元甚内の下の者ではなく、いまは笠森の火を見る者として。


 宗介は、その変化を板に残したくなった。


 城へ戻ると、火所でさっそく黒谷の炭を使った。


 乾いた炭は、薪より静かに火を保った。


 煙が少ない。


 布を乾かす商人たちも、それを見ていた。


 喜三郎もいた。


 昨日、南谷の小枝束を盗った男である。


 今日は、荷の端材を持ってきていた。


「これ、薪賃になるか」


 宗介は端材を見た。


 乾いている。


 油も染みていない。


「なります」


 喜三郎はほっとした顔をした。


「昨日のことは、悪かった」


「板には残っています」


「分かってる」


「でも、今日端材を持ってきたことも残します」


 喜三郎は少し驚いた。


「悪いことだけじゃないのか」


「良いことも残さないと、不公平です」


 市松が横から言った。


「板がますます増えるな」


「整理します」


「もう信用してない」


 商人たちが小さく笑った。


 火所の火は、静かだった。


 黒谷の炭はよく持つ。


 太助が炭の置き方を教える。


「詰めすぎるな。空気が通らねえと死ぬ。広げすぎると弱い。布は近づけすぎるな。焦げる」


 おきぬが遠くから言った。


「太助、火の番なら役に立つじゃないか」


 太助は照れたように頭を掻いた。


「炭ならな」


 宇平次がその背を見ていた。


 まだ完全に気を許した顔ではない。


 だが、昨日までより少しだけ目が柔らかい。


 弥四郎は庭に出て、黒谷の炭と火所を見た。


「炭は、続けられるか」


 宗介は答えた。


「今日の分だけなら。続けるには、彦蔵さんと日を決めて買う必要があります。全部買わず、火所で使う分だけ。灰は戻せるものだけ戻す」


「よい」


 弥四郎は頷く。


「炭を奪うな。買え。灰を捨てるな。戻せるものは戻せ」


 市松がもう板を持っていた。


「書く?」


「書け」


 弥四郎は少しだけ笑った。


「黒谷炭。今日の分を今日払う。火所で使う。戻せる灰は戻す」


 市松は書きながら呟いた。


「炭にも道があるんだな」


 宗介は頷いた。


「ある」


 水には水の道がある。


 荷には荷の道がある。


 火には火の場所がある。


 そして、炭には炭の道がある。


 山で焼かれ、城へ運ばれ、火所で使われ、灰になり、また山へ戻る。


 その流れを乱さなければ、火は続く。


 乱せば、火はただ食うだけになる。


 夕方、柏屋惣右衛門が黒谷炭の話を聞いて、火所を見に来た。


「煙が減りましたな」


「炭です」


 宗介が答えると、惣右衛門は頷いた。


「尾張筋へは、こう伝えましょう。笠森は、火を売らず、炭を奪わず、火所を守る、と」


「少し長いですね」


「長い方が、商人には効くこともあります」


 惣右衛門は笑った。


「短い噂は強い。長い手順は続く。どちらも要ります」


 宗介は、その言葉を覚えた。


 夜、笠森城の竈ではいつもの粥が炊かれた。


 火所の火は消され、灰は分けられた。


 油を燃やした灰。


 湿った藁の灰。


 黒谷炭の灰。


 戻せるものと、戻せないもの。


 灰まで分けることになるとは、宗介も思っていなかった。


 だが、分けるしかない。


 混ぜれば、戻せない。


 戻せなければ、炭焼きとの約束が腐る。


 太助は灰を見ながら言った。


「彦蔵、驚くだろうな。城が灰を返すなんて」


「返せる灰だけです」


「それでいい」


 太助は静かに言った。


「返すって言ったものを返せば、山の者は見る」


 その言葉には、太助自身の願いも混じっているようだった。


 自分が昔、安く取った炭。


 その埋め合わせにはならない。


 だが、今日からは違う。


 そう示したいのだろう。


 宗介は何も言わなかった。


 弥四郎が竈の火を見て言った。


「水を守るには、井戸縄が要る。荷を守るには、道が要る。火を守るには、炭の道が要る」


「はい」


「なら、次は山も見ることになるな」


 宗介は椀を持ったまま、少し固まった。


 仕事がまた広がる。


 水場から渡しへ。


 渡しから荷へ。


 荷から火へ。


 火から炭へ。


 炭から山へ。


 どこまで広がるのか分からない。


 だが、腹を満たすというのは、そういうことなのかもしれない。


 米だけではない。


 水。


 薪。


 炭。


 塩。


 縄。


 針。


 それらがつながって、ようやく粥一椀ができる。


 宗介は薄い粥を啜った。


 今日は、少しだけ煙が少ない。


 その静かな火の向こうに、黒谷の暗い炭窯が見えた気がした。


 和木原は、きっとまた炭の道を塞ごうとする。


 だが、笠森は今日、炭を奪わずに買った。


 そして、灰を戻す約束をした。


 火の線は、火所だけでは終わらない。


 炭の道まで伸びていく。


第四十六話─了

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