第三十八章 神は死んだ
第九章 走馬灯 後編
こんなふざけた吐露を......あなたは美化しているんだろう。そして、この記憶をお前は自分勝手に忘れてくれるんだろう。そう、それが役割だって知ったなら、あなたは自分の名前を、自分の証を忘れて、そして手に入れてしまうんだろう、希望なんて語り草な、絶望の螺旋階段を下りていくことができる権利を、そんな力を、そんな方向性を、まさに無意識の集合体による指向性を......忘我能力。「私にはあなたの力が必要なんだよッ!」そう、あなたがこの世界の私の神様になってくれるって、私は信じているの。あなたが私の、私だけの主人”公”なんだって知っているよ。はやく、その口で言葉を紡いでしまってッ!なんてね。嗚呼、そんな言葉なんて、人によって声だって解釈できるものなんて要らないね。それに主人公なんて単語も違う表現の方が適しているよね。あなたは私だけのheroだから、「公」なんておかしいよね。だから、あなたはその立場を態度で、姿で、示して?もう後戻りしないと、もう後悔もしないと、もうタイムマシンなんて使わないと、そう示して、表して?そうすれば、あなたの刻まれた証は私のための自己犠牲になってくれるから。
俺は白昼夢でも見ていたのだろうか?どうして俺は仕事を辞めることを止めてしまったのだろう?そして、俺の記憶に残っているのは、六波羅に差し伸べられた手を俺の、己の意思でもって掴んだそんな感触だった。「何をしているの?そんな眠そうに......」「嗚呼、すまないね。」そう、つい謝ってしまったこの時の俺は俺を信じていたんだろうか?俺は俺を信じることなんて出来ないと、そんなことは裏切りであると、そしてそんな態度で生きていれば、六波羅を殺してしまうと、そんなことを思っていたのに、なのに、どうして六波羅は生きているのだろう?
俺は六波羅からの依頼をこなしていくことに生きがいを見出して、そしてその今に俺は自由を感じていた。今まで感じることなんて出来なかった自由、生きているって感覚、まさに盲目的な不自由から解放されたような感覚を味わっていた。そしてその時の俺は過去の俺の今なんてどうでもいいと思ってしまっているみたいだった。一体、どうしてそんなことができるのだろう。俺のために死んだ7人の存在によって俺は生かされているのに、彼らの血で俺の生は呪われていると、俺は生かされていると、そしてその生によって証明されたのは俺の所為、自業自得の今だけだったから、だから俺はやめないといけないだって知っていたのにッ!
「嗚呼、しょうがないな。どうしてあなたは未だに中途半端でいたいの?そんなの無駄で無理なことなのに。」
六波羅が俺の前に最期に現れた時、俺と初めて会ったときとまるで同じように嗤っていた。「私はあなたと出会えて本当によかったよ。あなたのおかげで私は、名探偵になることができたから。夢が、念願が叶うことがこんなにもうれしいことだなんて私は知らなかったよ。そう、たぶん私はこの時まで、小説で読んだ夢を叶えることのできた瞬間の、主人公の心情に感情移入して知った気でいたんだ。嗚呼、私はなんて馬鹿だったのかなぁ?そんな感情移入は無駄だったんだ。ただ、知らないことを知ったような気でいたいだけ、そんなしょうもない私が創り出した虚構に、この素晴らしさを貶めて、そしてそのまま死んでしまってもいいと思っていたことが一瞬でも脳裏によぎってしまったことがあったから。まさか、私はこの素晴らしさを知らないで死んでしまうかもしれないなんて可能性が万に一つもある世界でのうのうと生きていることに危機感を抱くことのなかったなんてね。もしかしたら、私はこの気持ち良さ以外にも、自分で自分の感情を、感動を、貶めてしまっているのかもしれない。無意識に、それとも意識的に。嗚呼、なんて煩わしいのだろう。嗚呼、戻りたい。今の意思を抱いたまま、私が純粋無垢だった時、心がこころに限りなく近かった時点に戻りたいなぁ。」俺が六波羅とタッグを組んでからどれくらいの時間が経っただろうか?もう、何年も、何百年もこんなことを繰り返していたみたいだ。そして、俺はそのすべて、まさに今までのすべてがこの今にとって、無駄で蛇足であるようだって思ってしまっていた。なぜなら、夢が叶い、そして想像だに出来なかったその先のビジョンが広がっているこの光景を見れば、今までの後悔も、今までの失敗も、すべてが都合のいいように美化されて消えていってしまうから。そうだ、すべてはこの終わりのためにあったんだ。そうだ、だから彼らの死だって、無駄なんかじゃない。
「ねえ、彼らって誰?今のあなたに関係があるの?」
六波羅は持っていた銃を、俺に持たせた。「何をしているんだろう?」その時、俺の身体は、俺の指は勝手に動いて、その銃の引き金を引いた。そこに(怒りをやるせなさ)を籠めて、何度も何度も、何度だってッ!その引き金を引く音だけが、この場所にまるで残響のように、遺っているように、そして俺の前で六波羅は死んだ。どうして死んでいる?俺の所為で死んだ?俺の指はまるで俺の手なんかじゃないみたいだった。「違うよ。その腕だけが、もともとのお前なんだよ。」その刹那、俺の前でその死体は動き出した。
「もう私はこの”世界”で知らないものはいない存在に成ったッ!なのにどうして、そんな私を殺すことができると思うの?思い上がってんのッ!アハハハハハハッ!所詮、自分の死にざまを思い出すこともできやしない亡霊のあなたがッ!」六波羅は身に纏う、白装束の服を。いや、もうそのローブは白装束と言うには、あまりにも綺麗で荘厳なプレッシャーをあらわにして、嗚呼、その白装束は純然たる雰囲気を身に纏っていたんだ。そう、それは純粋無垢な......
そこまで見た、オレはこの今を呑み込むことができない。これは走馬灯なのか?過去の俺が死んでいく。それもオレが新鮮に感じる記憶を、いや、これはもはや俺の存在なんて、心なんて自由意思を見越して内包しているような、そんな運命でッ!まるで記録でッ!「先生?見ていますか?あなたの終幕をッ!」彼女はそうやって嘲笑う。もはや彼女は取り繕うことを止めていた。
遂に始まったメメント・モリ。その矛先はいつも俺を向いているッ!そしてそのことを自覚するたびに、俺は嫌な気持ちになってしまう。自分を殺そうとするような、そんな瞳を突きつけられた瞬間の瞳を見たならば、俺は決まって、その瞳を否定してしまいたい、そんな衝動に駆られてしまっていたッ!そう、それは俺がこの世界で一番嫌いで許せないものだったんだ、俺の瞳、それは俺だけのものだったからッ!俺の身体は動き出し、その瞳を塗りつぶす。何度も何度も、執拗にッ!それはもう二度と現れることが無いように、そんな祈りのように、今までだってやってきたことだった。だから躊躇いなんて存在しえないと思っていたんだ。なのに、オレは見ていることしかできない。その記憶に踊られて、戸惑う、俺自身の姿をッ!
「フフフッ!探偵よ。そして愚か者のあなたよ。どうしてあなたは私を茫然と眺めている?そこに真実でも有ったのか?それとも、ただ思い出したのかな?すべての真実をあなたは全部知っていたとッ!」俺は何もできていない。何かを成し遂げた気になっているだけだった。そう、俺はこの場所で働くためにこの建物に来ていた。嗚呼、今思えば、この今はどんなに血塗られているのだろう?そしてこの時の俺は、何を考えていたんだろう。わからない、まるで俺じゃないと思う、そしてだからだろうか、そんなことを思ってしまったから、オレは彼を殺したくてしょうがないと思ってしまってしょうがないとッ!その時、俺は手に何かを握りしめていたことに気づいてしまう。それは拳銃だった。「その引き金を引けば、あなたは解放されるッ!これからの罪の贖罪を果たすことができるッ!嗚呼、この今はどんなに祝福されているかってねッ!」手が震えてしまう。どうして?これはオレがずっと、望んでいたことじゃないかッ!自らを殺すことがどんなに無駄なことなんだって、もうとっくの昔には悟ってしまっていたオレにとって、この今は宿願じゃないのか?始まりを終わりにすることができるなんて。「そう、これは宿願なんだよ。そして約束された始まりなんだってねッ!」嗚呼、俺の未来は走馬灯だったんだ。オレがこの今に、この本当の事、オレがオレのために今があったこと、今までが悪夢に過ぎないことに出来てしまう。まさにそんな走馬灯なんだってッ!
「ついに成し遂げたんだッ!」俺は夢が、宿願が叶ったことに打ち震えてしまっていた。しかし、そんな感動もつかの間に、現れる疑念。どうして、オレは俺を殺しているのに、まだ生きてしまっているのだろうか?俺の存在なんてありえないというのに......その時、その死体が動き出した。のたうち回るように、その身体の中で何かが蠢いているように、そしてその蠢いている何かに操られているみたいに......「どうして動いているのだろう?(取り出したい、オレの身体の中にもあの蠢いている何かがいるんじゃないだろうか?)」その時、六波羅が狂ったような声で叫んだ。「嗚呼、ついに発動した。あなたの失われたサイン能力”タイム・マスター”がッ!」
その刹那、この世界の時間は再設定される。時間が前にも先にも戻らない、そんな普遍的な概念だったものが、独立した今の連なりに取って代わられる。そして、オレはオレ自身の存在が消えていくのを感じてしまう。どうして、オレは俺なんて存在を、消し去ってしまうがために、この銃の引き金を引いたというのにッ!どうしてッ!オレの方が消えてしまうというのだろうッ!「それはあなたが今を認識できていないから。そう、だってこの今を生きているのは、彼だからッ!」何を言っているのか?わからない。確かに彼は六波羅なのに?急に、輪郭のようなものが現れて?嗚呼、オレは六波羅をまるで舞台装置のように思っていたのだろうか?そうでないと、そうじゃないと、この胸につっかえる違和感、オレが感じた確かな質感の説明がつかない。オレの存在の消滅とは別のベクトルで起きている、オレにとっての生きていた今まで、その記憶のすべてを拒絶したいと思ってしまう、まさにそんな瞬間を確かに、感じてしまった、だから、俺は問いかけてしまう。「あなたは六波羅だよな?」その瞬間、彼女は笑い出して「アハハハハハハッ!六波羅?フフフ。まだ、あなたはこの世界をゲーム気分で生きているの?」彼女は笑い言葉は、俺の死体を見て、笑いを堪えているみたいな響きか、俺のこの戸惑いを嗤っているだけか、それとも、この今のすべてが茶番でしかないと感じているようなぁぁぁ。
次の瞬間、彼女の背後から現れた、純白のローブを身に纏いし七人。オレは彼らを知っている。そう俺の所為で死んだ......いや、俺が殺した相棒、いや彼らはオレが感じることのできる死者の姿そのものだった。嗚呼、オレだけの死の神が現れてしまう......そしてその姿を見たオレが悟るのは、今までのすべてを無駄にしていたのは、他でもないオレだったんだということだった。嗚呼、俺が殺した所為で、俺の未来は確定した。そして今の後悔にまみれた俺が死んで逝けば、もうこの事件の目撃者は、まさに犯人の姿は、名探偵、あなたしか知ることができないのだろう。もう、この今は傍から見れば因果。回りくどい自殺でしかないんだ。そして、生きと死生けるものは今を生きていない。みんな未来を見て、そして過去に縛られたままだから気づくことなんてできないんだ、この世界の在り方に、この完全な密室のような時間に、そしてその今を区切っているのは、みんなの無意識の手が握りしめているナイフだって、そしてそのナイフで自分自身を殺して、実際には殺していないつもりで、生きているんだ。そう、それはまさに今のオレのように、誰かの所為にし続けた俺のように、そして今もずっと現実逃避をし続けていたオレ=俺のようにッ!
前を見れば、俺は何度も何度も、鋭利なナイフでめった刺しにされていた。それで、もうとっくの昔にはくたばっていたんだ。そしてこの銃でようやく、その姿が動きを止めてくれると思うことができて、ようやく俺は俺の姿をこんな近くで見つめることができるようになったんだ。嗚呼、絶望までの刹那まで動きを止めるだけ、それが銃の役割なら、なんて仮初の自由だったのだろう?そんな自由の存在を知ってしまった今、こんな今はやりきれないと思ってしまうだけでッ!
嗚呼、俺はなんでもよかったんだ。俺の中に燻っていた殺意が、この自由の権利を手放して、そして今、ナイフで散々つけた痕を眺めているでしかない今を、生きているなんて勘違いできてしまうくらいならッ!そして、その勘違いが無くなって、俺は死んで逝く。嗚呼、俺が見ていた光景が、そんな視点が、もう逃げ場を失って、そして気づけば主観に成り果ててしまう。そして俺は地面に横たわり、血を流し続けて......「あなたは私の過去の希望だった。」彼女は俺に笑いかけて、そしてその刹那、その微笑みは消えた。「だけど、今のあなたは私にとっての絶望でしかないんだ。」
彼女の背後から誰かの人影が現れた。その人影は、本のようなものを握りしめて、俺を見下ろしている。彼の持っているその本の表紙には俺の名前が刻まれて......その刹那、彼の手の中で、その本がたちまち炎に包まれて俺は息ができなくなった。
第九章、Out of the blue 、完
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