第三十八章 夢に見て。
夢の中で私が死んだ。でも、あの私は現実の私だった。なら、この私は今まで夢の中で生きていた私?いつも、いつも間違えて、何も反省も生かせない、いつもいつもの死にたがりの私?その時、このベンチに座っている私を離れたところから見ている人影があったことに気づいてしまう。現れるイメージはその誰かを悪魔だと告げていた。
足音が聞こえて、その人影がゆっくりと近づいてくる。そしてその人影が近づいてくるたびに、私の気持ち、この身体の中を這いまわる恐怖はどんどん大きくなって、気づけば私は叫んでしまっていた。「来ないでッ!」しかし、それは声にしかならない。「お前はまだ思い出せているか?自分の名前を......」私は茫然と、近づいてくる何かを見ているだけ......それはまるで金縛りにでもあったみたいに、私は私を動かすことができないままで......「お前はまだ覚えているか?お前の果たすべき役割を?」その影に現れた文字を、私は読んで言葉に変えていく。そしてその言葉を読み上げるのは、私の記憶の奥底にあった誰かの声で。私はその声を聞いて寂しい気持ちに駆られた。その寂しさはいつしか苦しさに代わっていく。どうしようもない苦しみに......私はこの苦しみが本当に辛くてしょうがなかった。「お前はまた逃げるのか?」私は逃げなければならない。そう、誰もいない場所、この私がいても許されるそんな場所にいかなければならないのッ!そんな呟きがいつの間にか、残響となって私の耳の中を劈いた。そしてそんな声をいつの間にか叫んでしまっていた私は私の心が存在していないことに気づいてしまう。私の思ったこと、そのすべてが、私の背後?、私の盲点、私の意識の死角にいる、私の中を見つめているそんな誰かが、私の内面を、私以外の第三者にも見ることのできる、まさにホワイトボードに吐露していたからッ!
そこに私の感情を添えて、声でなく言葉にしてッ!
私は咄嗟に口を閉じて、何も考えないようにして「~~~」しかし、その途端、私は息ができなくなってしまう。そして、私は私であるために考え続けることを余儀なくされていることに気づかされてしまった。「私は......」私は言葉を紡ごうとしていた。私は瞳を閉じて、その人影からの問いかけに思いを巡らして、そして自然と、いつものように言葉を紡ぐ。今まで何万、何千とやってきたこと、いまさら、その行為に何の躊躇いがあるはずがない、ありえないと......なのにッ!
私がその言葉を紡ごうとしたその瞬間、私の言葉は声に成り果てた。私の意思のない音に成り果ててしまったんだ。そしてその響きを聞いて、私はそれが私の名前と思うことができなかった。確かにその名前は私の名前、でも私を本当の意味で表す名前は、もっと別のもの、別の表現であるべきだって......そしてその表現はありふれたものだった。私は私を全部知っている、私が私であると思うことができる以上、私は私のすべてを知っているはず、だから私が知らない私の一面、それを知ったなら私は私なんかじゃなくなってしまうはずなんだ。だから、私の名前でそんな戸惑いを覚えるなら、私の名前は私にふさわしくないと言っているのと同じ、私は私の記憶に絆されてしまっているだけッ!そしてその記憶の中の私は、もう死んだッ!」その悪魔が近づいてくる足音が止んで、その足音をかき消すように、雨が降り始めた。その雨が私の頬をつたって、そして気づけば海の底。私はその海の底で死んで逝く魚を見た。彼らは空を飛んでいるみたいな顔をして、ただ息ができなかっただけ。彼らは口からあぶくを吐き出し、苦しそうに悶えて墜落していく。遥か地の底、深淵へと......そしてその彼らを見て、私はその苦しみを知っていると感じる。それは私が、あの寂しさを感じた時と同じ。感情の行き着く先?行き過ぎた感情は、ただ苦しいだけ、それとも狂おしいだけッ!私は彼らを嘲笑う。みんな罪を、こんな海を抱えていたんじゃないかッ!こんな自分勝手で独りよがりな記憶の海をッ!くすんだ海が、輝いていく。彼らの血と海の蒼さが合わさって、おぞましい夕暮れと夜のリミナル、紫一色に......そして私はその経過をずっと捉えて生きていた。目の前で彼は私に向かって、ため息を零している。「やっぱり逃げるんだ。お前は普通に逃げてしまうんだ。心の存在、それは祝福であり、開放へと至る唯一無二の道だったのに。あなたは捨ててしまうんだ。それとも、もうすべてが遅いのかな?これが復讐なんだってね......この言葉を俺が叫んでいるのか、僕が告げているのか、今が冷静なだけか、今に感情が存在しえないだけか、そんな空間であなたはこの海を消し去ってしまう。このおぞましい紫色の海を......でも残念ながら、もうこの世界には希望は存在しなくなってしまった。楽観的なかれ、まさに希望の神はその役割を果たしてしまったからな。それでも、あなたはこの今から逃げるのかな?あなたはあなたの心から逃げるのかな?嗚呼、もうこの声は言葉になってはくれないかな。みんな死んで、この世界をちゃんと見ていられるのは僕だけなんだろうな。」私の周りの海が消えて、そこに現れた公園のベンチで、平和な昼下がりを堪能した私は、そこに現れた悪魔の正体を知る。そこにはたくさんの顔がついている門があった。その門には私の顔だけが無かった。当たり前だろうな、私なんてもう存在していないんだから。私はその鏡を見て、そこに現れた顔無しを嘲笑う。そして、持っていた凶器でその鏡に傷をつけてッ!そしてその鏡の破片が私の顔を傷つけて、私の新しい顔ができた。それはのっぺらぼうの質感を持った顔、ありふれて特徴のない顔だった。そして私はその割れた鏡の先に道を見て、その鏡を通り抜ける。その先に広がる世界に地獄があることを、夢に見て。
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