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レヴィ教授の環境魔導学  作者: 紅茶


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依頼

 (……いや、待て。まだ断定はできない。この荒唐無稽な推論を確信に変えるための『データ』が足りない)


 レヴィはギリッと血が滲むほど唇を噛み締めると、弾かれたように小隊長に向き直った。


「隊長殿。今すぐ、調べてほしいことがありす」


「……なんだと?」


「かつて勇者と共に旅をし、今は第一線を退いている『引退した聖堂騎士』たちの安否。彼らの中に、この奇病で倒れた者がいるかどうか確認してほしいのです。それからもう一つ……一ヶ月前の、勇者のパレードの日、この王都にいなかった者たち。最近街に入ってきたばかりの行商人や旅人の中に、感染者がいるかどうかも」


 矢継ぎ早に放たれた要求に、小隊長は不快感を隠そうともせず眉間を険しくした。


「正気か? 救護院は野戦病院と化し、我々も物資の運搬と警備で手一杯なのだぞ。学士のくだらぬ好奇心や推論の裏取りに、人員を割いている余裕など――」


「好奇心で言っているのではありません!」


 レヴィの咆哮が、酸の臭いが立ち込める裏庭に響き渡った。


 小隊長が思わず言葉を失う。


 レヴィはふらつく足で一歩前に出た。泥と吐瀉物にまみれた白衣。防毒マスクの跡が赤く残る顔は、生気が抜け落ちたように蒼白で、ひどく歪んでいた。しかし、その奥にある双眸だけが、狂気じみた熱量で爛々と燃え盛っている。


 左腕の袖口から覗く赤黒い斑点が、不気味な脈動を打っているのを小隊長は見た。彼もまた、自らの身を削り、すでに死の淵に片足を突っ込みながら立っているのだ。


「これは、王都を……いや、セリアを救うための、唯一の糸口なんだ。頼む……!」


 血を吐くような懇願。己の過ちを取り戻すためなら、悪魔に魂を売ることすら躊躇わないであろう、死に物狂いの男の顔がそこにあった。


 沈黙が落ちた。


 小隊長は、目の前のひ弱な学士から、戦場で命を捨てる覚悟を決めた戦士と全く同じ匂いを感じ取っていた。


「……分かった」


 短く、重い声で小隊長は頷いた。


「各地の詰め所と門の衛兵に走らせる。結果が出次第、報告させよう。どこへ向かえばいい?」


「この救護院に。……すぐ、戻ってきます」


「承知した」


「……ありがとう」


 掠れた声で短く礼を告げると、レヴィは踵を返し、再び黄色い霧が這いずる王都の街路へと駆け出した。


 息をするたびに喉の奥が焼け焦げるように痛む。自身の体内に打ち込んだ『天敵』が、刻一刻とレヴィの肉体を蝕み始めている証拠だった。


 しかしある意味、これのおかげで思い出せたことでもある。


 足を止めるわけにはいかない。

 向かう先は、旧校舎の地下にある己のラボ。


 目的のものは一つ。数時間前、下水から持ち帰り、汚水から分離させてフラスコに封じ込めたあの『検体』――未だガスを絶え間なく噴出し続けている、あの黄色く濁った液体だ。


 もし自分の仮説が正しいのなら。


 確かめる方法が、一つだけ。


(待っていてくれ、セリア……!)


 血の味が広がる口内で強く念じながら、レヴィは死の霧の向こう側へと姿を消した。


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