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レヴィ教授の環境魔導学  作者: 紅茶


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3/7

地下用水路

 王都の第三地下下水道は、むせ返るような悪臭と、薄黄色い淀んだ霧に包まれていた。


 防毒マスク越しでも鼻をつく腐敗臭の中、レヴィは長靴を履いて、汚水の流れる水路のど真ん中に立っていた。


「ひどい臭いですねぇ、まるで、街全体の排泄物がここで一気に腐っているみたいです」


 安全な足場からランタンで水面を照らしながら、セリアが顔をしかめる。


「先生、原因はわかりますか?」


 レヴィは無言で水路の泥を、ゴム手袋をした手で掬い上げ、指先でその粘度を確かめた。


「……うーん。スライム感がないなぁ」


「? スライムですか?」


「下水道には本来、『泥スライム』が暮らしているはずなんだけど」


「スライムって、あの、ゼリーみたいなのですよね? 丸っこい感じの……」


 セリアが身振りでイメージを伝える。

 それを見てレヴィは、どうやら自分のイメージと異なることを悟った。


「ああ、一般的に知られているスライムじゃなくて、下水の中にいる小さなスライムだよ。ヘドロの中にいるから『泥スライム』と呼んでいるんだ」


 レヴィは汚泥を洗い流し、水路の壁面を指さした。そこには、高熱で焼かれたような不自然な白い焦げ跡が一直線に伸びている。


「一カ月前、勇者一行が王都でパレードをしたよね」


「あ……はい。たしか、余興として勇者様が聖剣の光を放っていましたっけ……」


「そう。多分、その影響だろうね。泥スライムは、なんなら軽く消毒液を吹きかけてだけで倒せる弱い魔物だから、勇者の力の余波でもひとたまりもないだろう」


「はえーそんな魔物もいるんですね」


 セリアの生返事を背中で受け流しながら、レヴィはしゃがみ込み、水面を凝視した。


 本来ならスライムが汚物を食らい、緩やかに流れているはずの水路。しかし今は、逃げ場を失った排泄物や生ゴミがどろりと堆積し、時折ブクブクと不気味な気泡を上げている。その泡が弾けるたび、黄色い霧が濃さを増した。


「……まぁ、そんな訳で、王都の汚物を分解する掃除屋が消え失せてしまったのだろう」


 レヴィは荷物から試験管を取り出すと、水面に浮く「虹色の油膜」を慎重に掬い取った。


「そのせいで未分解の汚物が異常腐敗を起こして、有毒ガスを出してしまっているのだろうね」


 続けて荷物から、何本もの細長いガラス製の沈殿管スピッツが収まった木箱を取り出した。


 慣れた手つきで一本を引き抜き、金属製のロングスポイトを使って、淀んだ水面から慎重に検体を吸い上げる。少量の水と、汚水に溶け切っていない汚物を採取する。


 大抵の人なら、この行為に眉をひそめて抵抗感をあらわにするかもしれないが、レヴィは慣れた手つきで作業を進めた。まるで、高級な香水の香料でも集めているかのような、真剣で澱みのない手つきだった。


「まだ確定的なことは言えないけどね」


 ガスを魔法で吹き飛ばしても意味がないことは確か。原因は、環境から『分解者』というピースが欠落したことによる、生態系の崩壊なのだから。


「だったら、他の水路から生き残っているスライム連れてきたらどうですかね」


 セリアが、思いついた解決策を口にする。

 存外、こういう思いつきが問題を解決することもあるのだが、レヴィは少し考えてから、その提案を否定した


「いや、スライムが繁殖して環境が安定するまでには何ヶ月もかかる」


 レヴィは立ち上がり、汚泥にまみれた手袋を脱ぎ捨てた。その瞳は、絶望的な汚染状況を嘆くというより、新しいパズルをもらった子どものように輝いていた。


「それにここまで毒素が強いと、多分スライムも定着しないだろう」


 レヴィは淡々と言葉を紡ぎながら、思考を続け、話しながら結論が出たのか、腰のポーチに採取したものをしまった


「ひとまず、ラボに帰って考えようか」


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