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レヴィ教授の環境魔導学  作者: 紅茶


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真相

 レヴィは息を切らし、足を引きずるようにして隔離病棟の廊下を急いでいた。


 その胸元に抱えられているのは、鉛のケースに厳重に収められた一つのフラスコ。つい先ほど自身のラボから持ち出してきた、下水から採取し汚水から分離した『検体』――今なお、黄色く濁った致死のガスを噴出し続けているスライムの原液だ。


 左腕の血管が焼けるような痛みを放っている。打ち込んだ『天敵』が、刻一刻とレヴィの命を削っている証だったが、もはや構っている余裕はなかった。


「学士!」


 薄暗い廊下の先から、金属の擦れる重い足音と共に声が響いた。


 聖堂騎士の小隊長だった。彼もまた、あちこちに走らせていた部下たちからの報告を受け取ったばかりなのだろう。その表情は、先ほどの毅然としたものから一転し、得体の知れない恐怖に直面したような戸惑いに満ちていた。


「戻ったか。……どうだった」


 足を止めず、セリアの病室へと向かって歩きながら問うレヴィの横に、小隊長が並び立つ。


「貴様の言う通りだった」


 小隊長の声には、微かな震えが混じっていた。


「王都に住む引退した聖堂騎士たちに、倒れた者は一人もいなかった。そして、パレードの後にこの街へやってきた行商人や旅人たち……彼らの中にも、感染の兆候を見せる者は、誰一人としていなかった」


 やはりか。


 レヴィは胸中で低く呟いた。最後のピースが、完全に嵌まった音がした。


「どういうことだ。なぜ貴様は、それを予想できた?」


 小隊長の問いに、レヴィは前を向いたまま、冷たく乾いた声で紡ぎ始めた。


「感染している者と、していない者の、共通点です」


 廊下に響く二人の足音と、遠くから聞こえる患者の嘔吐音が、不気味な和音を奏でている。


「まず、感染して倒れている王都の市民たち。彼らに共通しているのは、一ヶ月前のあの日、王都の目抜き通りで『勇者のパレードが放った光』を直接浴びたということ」


「馬鹿な!」


 小隊長が、怒気を孕んだ声を荒げた。


「あの光は、魔を退ける奇跡だ! 現に、我々第一小隊は誰よりも勇者殿の近くで、あの光を浴びている! だが我々は感染していない。新米の者たちが倒れたのは、まだ信仰や鍛錬が足りていないからだ!」


「いえ、それが仮説の二番目です」


 レヴィは冷酷なまでに論理的な響きで、騎士の言葉を叩き斬った。


「君たちベテランや引退した騎士たち、そして、かつて勇者と行動を共にした私。倒れなかった私たちにあって、新米の騎士や市民にないもの。それは『耐性』」


「耐性、だと……?」


「そう。私たちは、あの暴力的なまでの浄化の光を、これまでの旅や任務の中で長く浴び続けてきた。だから体が、あの光に対する耐性を獲得していた。だが、パレードで初めてあの大規模な光を浴びた市民や新米の騎士たちは違う。彼らの無防備な細胞に、あの光の残滓が深く突き刺さったのだとしたら?」


 小隊長の足が、ピタリと止まった。


 銀の甲冑がかすかに鳴る。その顔は怒りで朱に染まり、握りしめられた拳が震えていた。


「……勇者殿の力が、この王都の民を蝕んでいるとでも言うのか! 貴様、あまりにも不敬が過ぎるぞ!」


 廊下に怒号が響く。聖堂騎士にとって、勇者の力を害悪と断じられることは、自身の存在意義そのものを否定されるに等しい。今にも剣に手を掛けんばかりの剣幕だった。


 しかし、振り返ったレヴィの表情は、小隊長の怒りをすっと冷めさせるほどに、深く沈痛な悲しみに彩られていた。


「勘違いしないでください。私は、光そのものが直接この奇病を引き起こしているとは言っていない」


「なに……?」


「この症状の正体――内臓が溶け、黄色い粘液を吐き出す病魔の正体は、間違いなく下水道から溢れ出した『スライム』によるものです。その事実に変わりはない」


 レヴィは再び歩き出し、隔離病棟の最奥、最も重篤な患者が収容された鉄扉の前に立った。


 この奥に、セリアがいる。


 自分が無知ゆえに包帯を引き剥がし、絶望の淵に突き落としてしまった、たった一人の助手が。


「だが、そのスライムたちが『何のために』人間の体内に入り込んだのか。……その目的が、根本から間違っていたんだ」


 レヴィは鉄扉のハンドルに手を掛け、フラスコを抱えた左腕に力を込める。


 天敵の毒素が血管を這い回る激痛に耐え、彼は小隊長を真っ直ぐに見据えた。


「今から、それを証明する」


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