レヴィ准教授
王立学術院の最奥、日がほとんど当たらない旧校舎の地下に、レヴィ・アシュフォードの研究室はある。
ドアには『環境魔導学部・生態系保全研究室』という立派な真鍮のプレートが掲げられているが、実態は学園の粗大ゴミ置き場と大差なかった。
「よしよし、もう痛くないからね。すぐに元気になるよ」
部屋の中央で、白衣を着た丸眼鏡の青年――レヴィが、机の上の鉢植えに向かって優しく語りかけていた。
鉢に植えられているのは、先日の調査で彼が保護した『トレントの幼生』だ。勇者の聖剣によって負った火傷の跡に、手作りの軟膏を丁寧に塗り込んでいる。
「……先生。また、拾ってきたんですか」
呆れ果てたような声に、レヴィはビクッと肩を揺らした。
振り返ると、両手に分厚い帳簿を抱えた助手の少女――セリアが、ジト目でこちらを睨んでいた。環境魔導学部の唯一の学生であり、この貧乏ラボの経理を一人で回している苦労人だ。
「あはは……ごめんよ、セリアくん。怪我してるの見つけちゃってさ」
「まぁいいですけど」
セリアは大きなため息をつき、帳簿を机にドンと置いた。
「でも、今月だけで三匹も保護してます。うちの学部は予算少ないんですから、このままだと、私たちの昼食は野草になりますよ」
「それは困るなぁ。でも、この子は『分解者』だから、いなくなったら森がなくなってしまう」
レヴィは幼生の葉をそっと撫でながら、少しだけ悲しそうに目を伏せた。
彼らの専攻は生物学。
特にレヴィの専門は、魔物の生態とその活動が環境に及ぼす影響を調べること。
古来より魔物は人間と敵対する生き物だった。
原因は不明だが、度々魔物は人間を襲う。
人間にとって、魔物が他の生物と異なり駆除の対象として目の敵にされるのは必然だった。
そんな魔物を、弱っているからという理由だけで保護するレヴィが、周囲から異端の目で見られるのもまた必然といえるだろう。
しかしレヴィの行動は、そうした慈愛に満ちた動機故にではない。
どちらかと言えば機械的で、生態系の維持のための保護、という意味合いが強かった。
トレントの幼生の手当てを終えると、レヴィはそれを、保育用のケースに収めた。
日付を記したシールを貼って、ついでに森へ返す予定の日付も書き足した。
「三日前に、勇者一行が森を通ったらしい。例の『聖剣の光』で、根こそぎ倒してしまった」
勇者、という単語を聞いて、セリアは唇をとがらせる。
「……勇者様が魔王討伐に向けて進軍するのはいいですけど、通った後の土地が死に絶えるんじゃ、何のための正義か分かりませんね」
「彼らの力が強すぎるんだよね。並の存在なら、こんなことにはならないんだけど……」
レヴィの言葉を遮るように、ラボの黒電話がけたたましく鳴り響いた。
セリアが受話器を取り、数秒ほど無言で頷いた後、表情を険しくして電話を切る。
「先生。学術院長からの連絡です。王都の第三地下下水道で、原因不明の有毒ガスが発生したそうです」
「有毒ガス? 下水道で?」
「はい。清掃作業員がすでに三人倒れています。魔法騎士団が『風』の魔法でガスを吹き飛ばそうとしたらしいんですが、奥から際限なく湧き出てきて手がつけられないそうです」
セリアは備品棚から防毒マスクと採取キットを取り出し、レヴィに手渡した。
「環境汚染ということで、うちの学部に白羽の矢が立ちました。解決すれば、来期に特別予算つけてくれるそうです」
「……なるほどね。作業員の人たちも心配だし、野草の昼飯も避けたい」
レヴィは防毒マスクを首にかけ、急いで白衣のボタンを留めた。




