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【連載版】戦国に転生した五十一歳、兵糧係から成り上がる 〜刀は振れないが、腹を満たせば兵は立つ〜  作者: あちゅ和尚


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第20話 捕虜にも腹がある

 捕らえた二人は、門の内側に座らされていた。


 手は後ろで縛られている。


 ひとりは痩せた男。


 頬がこけ、目だけがぎらついている。腕や首に古い傷があり、ただの百姓崩れには見えなかった。


 もうひとりは若い。


 二十にも届くかどうか。泥で汚れた顔に、恐怖と空腹が浮かんでいる。先ほど「塩は上の者だけだ」と漏らした男である。


 久住宗介は、その二人を少し離れた場所から見ていた。


 敵だ。


 井戸の縄を切り、薪を濡らし、火をつけ、南谷の米を狙った側の人間だ。


 けれど、目の前に座る二人は、腹を空かせた人間でもあった。


 その事実が、宗介の腹の奥に重く沈んでいる。


「水をやるな」


 足軽のひとりが吐き捨てた。


「薪に火をつけようとした奴らだぞ」


「半助を斬った仲間かもしれねえ」


「米を狙う犬に、粥なんぞいらん」


 声は当然だった。


 宗介にも、その怒りは分かる。


 自分たちはずっと薄い粥で耐えている。足軽たちは眠れず、門に立ち、火を消し、水を運び、傷を負ってきた。


 その敵に水や飯を出すのか。


 そう思うのは自然だった。


 片瀬弥四郎は、門の脇で黙って二人を見ていた。


 若い城主の顔に怒りはある。


 だが、その怒りをすぐ刃に乗せる様子はなかった。


「宗介」


 弥四郎が言った。


「捕らえた者から話を聞くには、どうする」


 また自分に来る。


 宗介は喉を鳴らした。


 捕虜の扱いなど分からない。


 拷問も、脅しも、尋問も、知識としてすらほとんどない。現代で生きてきた五十一年のどこにも、人を縛って話を聞く経験などなかった。


 ただ、一つだけ分かる。


 喉が渇き、腹が減り、恐怖で固まった人間は、まともに話せない。


「水を少し」


 宗介が言うと、周囲がざわついた。


 宇平次の眉も動く。


「敵にか」


「はい。ただし、飲ませすぎない。喉を湿らせる程度です」


「飯は」


 喜兵衛が聞いた。


「すぐには。ただ、若い方はかなり弱っています。話を聞くなら、薄い粥を少しだけ」


「こいつらに粥を出すのか!」


 足軽が声を荒げた。


 宗介はそちらを向いた。


 怖かった。


 敵より味方の怒りの方が怖い時がある。


 だが、ここで黙れば、後がもっと悪くなる。


「満たすためではありません。話を聞くためです」


「同じことだろうが!」


「違います」


 宗介は首を振った。


「喉が渇いていれば、声が出ません。腹が空きすぎていれば、考えられません。気絶されても困ります。生かして聞くなら、最低限は必要です」


 足軽はまだ納得していない顔だった。


 当然だ。


 宗介は言葉を重ねた。


「それと、こちらの者が敵に捕まった時、同じことをされるかもしれません。捕虜をすぐ飢えさせる城だと思われれば、相手もこちらの者をそう扱うかもしれない」


 宇平次がこちらを見た。


 弥四郎も目を細めた。


 これは甘さではない。


 宗介はそう伝えたかった。


 捕虜を人道的に扱う、などという現代的な言葉はこの場に合わない。だが、こちらの評判、敵の報復、情報を得るための実利。それらは戦国でも無視できないはずだ。


「甘いとは思います」


 宗介は自分から言った。


「でも、無駄にはしません。どれだけ水を出したか、どれだけ粥を出したか、板に残します。捕虜だからといって多くは出さない。けれど、話を聞ける分だけは出すべきです」


 喜兵衛が低く唸った。


「水と粥まで帳につけるか」


「はい」


「なら、無駄にはさせぬな」


「はい」


 弥四郎は短く命じた。


「水を少し。薄い粥も、椀に半分。先に若い方へ」


 足軽たちの不満は消えていない。


 だが、城主の命が下りれば動く。


 市松が板を持って走った。


「捕虜、水少し。粥半椀……でいいのか?」


「はい。二人分ではなく、まず若い方だけ」


「痩せた方は?」


「水だけ」


 市松は頷き、板に印をつけた。


 丸。


 半分の椀。


 捕虜の印。


 また一つ、笠森城の板に新しい印が増えた。


 若い捕虜は、椀を差し出されると目を見開いた。


 最初は罠だと思ったのか、飲もうとしない。


 宇平次が低く言った。


「飲め。飲んだら話せ」


 若い男は震える手で椀を受けた。


 縛られたままなので、佐太が椀を支える。


 男は粥を啜った。


 薄い。


 味噌も少ない。


 だが、その顔が一瞬だけ崩れた。


 腹に温かいものが落ちた顔だった。


 宗介は、その顔を見て胸が詰まった。


 敵も腹が減る。


 当たり前のことが、あまりにも重かった。


「名は」


 宇平次が聞いた。


 若い男は椀から口を離し、掠れた声で答えた。


「……与七」


「灰原の者か」


「違う。もとは川向こうの、久野瀬の百姓です」


「なぜ灰原甚内のところにいる」


 与七は目を伏せた。


「田が流れました。食うものがなくなった。甚内様が、飯を出すと言った」


 痩せた男が唸るように言った。


「喋るな」


 宇平次がその男を睨む。


「お前は黙れ」


 弥四郎が静かに問うた。


「灰原甚内とは、何者だ」


 与七は迷った。


 痩せた男の視線を恐れている。


 宗介は小さく言った。


「話せば粥をもう少し、とは言いません」


 与七がこちらを見る。


「そんな約束はできません。でも、話さなければ、こちらは何も分からない。何も分からなければ、次に戦う時、もっと人が死にます。そちらも、こちらも」


 与七の唇が震えた。


 その言葉が届いたのかは分からない。


 ただ、彼は少しずつ話し始めた。


「甚内様は、荷を通す人です。昔は、川向こうの小領主に仕えていたと聞きました。荷車、馬、背負い、人足。どの道を使えば早いか、どの村に米が隠してあるか、よく知っている」


 宇平次が低く言った。


「荷駄の差配か」


「今は、灰原に流れた者を集めています。逃げた百姓、落ちた足軽、炭焼き、荷運び。皆、飯で従っている」


「飯は足りているのか」


 宗介が聞いた。


 与七は首を横に振った。


「足りません。最初は味噌も塩もありました。でも水が悪い。腹を下す者が増えた。薪も湿って、飯が遅れる。塩は、上の者と走る者だけになった」


「走る者?」


「先に出る者です。火をつけたり、縄を切ったり、道を見る者」


 宗介は息を呑んだ。


 やはり、役割が分かれている。


 敵もまた、人をただ暴れさせているのではない。


 走る者。


 火をつける者。


 縄を切る者。


 荷車を止める者。


 飯を分ける者。


「甚内は、何を狙っている」


 弥四郎が問う。


 与七は俯いたまま答えた。


「南谷の井戸。笠森の荷車。渡し。あと……」


 そこで言葉が詰まった。


「あと何だ」


 宇平次が低く迫る。


 与七は喉を鳴らした。


「城へ逃げ込んだ南谷の者です」


 場が凍った。


 善助が顔を強張らせる。


 南谷の庄屋も、息を呑んだ。


「人質か」


 弥四郎の声が冷えた。


「はい。南谷の者を連れ出せば、米と水を出させられると」


 宗介の胃が冷たくなった。


 米でも水でも薪でもない。


 今度は人。


 城の中に入った南谷の者を狙う。


 城内が安全だと思わせておき、外へ誘い出すか、夜に混乱させて攫うか。


 敵は、本当に腹の痛いところを突いてくる。


「どうやって」


 宇平次が問う。


「分かりません。ただ、甚内様は、城の中にも腹を空かせた者がいるはずだと言っていました。南谷の者を恨む者もいるはずだと」


 足軽たちの間に、嫌な沈黙が落ちた。


 南谷の者が増えて、飯が薄くなった。


 それに不満を持つ者は確かにいた。


 そこを突かれる。


 宗介は背筋が寒くなった。


 敵は城の外だけでなく、城の中の不満まで見ようとしている。


「内から割る気か」


 喜兵衛が呟いた。


 弥四郎の目が鋭くなった。


「南谷の者と足軽を分けすぎるな」


 宗介ははっとした。


 弥四郎は続けた。


「分けねば飯は回らぬ。だが、分けすぎれば、敵にそこを突かれる。違うか」


「違いません」


 宗介は答えた。


 胸が痛かった。


 これまで宗介は、食う口と働く手を分け、足軽、南谷、怪我人、子供、見張りと分類してきた。


 それは必要だった。


 だが、分類は壁にもなる。


 足軽と南谷。


 城の者と村の者。


 守る者と食わせてもらう者。


 その壁が高くなれば、敵はそこを割る。


「一緒にする役を作ります」


 宗介は言った。


「南谷の者だけで固めない。足軽だけで固めない。水汲み、薪運び、柵の修繕、竈。作業ごとに混ぜます。誰が何をしたかも板に残す」


 宇平次が眉を寄せる。


「混ぜれば揉める」


「分けても揉めます。なら、揉めても見える場所で揉めた方がいい。隠れて恨みが溜まる方が怖い」


 弥四郎は頷いた。


「やれ」


「はい」


 与七は黙っていた。


 その顔には、少しだけ驚きがあった。


 敵に話したことが、すぐ城の手当てに変わっていく。


 それを見ているようだった。


 痩せた男が低く笑った。


「無駄だ。甚内様は、もう次を打っている」


 宇平次が男を見る。


「名は」


 男は答えない。


 宇平次の手が刀へ伸びかけた。


 弥四郎が止めた。


「今は斬るな」


「若」


「話す口は残す」


 痩せた男が弥四郎を睨んだ。


「甘い若造だ」


 宇平次の目が怒りで細くなる。


 だが弥四郎は静かだった。


「甘いかどうかは、後で分かる」


 その声には、若さとは別の硬さがあった。


 宗介は弥四郎を見た。


 この若城主は、捕虜を斬らず、話す口として残した。


 情だけではない。


 情報として、人質として、敵への返しとして使えると見ている。


 無能ではない。


 未熟ではあっても、見えるものが増えるたびに判断が早くなっている。


 その後、捕虜二人は別々に置かれた。


 与七には水を少しと、薄い粥をもう少しだけ。


 痩せた男には水だけ。


 これも板に印をつけた。


 足軽の不満を抑えるため、捕虜へ出した分は隠さなかった。


 むしろ、見えるようにした。


 何を出したか。


 なぜ出したか。


 誰の命で出したか。


 それを曖昧にしない。


「敵に粥を出したぞ」


 そんな声が出る前に、市松が板を指す。


「半椀だ。水も少し。話を聞くためって若が決めた」


「お前、偉そうだな」


「板に書いてることを読んでるだけだ」


 市松はそう言い返した。


 足軽は不満そうだったが、それ以上は言わなかった。


 昼前、作業の組み替えが始まった。


 水汲みは、笠森の小者と南谷の若者を組ませる。


 薪運びは、足軽一人と南谷一人。


 竈の手伝いは、城の女衆と南谷の女衆。


 柵の修繕は、宇平次の配下に南谷の男を混ぜる。


 最初はぎこちなかった。


 当然だった。


 足軽は南谷の者を「食う口が増えた」と見ている。


 南谷の者は足軽を「米を取り上げる城の者」と見ている。


 すぐに仲良くなるはずがない。


 だが、同じ水桶を持てば、重さは共有される。


 同じ薪を運べば、手の痛みは共有される。


 同じ竈の煙を吸えば、目の痛みは共有される。


 宗介は、それを狙った。


 きれいごとではない。


 同じ作業をさせなければ、互いに相手をただの「食う口」として見る。


 それが怖かった。


「もっと右だ!」


 足軽が南谷の若者に怒鳴る。


「右ってどっちだ!」


「箸持つ方だ!」


「箸持つ方は人によるだろうが!」


 妙な言い合いに、周囲から小さな笑いが起きた。


 南谷の若者も、怒りながら笑ってしまう。


 宇平次が呆れた顔で言った。


「右も分からんのか」


「怒鳴る前に指せばいいです」


 宗介が言うと、宇平次がこちらを睨んだ。


「うるさい」


 だが次から、宇平次は指で示した。


 小さな変化だった。


 午後、槙尾の安西新蔵が来た。


 捕虜と、甚内の名を聞くためだった。


 弥四郎は新蔵に与七の話を伝えた。


 灰原甚内。


 もとは荷駄を束ねていた男。


 逃げた百姓、落ちた足軽、炭焼き、荷運びを集めている。


 南谷の井戸。


 笠森の荷車。


 渡し。


 南谷の者を人質にする狙い。


 新蔵は聞き終えると、いつもの笑みを消していた。


「甚内は、槙尾でも名を聞いたことがございます」


「知っているか」


「荷の道を読む男です。ただ、主を持たぬ。利のある方へつく。灰原にいるなら、誰かから米か銭か、約束を受けているかもしれませぬ」


「誰か」


 弥四郎が言う。


 新蔵は首を横に振った。


「まだ分かりませぬ。ただ、ただの賊として潰すには、少し厄介です」


 宇平次が言った。


「潰すには、飯場だ」


 宗介は思わず宇平次を見た。


 宇平次の口から、自然にその言葉が出た。


 敵の兵を斬るだけではなく、飯場を見る。


 それが、笠森側の共通認識になりつつある。


 新蔵も頷いた。


「甚内の腹は苦しい。塩が上だけというなら、下の者は長く持ちません」


 宗介は板に目を落とした。


 敵の飯が細っている。


 水は悪い。


 薪も苦しい。


 だが、それは敵が危ないだけではなく、危ないからこそ無理に動くということでもある。


「追い詰めすぎると、何をするか分からない」


 宗介が呟くと、新蔵がこちらを見た。


「兵糧方殿は、敵の心配までなさるか」


「敵のためではありません」


 宗介は答えた。


「腹が苦しい者は、危ないことをします。奪う。燃やす。人を取る。だから、何をしそうか考えないと」


 弥四郎が頷いた。


「敵が苦しいなら、次は大きく出る」


「はい」


 宗介は板の南谷の印と、城内の南谷避難者の印を見た。


「南谷の者を狙うなら、城内で混乱を起こすか、外へ呼び出すかもしれません。偽の使い、偽の身内、火事の知らせ。そういうものに気をつけた方がいい」


 宇平次が険しい顔になる。


「偽の身内か」


「灰原の者は、川向こうや南谷の人の名を少し知っているかもしれません。『誰それが外で倒れている』と言えば、出ようとする者が出るかも」


 善助が青ざめた。


「あり得ます」


 南谷の庄屋も頷いた。


「家族の名を出されれば、動いてしまう者もおりましょう」


 弥四郎はすぐに命じた。


「今日より、城外からの呼び声で誰も出すな。家族の名を言われても、まず庄屋か善助を通せ。門は宇平次の許しなく開けぬ」


「承知」


「南谷の者にも伝えよ。偽の知らせが来るかもしれぬと」


 宗介は息を吐いた。


 また板に書くことが増えた。


 偽の知らせ。


 家族の名。


 門を開けない。


 庄屋と善助を通す。


 市松が板を持って待っていた。


「また増えるんだろ」


「増える」


「今度は何?」


「偽の呼び声」


 市松は嫌そうな顔をした。


「嫌な印だな」


「うん」


「どう描くんだよ」


「口の絵と、ばつ印」


「ばつ印って何だ」


 宗介はしまったと思った。


 現代の言い方が出た。


「交差した印です。駄目という意味で」


「ふうん」


 市松は口の絵と、交差した二本線を描いた。


 下手だった。


 だが、嫌な感じは伝わった。


 夕方、南谷の者たちが集められた。


 弥四郎が自ら話した。


「外から家族の名を呼ばれても、すぐに出るな。誰かが倒れていると言われても、門へ走るな。まず庄屋、善助、または宇平次へ言え。城の外へ一人で出ることは許さぬ」


 南谷の者たちはざわめいた。


 母親が子を抱きしめる。


 年寄りが目を伏せる。


 誰もが、自分の家族の名を思い浮かべたのだろう。


 弥四郎は続けた。


「疑うのはつらい。だが、敵は水も縄も薪も狙った。次に人を狙う。お前たちを守るために、疑う」


 その言葉に、ざわめきが少しずつ収まった。


 善助が深く頭を下げた。


「南谷の者、従います」


 宗介はその横で、喉の奥が苦しくなった。


 疑うのはつらい。


 本当にその通りだった。


 だが、疑わなければ守れない。


 戦国の怖さは、刃物だけではない。


 人の心配や愛情まで、罠にされることがある。


 夜が近づく頃、捕虜の与七がもう一度口を開いた。


 宗介が水を少し渡した時だった。


「……甚内様は、明日の夜まで待たないと思う」


 宗介は動きを止めた。


「なぜ」


「飯がない。塩もない。腹を壊した者が増えた。だから、今夜か、明日の朝までに何かするはずです」


「何を」


 与七は首を横に振った。


「そこまでは。でも……」


「でも?」


「甚内様は、米を取れぬなら、人を動かせと言っていた」


 人を動かせ。


 宗介はその言葉を板に書かれた印へ重ねた。


 偽の呼び声。


 南谷の者。


 城内の不満。


 足軽と村人。


 人を動かす。


 つまり、外から攻めるだけではない。


 城の中の人間を動かして、こちらの段取りを崩す。


 宗介はすぐに弥四郎へ伝えた。


 弥四郎は聞き終えると、静かに言った。


「今夜、城内を分け直す」


「はい」


「南谷の者を一か所に固めぬ。足軽の休み場とも離しすぎぬ。水場、竈、怪我人、子供。それぞれに城の者と南谷の者を混ぜる」


「はい」


「門の近くに、南谷の者だけを置くな」


「はい。呼び声に引かれやすいので」


 弥四郎は頷いた。


「敵は人を動かす。なら、こちらは人の動き方を先に決める」


 宗介は胸の奥で、少しだけ震えた。


 弥四郎が、こちらの言葉を使わずとも同じところへ来ている。


 人の動き方を先に決める。


 それは現場段取りそのものだった。


 夜、笠森城の庭は静かに組み替えられた。


 怪我人のそばには南谷の女と城の女が一人ずつ。


 子供たちは竈から少し離れた壁際。


 そこに城の小者がつく。


 足軽の休み場は門から少し引き、南谷の若者が水を運ぶ手伝いとして入る。


 門の近くには、宇平次の配下だけ。


 呼び声が届いても、勝手に門へ走らせないためだ。


 市松の板には、また新しい印が並んだ。


 捕虜。


 甚内。


 南谷人質狙い。


 偽の呼び声。


 人を動かす敵。


 城内の組み替え。


 宗介はその板を見て、深く息を吐いた。


 戦は、ますます見えにくくなっている。


 米を奪う。


 水を断つ。


 薪を濡らす。


 縄を切る。


 そして、人を動かす。


 敵は、腹だけではなく、腹を抱えた人間そのものを狙い始めている。


 竈の火が、低く揺れた。


 薄い粥の匂いが漂う。


 宗介は椀を一つ手に取り、門番へ運んだ。


 今夜、何が起きるか分からない。


 だが、少なくとも今は、誰がどこにいて、誰に飯が渡り、誰が水を持ち、誰が門を開けてはいけないかを、板に残している。


 それだけが、笠森城の細い守りだった。


第20話─了

新しい戦国転生短編を投稿しました。


『呂布の武と郭嘉の知を授かって戦国に転生した俺、信長の負け戦をひっくり返す』


https://ncode.syosetu.com/n4580mf/


本作とは少し違う、武と知で戦場をひっくり返す派手めの戦国転生ものです。

よろしければ、こちらも読んでいただけると嬉しいです。

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