#”20→30” 白昼の刻 #2
「始まったな。」希代は笑う。「どうして、これはッ!」出ることのできないこの牢獄に閉じ込められた宇津野は叫んでいた。「お前もやっと思い出せたようだな、宇津野。私の言う通りになっただろう?」そう言った弐趾原の顔は諦めていた。「黙れ。またあの災禍を繰り返すつもりか?弐趾原。」しかし、その言葉に応える弐趾原の声はない。答えたのは希代だった。「違う。これは終わりの始まりだ。中途半端だった運命の歯車が動き出したんだ。」希代は真っすぐ俺を捉えていた。その希代の瞳の中にはみすぼらしい俺の姿があった。「運命?中途半端?何を言っているんだ?」その疑問に答えるのは希代だ。「あの災禍はトランス能力者にとって希望だった。トランス能力は罪の烙印だった。そしてそれは楽園からの追放の象徴でもあった。そして天使はトランス能力者を楽園から追放したものたちだ。彼らにはトランス能力は通じない。そう、彼らは力の行きつく先にあるはずの意味、その証なのだから...」希代はそう言って天を仰いだ。その姿を見てため息をついた弐趾原は俺に言った。「お前もトランス能力者の力の源流が何かわかるだろ。トランス能力者の力の源流は意志だ。それは強烈な、そしてそれは本来持つことのできない意志だ。彼らはかなうはずのない夢をタイムマシンを使うことによって叶えてしまった。しかし、タイムマシンはただ逃避する道具にすぎなかったんだ。そう、彼らは原罪を贖う前に二つ目の罪を犯してしまったんだ。そして同時に、贖罪の螺旋からも逃げてしまったんだ。その結果彼らは咎人となりて楽園から、夢から、生きる意味から”開放”されたんだ。」
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不完全な儀式が始まった。八つ裂きにされた空。頭上に輝く七つの聖遺物。その聖遺物を背に大地を嘲笑う七人の天使、彼らを中心に空間がうねり、世界を、時間を空間を巻き込んで渦を成す。その渦は真っ白の渦。その渦は彼らそれぞれの色を組み合わせたものだった、そしてそれは新生の儀、その疑似的な再現だった。「黎明の刻、それは開放の儀。隠されていたすべての罪が今ここで記憶となりて顕現するッ!さあ、今すべてを明瞭にしろッ!渦よッ!」地面が揺蕩い、空間がうねり、現実に蔓延していた”誤魔化し”が消え去っていく。
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なんでそう言うの?俺に彼女が訊ねた。「どうしてって?」「だから、どうして開放っていうの?解放じゃないの?」「あえてだよ。」「あえて..?」「そう、俺は使い分けているのさ。開放と解放を..だってこの二つには大きな違いがあるからさ。」「へえ?あなた、そんな細かいことをわざわざ考えるようなみみっちい人だったけ?まあ、いいや。それで何が違うの?」「みみっちいだなんて言ってくれるじゃないか..はぁ。まあ、そうだな、これは俺の感覚の話なんだけどさ..”解放”は束縛や制約などのもともと自由な状態から不自由な状態に貶められてしまってそこからまたもともとの自由へと戻った場合で、”開放”は自由でも不自由でもないものに自由や不自由なんてレッテルを張り付けて評価する場合に使うべきだと思うんだよ。」
私の疑問は一層深まった。「ええと、ごめんなさい。私にはよくわからないよ。」彼は私を見て申し訳ない顔をした。
「えっと目の前に選択肢があったとして...その選択にはどちらの選択にも一考の余地があって、その選択は己自身に深くかかわってくる、そんな選択があった時、そしてその選択は一度選んでしまうともう選択しなおすことはできない、そんな選択があった時、その選択を悩みぬいて決断したその瞬間に、俺はいつも感じるんだ。嗚呼、自由だって、解放されたって。どうしてだろうな、俺は自由に自分の道を選んでいたはずなんだ、なのに選択をした後、俺は選択を前にしてから選択を終えるまでの今までにおいて俺が縛り付けられていた不自由に、そう言ってしまえば盲目的不自由に縛られていたことに気づいたんだ。そのことに気づいてしまった瞬間、決断をした俺自身に対しての高揚感だったりはたちどころに消え失せて、俺の解放は開放だったことに気づかされてしまうんだよ。そう、俺はもうその時にはその不自由へと閉じ込められてしまうんだ。
たぶん、どちらも自由なんだ。だけど、その概念的な自由に俺は切込みを入れて分け隔ててしまうんだ。そう、不自由だったり自由だったり、気持ち良かったり気持ち悪かったり、好きだったり嫌いだったり、なんてね。そう、これは感じ方の、感覚の問題なんだ。そう、これは己自身の過去を省みた時の感覚なんだ。」
ますます私はわからない。「じゃあどうしてあなたは、その言葉を今使い分けることができるの?あなたの話によればこの使い分けは結果論なんでしょう?」
「そう、結果論なのさ。だけど、同時に経験則でもあるかな?俺は過去の経験を未来に落とし込んでいるのさ。そう、俺は俺の記憶から今を紡ぎだしてそれを用いて未来の傾向とパターンを無意識下において予測してしまっているんだ。」
「どうしてそんなことをしているの?」彼女は僕を気持ちの悪い瞳で見る。
「だって怖いじゃないか。未来がわからないなんてさ。そう、俺は知らないものが怖いんだ。未来なんてあまりにも俺の身近な概念なのに知らないもの、知ることのできないもの、その代表例じゃないか?知ってしまえば退屈なのに、知らないといざというときに待ち構えるのは死でしかないんだ。残酷だよな、未来のことで俺にいつか降りかかるって確信できるものは死だけなんてさ。そう、生は時限爆弾さ。死なんて言う世界の終わりが訪れるまでの余暇さ。
俺はどうしても先を、未来を見てしまうのさ。長期休みなんかにいつもカレンダーに新学期の始まりの日を見つけてマーカーで印をつけていたように、俺は自分の未来の終末に、自分の生が心の中で捲り続けるカレンダーの終わりに印をつけたいんだ。だって、もし明日この世界が終わるってわかっていれば義務だってなんだってやらないで、頑張らないで本当の意味で自由に生きているはずだ。たぶん、その自由を前にして俺は今までの感じていた相対的な自由を置き去りにして絶対的な自由を味わうことができるんだ。そして俺はその自由を前にして「嗚呼、自由だッ!今までは不自由だったんだッ!ようやく俺は自由を、そして唾棄すべき不自由を”知る”ことができたんだッ!そうだ、俺は今、ようやく”解放”されたんだッ!」なんて感じることができるだろうよッ!そう、余暇を全力で楽しみたい俺は終わりを見出したいんだッ!」
わたしは彼の言葉をなんとくなくわかったように感じていた。「なるほど、あなたは未来に盲目的で、そのために過去も信じることができないで、不安定な今を生きるために、不安定な今を殺すために、そして生きていることの価値を上げるがために、あなたはあなたの言葉遊びでもってあなたの自由を、そして他でもないあなた自身の生の輪郭を際立たせているのね。」彼は想像で補った生を用いた予言の自己成就を果たそうとしていた。彼はその予言通り私の前から消えた。
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「彼らは選択していたつもりだっただけなんだ。そう、ただ楽な道へと逃げ続けていただけだったんだ。彼らの記憶の中に植え付けられた幸せの形は今を血塗られた罪へと変えていった。そして一度の選択が、今までをすべてを無かったことにしてしまったんだ。そうそれが彼らに与えられた力だった。わかるだろ?”私”がやらなくても遅かれ速かれ誰かがやったさ。」彼は目の前で起きている死体を見て笑っていた。「黙れ。お前はこの災禍を運命という言葉で誤魔化しているだけだ。彼らに備わった能力は一つの選択のはずだ、しかし彼らは性懲りもなく、愚かなまま同じ過ちを繰り返す。それが運命だって?笑わせてくれるなよ。言い訳はもうあいつらで十分だ。」弐趾原は心の底からすべてを投げ出してしまいたいとでも言いたげな顔だ。「なんだ?またお前はかつてのように言うのかい?こんなことになる前に相談してくれって?無駄なんだよ。もうわかっているだろ?私たちは生きているだけでもうしょうがないっていうのに、死ぬこともできないんだ。ある意味かつての契約の言い訳が私たちの存在意義なのかもしれないな。そう、言い訳から生まれるのは言い訳でしかないんだ。」
続く
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