糸口
王城へと続く大通りを、レヴィは半ば衝突するように駆け抜けていた。
肺を焼くような酸の臭いが、防毒マスクのフィルターを抜けて容赦なく入り込んでくる。喉の奥にへばりつく粘り気のある空気。王都全体が、目に見えない巨大な胃袋に呑み込まれたかのような閉塞感に、レヴィの精神は削り取られていった。
(なぜだ……どうして私と彼らだけが)
脳裏に焼き付いて離れないのは、先ほどすれ違った騎士たちの姿だ。
死の霧が漂うパニックの中心で、彼らは平然と、力強く、清浄な空気を吸っているかのように活動していた。
物理的な頑強さではない。魔法の防壁でもない。
彼らと私にあって、セリアや救護院の患者たちにないもの。
この数日間で起きた、決定的な「特異点」を、レヴィは記憶の奥底から引きずり出そうと必死に思考を走らせた。
(……思い出せ。あの日、あの森で、私たちは何を浴びた?)
突如、レヴィの足が止まった。
記憶の断片が、鮮明な色を伴って脳内で火花を散らす。
三日前。
白化した死の森。
勇者の熱線に反応し、火山の噴火のように爆発した、あの不吉な紫色のキノコ。
――マンドレイク・スポア。
舞い上がった濃密な胞子。
肺の奥まで侵入し、一晩中寝込むほどの頭痛をもたらす、あの「毒」。
レヴィのレンズの奥の瞳が、驚愕と、ある種の狂気的な確信に大きく見開かれた。
(……そうか。生態学における『陣取り合戦』か!)
スライムもキノコも、同じ「分解者」という地位を奪い合う天敵同士。
あの森で、騎士たちと自分は、中和されたとはいえ強烈なキノコの胞子を全身の粘膜に浴びていた。
先にキノコという「先客」が肺や胃壁の椅子を埋めてしまっていたから、後から来た極小スライムたちは、寄生するための場所を確保できなかったのではないか。
「……ハッ……ハハッ!」
喉の奥から、乾いた笑いがこぼれ落ちた。
勇者がもたらした生態系の破壊。そこから生まれた「猛毒のキノコ」が、皮肉にも、勇者が引き起こした「王都滅亡の危機」から自分たちを護る最強のワクチンになっていたのだとしたら。
それは、神の悪戯と呼ぶにはあまりに醜悪で、しかし学者としてはこの上なく論理的な、自然界の意趣返しだった。
「……だが、見えた。解決の糸口は、あのキノコだ」
レヴィは再び走り出した。
今度は迷いはない。
自分の中に根を張る「毒」こそが、セリアを、都を、救うための「薬」になる。
だが、その確信に満ちた背中を、街を覆う不気味な黄色の霧が、嘲笑うかのように深く濃く包み込んでいった。




